宇宙の忍者 ヒロ      < 第1章 完結 2015.9.5 >

 

 

<第1話    2012.1.17>

 

     序 宇宙誕生

 

     1章 古代インドに続く道

 

      1節 奈良の空飛ぶ少年

 

      2節 忍者学校の厳しい訓練

 

       3節 超古代の四つの謎

 

       4節 命を救える特殊能力

 

       5節 古代インドのモヘンジョ・ダロ

 

       6節 超古代のカンベイ湾

 

       7節 神の名前はゴータマ

 

       8節 女神ラクシュミー

 

       9節 不思議な能力を持つ妹

  

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序 宇宙誕生

 

我々の宇宙は、百三十七億年前に生まれた。

 

無から生まれた極小の宇宙は、内在するエネルギーによって急膨張した。

 

その結果生まれた元素のガスが宇宙全体に満ちていたが、ガスの密度の高いところの密度がさらに高くなり、銀河へ発展した。

 

宇宙誕生から二十億年たった頃、我々の銀河系が誕生した。

 

宇宙には、同じようにして生まれた銀河が千億個もある。

 

銀河では多くの星が生まれ、それぞれの寿命が尽きると死んでいった。

 

宇宙誕生から九十億年たった頃、寿命が尽きて超新星爆発を起こした星があった。

 

爆発によって宇宙にまき散らされた物質と宇宙のガスが重力によって集まり、我々の太陽系が生まれた。

 

太陽の周りで渦を巻いていた物質が集まって惑星が生まれた。

 

その一つとして、四十六億年前に我々の地球が誕生した。

 

灼熱の惑星として生まれた地球は徐々に冷えて、地表に海と陸地ができた。

 

あらゆる物質が海に溶け込んでいき、地球誕生から十億年たった頃、原始生命が誕生した。

 

その生命は長い年月をかけて徐々に進化し、今から四億八千万年前には脊椎動物が現れた。

 

その後、両生類、爬虫類、そして恐竜が登場するが、六千五百五十万年前に恐竜は絶滅した。

 

恐竜時代の後に繁栄し始めた哺乳類は、さまざまな方向に進化していき、その中の一つが我々人類の祖先となった。

 

人類の祖先は、直立二足歩行を行い二本の手を使うことによって、急速に脳を発達させた。

 

人類は言葉を話し道具を発達させて、一万年前には地球上の各地に文明を築きあげた。

 

アジア大陸の東、太平洋に浮かぶ日本列島には、八百万の神を信仰する独自の文化が栄えた。

 

しかし百年千年と時が過ぎていき、地球上の超古代文明の痕跡は埋もれて見えなくなった。

 

そして今、特別な星のもとに生まれた少年が、超古代文明の謎、さらに宇宙の謎に挑む。

 

 

<第2話:「1章1節」へ続く>

 

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宇宙の忍者 ヒロ   1章 1節

 

<第2話    2012.1.17>

 

1章 古代インドに続く道

 

1節 奈良の空飛ぶ少年

 

遠くで、ばあちゃんの声が聞こえた。

「時間だよ、ヒロ!起きなきゃ、間に合わないよ」

 

―― こりゃー夢だよ。だって今寝たばかりだもん ・・・

ヒロは、布団の中に潜り込んだ。

 

するとまた、ばあちゃんの声が聞こえた。今度はすぐ近くで。

「時間だよ、ヒロ!今日は起きられないのかい?」

―― しまった、夢じゃなかった。急がなきゃ・・・

 

ヒロは大慌てで外に飛び出そうとした。

「起こしてくれてありがとう、ばあちゃん。行って来ます」

「ヒロ、どんなに急いでいても、アレを使っちゃいけないよ」

ばあちゃんはヒロの後を追いながら、声を潜めて言った。

 

ヒロは頭を左右に振って、小さな声で答えた。

「分かってるよ、ばあちゃん。心配しないで・・・」

 

まだ暗い道を、ヒロは全速力で走った。

十一月の朝は、顔や手に当たる風が冷たくて痛い。

 

―― いつもなら、もう半分くらいの家に配達している時間だ。このままじゃ間に合わない・・・

と思ったら、強い風がヒュッと吹き抜けた。

 

すぐ目の前に新聞配達店が現れ、ヒロは急いで中に入った。

自分が配ることになっている新聞の束を抱えると、飛ぶように外に駆け出した。

ヒロは、クリクリした大きな目をした小柄な少年だ。

 

「おーい、ヒロ、車に気いつけやー」

後姿に向かって新聞配達店の店主が声を掛けた。

彼は、十二歳のヒロが一所懸命働いている姿に、いつも感動していた。

 

「ヒロのお父さんはどこにおるんやろねー」

店主の妻がヒロの駆けていった方向を見ながら呟いた。

 

「シュウジが行方不明になって、もう七年になるなあ」

ヒロの父、アオヤマ シュウジと幼馴染だった店主が溜息をついた。

 

「ヒロは、ほんまに感心な子やな。おばあちゃんの家にはお金ないもんなあ」

店主は目に涙を浮かべている。

 

ここは、日本最初の首都があった奈良の郊外。古墳や天皇陵がいくつもある。

新聞配達店は、山と田畑に囲まれた集落の中にある。

 

ヒロは、その集落の外側に広がる新興住宅街と古い集落の両方に毎朝新聞を配っている。

いつも新興住宅街から配達を始め、最後に古い集落に配達する。

 

今朝はいつもより遅いといってもまだ暗い。

ヒロの姿を見るのは早起きの犬と老人くらいだろう。

 

―― 急いで配達しないと間に合わない・・・

ヒロは必死に走って大急ぎで配って行った。

ところが、早起きの犬達が驚いて吠え始めた。

 

早起きの老人は目をこすって頭を振った。

すごいスピードでつむじ風が通って行ったのだ。

ヒロはそんなことに気づいていない。

 

「ときどき、つむじ風が通り抜けた後に新聞がおいてある」

新興住宅街の老人達は、最近そんな噂話をしている。

 

―― ここから後は大丈夫だ・・・

そう呟いて、新興住宅街から古い集落に戻ったヒロは、家から家へビューンと飛びながら新聞を配達し始めた。

 

「だいぶ高く飛べるようになったのう」

昔からヒロを知っている白髪の老人が、薄明るくなった道路に出て来た。

 

そして、すぐにフッと消えた。

「わしがどこに消えたか、分かるか?」

 

ヒロは、その家の屋根の上に飛び乗って黒い影を両手でくすぐった。

「ひゃー、やめてくれ、ヒロ。お前が上達したのは、よう分かった。」

 

「ばあちゃんには、内緒にしといてね。急ぐから、もう行くよー」

ヒロはまた、家から家へ飛びながら新聞を配達して行った。

 

<第3話へ続く>

 

 

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<第3話    2012.1.19>

 

 日が昇って明るくなった頃、ヒロは新聞を全て配り終わった。

家に戻ると、柴犬のサスケがしっぽをブンブン振って駆け寄って来た。

 

ヒロは、まだ小さいサスケを抱いて、家に入った。

「ばあちゃん、ただいまあ。起こしてくれたから、間に合ったよ」

 

「今日もご苦労さん。朝ご飯出来てるよ」

ばあちゃんは、神棚にお参りしてから、ちゃぶ台に朝ご飯を並べた。

 

ばあちゃんは、白髪頭で少し太っている。

ヒロも神棚に向かって、小声で何か言って頭を下げた。

サスケも神棚に向かって小さく吠えた。

 

「二人とも、何てお参りしたんだい?」

ばあちゃんが微笑みながら尋ねると、サスケが先にワンと答えた。

 

「じいちゃんに、いつものお願いをしたんだよ」

ヒロは、朝ご飯の前に座って答えた。

 

じいちゃんは六年前、ヒロが六歳の頃に亡くなった。

志能備(しのび)神社という古い神社の神主だったじいちゃんは、突然の事故で死んだのだ。

 

「日本には、八百万(やおよろず)の神様がいるから、亡くなったじいちゃんも、きっと神様になってるよ・・・」

まだ幼かったヒロに、ばあちゃんはそう言った。

信頼する夫を突然亡くしたばあちゃんが、そう信じたかったのだろう。

 

日本では昔から、山、川、海、動物、植物といった自然物や、雷、火、雨、風といった自然現象をそれぞれの「神様」の現れと考えていた。

「八百万」とは数が多いことの例えだが、それほど多くの様々な神様がいるという意味だ。

 

—— 八百万も神様がいたら、その中のじいちゃんを見つけられるかなあ・・・

その時、そう思ったヒロは、今でも八百万の神様の世界に行って、じいちゃんに会いたいと考えている。

 

「いつものお願いって、母さんのことかい?」

ばあちゃんは、サスケの頭を撫でながら、優しくヒロに訊いた。

 

「『母さん、父さん、サーヤのいる所へ連れていって』ってお願いしたんだよ」

朝ご飯を頬張ってから、ヒロが答えると、サスケもワンと吠えてしっぽを振った。サーヤは、ヒロの双子の妹だ。

 

ヒロは、幼い頃の記憶が、どこまで事実で、どこから想像なのか区別がつかない。

それは5歳の頃、事件に巻き込まれて両親とサーヤが行方不明になったからだ。

 

それまで、家族は一緒に京都の吉田神社の近くに住んでいた。

ヒロの父、シュウジは京都の大学で宇宙の研究をしていた。

 

—— ヒロの父さんは、大学で宇宙の始まりと古代の謎を研究していたのよ。母さんは、同じ大学で医学と宗教を研究していたのよ。二人とも、すごく優秀な研究者だっていう評判だったよ・・・

ばあちゃんは、幼かったヒロが両親のことを聞くたびに話して聞かせた。

 

ヒロは、父さん、母さん、サーヤと一緒に吉田山に登ったことを覚えている。

山といっても吉田神社の傍にある小高い丘なのだが、幼いヒロとサーヤは途中で疲れてしまった。

 

その場で休憩していると、ヒロとサーヤは眠ってしまった。

夢の中で竜が現れ、皆が竜に乗って空高く舞い上がった。

気がつくと、皆一緒に丘の上の見晴らしの良い所に立っていた。

 

「竜に乗ると、ちょっと怖いけど、楽しいね」

嬉しそうにヒロとサーヤが言うと、父さんも母さんも子供達と一緒に夢を見たかのように微笑んだ。

京都にいた頃の思い出は、楽しいことばかりだ。

 

両親とサーヤが巻き込まれた事件の内容をヒロは知らない。

事件の後、ヒロは奈良の祖父母に引き取られた。

 

奈良の祖父母は父さんの両親だ。

両親とサーヤの行方は、ヒロだけでなく、ばあちゃんも知らない。

 

—— 父さんと母さんは、ぼくを置いて、どこに行っちゃったの?どうしてサーヤだけ連れて行ったの?

奈良の祖父母に引き取られた頃、ヒロは何度も訊いて、ばあちゃんを困らせたものだ。

 

—— じいちゃんは、どうして死んじゃったの?父さんも、母さんも、サーヤも、どうしてみんないなくなったの?もっと、いい子になるから、早くみんなを返して・・・

突然の事故で、じいちゃんが亡くなった時、ヒロは布団に潜り込んで泣いた。

 

ばあちゃんは、どうしていいか分からず、ただ、布団の上からヒロを優しくさすっていた。

—— ヒロは、いつもいい子だよ。だから、みんな帰ってくるよ・・・きっと・・・

 

父さんが行方不明になり、神主だったじいちゃんが死んだので、ばあちゃんは志能備(しのび)神社を知合いの神主に譲り、ヒロを連れて近くの古い小さな家に引っ越した。

神社を譲って得た僅かなお金と、ばあちゃんの年金で二人は生活している。

 

中学生になったヒロは、新聞配達をしてばあちゃんの苦しい家計を助けている。

だからヒロは、毎朝じいちゃんにお願いしていることがある。

 

—— いつまでもばあちゃんが元気でいられますように・・・そして、ぼくが早く大人になって、ばあちゃんの生活を楽にしてあげられますように・・・

 

<第4話へ続く>

 

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<第4話    2012.1.21>

 

「明日はじいちゃんの命日よ。ちょうど日曜日だから、大神(おおみわ)神社にお参りに行こうね。じいちゃんに会えるかも知れないよ」

そう言って、ばあちゃんは神棚の横に掛けられたじいちゃんの写真を見つめた。

 

「ごちそうさま。今日も美味しかった。大神神社にサスケも連れて行こうね」

ヒロは、サスケにも「ごちそうさま」を言うように教えて、食器を片付けた。

 

「サスケ、外を走って来よう」

サスケを連れて外に出ると、遠くで幼なじみのマリがヒショウに話しかけていた。

 

マリは、柔和な黒い瞳と白いきれいな歯が印象的な少女だ。

ヒショウは、マリが飼っている若い雉子だが、まるで人間のようにマリの言葉に頷いている。

 

ヒロとサスケが駆け寄って声を掛けた。

「おーい、ヒショウ・・・ マリと何を話してるんだい?」

 

「おはよう、ヒロ。ヒショウじゃなくて、わたしに訊いてよー」

マリは朝陽のような笑顔でヒロに答えて、サスケを抱き上げた。

すると、ヒショウが焼きもちを焼いたように、マリの周りをぐるぐる飛んで小さな声で鳴いた。

 

「ごめん、ごめん、ヒショウも肩に乗っていいよ」

慌ててマリが片手を伸ばして、ヒショウを自分の肩に乗せた。

 

ヒロはサスケをマリから受取って、地面に降ろした。

「明日はじいちゃんの命日だから、ばあちゃんと大神神社にお参りに行くんだ。マリも一緒に行こうよ」

 

「わあ、うれしい!明日の朝、ヒロのおばあちゃんと一緒にお弁当つくろう・・・ そうだ、ヒショウも連れて行っていいの?」

マリは7歳の頃から何度か一緒に行っているが、ヒショウは1歳になったばかりだから、まだ行ったことがない。

 

「まだ小さいけどサスケも行くから、ヒショウも連れて行こう。」

サスケと一緒に駆け出しながら、ヒロは言った。

 

「明日のこと、お母さんに話しとかなくちゃ。じゃあ、明日の朝、よろしくね」

マリはヒショウを空に放して、ヒロに微笑んだ。

 

翌日は、朝から晴れていた。

ヒロが新聞配達を終えて、家に戻った時には、ばあちゃんとマリが歌いながら弁当を作っていた。

 

「マリは、ほんとうに歌がじょうずだねえ。そのうえ可愛いから、将来は歌手になれるね」

ばあちゃんは、マリが生まれる前から、マリの家族と仲良くしている。

 

マリの父親は、神社の近くにある古い農家の長男で、広い田畑に米や野菜を植えている。

母親は、子供達から慕われている小学校の教師で、シラカワ先生とよばれている。

 

「ありがとう。でも、わたしは、お母さんのような先生になりたいなあ・・・」

誉められたのが嬉しくて、マリは弾んだ声で答えた。

 

「先生になりたいなら、もっと学校で勉強しなきゃあ・・・」

サスケと戯れながら、ヒロが話に割って入った。

マリが、勉強より友達と遊んでいるのが好きなことを、ヒロは知っている。

 

「うーん・・・ そうだ!もっと勉強が好きになるように、大神神社にお願いしようっと」

マリは、大事なことに気づいた自分に満足して、また明るい声で歌い始めた。

 

弁当の支度も終わり、皆でにぎやかに朝ご飯を食べて、家から歩いてバス停に行った。

バスに乗って七つ目の停留所が奈良駅だ。

 

他の乗客に見えないように、ヒロがサスケを風呂敷で包んで、抱いてバスに乗った。

ヒショウはバスの上を飛んでついて来た。

 

奈良駅から電車で南に向かって八つ目の駅が三輪駅だ。

今度は遠いので、ヒショウは電車の屋根上に乗って行くことにした。

 

「ヒショウが心配だから、見てくるよ」

ヒロはサスケをマリに預けて、ホームに降りてヒショウを探した。

すると、ドアが閉まって電車が動き出した。

 

ばあちゃんとマリが心配してホームを見ると、つむじ風がクルクルッと電車の屋根上に舞い上がって行った。

ホームにいた駅員達が目を擦り、何か話をしていたが、電車はどんどん駅から離れて行った。

 

「電線に触って、ちょっと服が焦げてしまったけど、ヒショウは上手に屋根に乗っているよ」

次の駅に着いてドアが開いたら、ヒロが左の袖を黒く焦がしたまま戻って来た。

 

「ヒロ、他の人達が驚かないように気をつけなさいよ」

小さな声で、ばあちゃんが周りを見ながら注意した。

 

電車は、田畑や街の中をのどかに走った。

左側には小高い山が見えている。

時々、遠くに古い寺や神社が見えた。

 

「大神神社は、日本で一番古い神社なの。だから大神神社は、八百万の神の故郷なのよ」

三輪駅に着く頃、ばあちゃんが話してくれた。

 

電車がゆっくりと三輪駅に止まると、ホームにヒショウが降りて待っていた。

駅を出ると、すぐに立派な大神神社が見えてくる。

 

神社の境内には、参拝客や観光客が大勢いた。

皆で本殿のすぐ前まで行って、お参りした。

ばあちゃんは、ずうーっと目を瞑って熱心に祈っていた。

 

突然、ヒショウが神社の裏山に向かって飛んで行った。

ヒロとサスケが追いかけて行き、ヒショウが留まった岩の下に洞があるのを見つけた。

 

すぐにサスケが中に入り、みんなが続いて中に入った。

最後に、ばあちゃんが洞の中に入って、あっと声を上げた。

 

「ここは、私が初めてじいちゃんを見た場所だよ。子供の頃、故郷の清正公(せいしょこ)神社の裏の洞を覗いたら、向こうに神主の修行をしている少年が見えたのよ。手招きするから、進んで行ったら、ここから大神神社が見えたの。その時の少年がじいちゃんだった。」

 

ヒロが洞の中を見渡しながら、ばあちゃんに訊いた。

「どうして、この場所だったって分かるの?」

 

「その少年が洞に入って来て、わたしの名前を訊いたのよ。ユリコって答えたら、じいちゃんが壁に名前を刻んだの。ほら、ここに残っているでしょう」

ばあちゃんは、少女の頃に戻ったような瞳で、その消えかけた文字を見つめていた。

 

「じゃあ、この洞の奥に行けば、じいちゃんに会えるかも知れないね」

ヒロが言うより先に、サスケが奥に向かって駆け出した。

サスケに続いて、皆が進むと、空気がスッと入れ替わり、目の前に洞の出口が見えた。

 

洞を出ると、そこは、ばあちゃんが少女の頃に来た清正公神社の裏ではなく、きれいな小川の流れる山あいの集落だった。

「不思議だねえ。ここは、六十年前の塩迫みたいだよ」

ばあちゃんは、懐かしそうに周りを見渡した。

 

「あの後、じいちゃんは時々、大神神社の洞を抜けて、わたしに会いに来てくれたけど、塩迫に出てしまうことがあるって言ってたのよ。じいちゃんは、神様の抜け道って呼んでいたけど、出口が時々変化するみたいだね」

 

「山も小川もきれいねえ。おなかが空いたから、ここでお弁当を食べましょうよ」

マリが草原の中の小さな岩に座って、弁当を広げた。

 

みんなも座って、弁当を食べ始めた。

遠くで海がキラキラ光っているのが見えた。

 

「昔のことだけど、この塩迫の山から金がとれたそうよ」

ばあちゃんが子供の頃に聞いた話を始めた。

 

そこへ、山の上からカラスの群れが近づいて来た。

驚いたヒショウが、さっき出て来た洞に飛んで戻った。

 

「ヒショウ、逃げなくても大丈夫だよ・・・」

マリが後を追って洞の中に入った。

サスケはカラスに向かって吠えた。

 

ヒロが振り返ると、辺りの空気がゆらゆらっと揺れて洞の入り口が見えなくなった。

「ばあちゃん、マリとヒショウが消えちゃったよお・・・。どこに行っちゃったのかなあ?」

 

「うーん・・・ 神様の抜け道から、西ノ迫に出たこともあったって、じいちゃんが言っていたから、そっちに行ってみよう」

ばあちゃんが、坂道を急いで下りて行った。

 

ヒロとサスケも後に続きながら、ばあちゃんに訊いた。

「西ノ迫って、どこなの? その前に、ここは日本のどこなの?」

 

「ここは、わたしの故郷、九州の津奈木村よ。坂道を下りて平地に出ると、川があるのよ。その先の国道を北に歩いて行くと、右側の山裾に鉄道の駅が見えるよ。その北側の丘が西ノ迫よ。大昔、天から男の神様が西ノ迫に降り立ち、女の神様が塩迫に降り立ったという言い伝えがあるけど、神様の抜け道がつながっていたんだねえ」

ばあちゃんは急いで歩いたので、息が切れてハアハア言った。

 

「ぼくとサスケが先に行ってるから、ばあちゃんは急がないで、ゆっくり歩いてきてよ」

サスケを抱きかかえると、ヒロは全速力で駆け出した。

クルクルッとつむじ風が舞い上がり、あっという間に北に向かって飛んで行った。

 

つむじ風が西ノ迫に着くと、丘の上でマリが心細そうに北の空を見上げていた。

「あー、よかった。マリ、大丈夫だった?」

つむじ風の中からヒロが現れ、マリの手を握って喜んだ。

 

「何がなんだか分からないうちに、知らない場所に出てしまったの。ヒロ達を探してきてってヒショウに言ったら、あっちの方に飛んで行っちゃった」

泣き出しそうな顔をしてマリが言うと、ヒロはサスケを抱き上げてマリに渡した。

 

サスケがマリの顔を舐めて甘えると、マリの気持ちも落ち着いてきた。

暫く周りの景色を眺めてから、皆でゆっくりと坂を下りて行くと、遠くからばあちゃんが歩いてきた。

「すぐ会えて、よかったね、マリ。怖くなかったかい?」

 

「おばあちゃん、神様の抜け道って不思議ねえ。あっという間に、知らない場所に出るんだもの。怖くはなかったけど、ヒショウがあっちの方に飛んで行っちゃった」

マリの指差す方角を見て、ばあちゃんが頷いた。

 

「あっちには、重盤岩(ちょうはんがん)という、この村一番の岩山があるよ。多分ヒショウは、その頂上から村全体を見渡していると思うよ。でも、大分歩いたから疲れちゃったねえ」

 

<第5話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

 

<第5話    2012.1.26>

 

西ノ迫の丘を見上げると、洞の入り口が開いているのが見えた。

その洞に入れば重盤岩に行けるという気がして、誰も何も疑わず洞に入った。

すると、サスケがワンと吠えて、奥に向かって駆け出した。

 

サスケを追って、ヒロも走った。

空気がスッと入れ替ったと感じたら、目の前に見知らぬ景色が現れた。

次の瞬間、サスケとヒロの足下には何も無かった。

 

「ウワアアアアーッ!落ちてしまうー!」

ヒロは、サスケを抱き抱えて、下に落ちて行った。

 

岩や木の枝で傷だらけになっていると感じながら、空中に浮かんでいる少年を見つめた。

少年は、神主の服装をしていて、目鼻立ちがじいちゃんに似ている。

 

「じいちゃん、お願いがあります。父さん、母さん、サーヤがどこにいるか、教えてください」

ヒロが空中に浮かんでいる少年に声をかけると、少年は困惑したように答えた。

 

「僕が君のじいちゃんだって?君の父さんや母さんのことは知らないし、サーヤって誰のことだか分からないよ」

 

「でも、あなたは六十年前に大神神社でばあちゃんに会ったでしょう?ユリコって名前を洞の壁に刻んだでしょう?」

この少年こそ六十年前のじいちゃんだと、ヒロは信じていた。

 

「君は、おかしなことを言うね。この前、ユリコっていう可愛い少女に会ったけど、ユリコが君のばあちゃんだって?だったら、僕とユリコは結婚するのか・・・うーん・・・君が神様の抜け道に迷い込んだ未来の子孫かも知れないけど、この僕に未来のことが分かるはずがないじゃないか」

 

そう少年に言われると、ヒロは大きな溜め息をついた。

—— せっかく、じいちゃんに会えたのに、六十年前のじいちゃんは何も知らない・・・

すると、その少年がサスケの瞳の中に何かを見つけて、口を動かした。

 

—— 君が抱いている子犬が、君を導いてくれるよ・・・

それは、懐かしい父さんの声に似ていた。

 

ヒロとサスケが一瞬にして消えた後、重盤岩の下にある清正公神社の裏から、ばあちゃんとマリが現れた。

清正公神社は、ばあちゃんの生家だった。

すぐに、近くで何かが転げ落ちた大きな音がしたので、二人は慌てて音のした方へ駆けつけた。

 

その時、岩山の上を旋回していたヒショウも、舞い降りて来た。

「あー、良かった。ヒショウが戻ってきたー!」

マリが飛び上がって喜んだ。

 

しかし、血だらけになったヒロを見つけて大声をあげた。

「きゃーっ!ヒロ、どうしたの?しっかりして!」

 

ヒロが気づくと、サスケが顔を舐めていた。

体中の傷が痛むが、とりわけ左の手足が凄く痛い。

岩山を転げ落ちた時に、骨折したようだ。

 

「ヒロ、どうしてアレを使って飛ばなかったの?大怪我しちゃったじゃないか」

ばあちゃんは、ヒロの体中の血を拭きながら話しかけた。

 

「六十年前のじいちゃんがいたから、びっくりして飛べなかったんだよ。でも昔のじいちゃんは、何も知らないって言ったんだ」

サスケを抱き寄せながら、ヒロは悔しそうな表情を見せた。

 

—— でも、サスケが導いてくれるって言った声は、父さんに似てたなあ・・・

このことは誰にも言わないでおこうと、ヒロは心に決めた。

 

「六十年前のじいちゃんは、素敵だっただろう?父さんに似てたかい?」

「うん、そうだね。ばあちゃんは可愛かったって、じいちゃんが言ってたよ」

「ほんと?じいちゃんから直接言われたことがないから、嬉しいよ」

 

ばあちゃんは、ヒロの怪我をそれほど心配していなかった。

ヒロの体には不思議な力がある。

一時間くらいで体中の傷が治って、手足の痛みも消えてしまった。

 

ばあちゃんが、何気なく上を見上げると、重盤岩の崖から下を覗いていた小さな男の子が、真っ逆さまに落ちた。

—— アアーッ もうダメだ・・・

ばあちゃんが真っ青になった瞬間、崖の間から洞の口が開いた。

 

そこから少年が両手を伸ばして、小さな男の子を抱きとめた。

そして、少年と男の子は洞の中に消えた。

我に返ったばあちゃんが清正公神社の裏に向かうと、小さな男の子が前を横切って走って行った。

 

その先に、男の子の母親らしい人がいた。

すると、本殿から神主が出てきた。

「ユリコが心配していたぞ、カツオ、どこに行っていたんだ?」

この人は、ばあちゃんとカツオの父親らしい。

 

「カツオ、お母さん、お父さん・・・」

ばあちゃんが声を掛けたが、向こうの三人は気づかなかった。

まるで、地面を行き来するアリが、上から声を掛ける人間に気づかないような様子だった。

 

「カツオって、ばあちゃんの弟の、お酒の大好きなカツオじいちゃん?」

ヒロは目の前の可愛い男の子が、六年前のじいちゃんの葬式に参列して、酔っぱらってしまったカツオじいちゃんだとは信じられなかった。

 

「わたしが六十年前に清正公神社の裏の洞を覗いたのは、カツオを捜していたからなのよ。その時、じいちゃんに会えたんだけど、カツオを助けたなんて一言も言わなかったのよ。だから、今まで知らなかった・・・」

そう言って、ばあちゃんは涙を流した。

 

<第6話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

 

<第6話    2012.2.1>

 

ヒロは、六十年前のじいちゃんが言った言葉を確かめたくなった。

「サスケ、夕ご飯の時間だから、奈良の家に帰ろう。帰り道を教えておくれよ」

 

サスケがワンと吠えて清正公神社の裏に走って行った先に、洞があった。

「良かった!これで夕ご飯までに家に帰れるね、おばあちゃん・・・」

マリが、ばあちゃんの手を引いて、洞の中に入ったと同時に、先に入っていたヒロが、声をあげた。

 

「うわっ、滑る、滑るー」

サスケを先頭に、ヒロ、ヒショウ、マリ、ばあちゃんが、ウオーター・スライダーを滑るように、くるくる回って、水の中に勢い良く滑り落ちた。

 

そこは、奈良の東大寺大仏殿の横にある池の中だった。みんな慌てて岸に上がった。

「サスケに道案内をさせたのが間違いだったよ。ばあちゃん、マリ、ごめんね。ずぶ濡れになっちゃったね」

 

ヒロが、ばあちゃんの手を握って謝ると、ばあちゃんは笑って答えた。

「いいのよ。サスケは、昔々じいちゃんとばあちゃんが、ヒロの父さんを連れて何度も遊びにきた場所に案内してくれたんだよ。遊びにきたのは池の中じゃなくて、池の外の大仏殿だけどね」

 

「神社の人達が、仏教の大仏殿にお参りに来てたの?」

不思議そうな顔をして、マリが訊いた。

 

ばあちゃんは、じいちゃんから聞いた話を思い出して答えた。

「昔々、聖徳太子の時代に、仏教を受入れようという蘇我氏と、神道を守ろうという物部氏との間で争いがあったの。聖徳太子は、大伴細人(おおとものほそひと)という人に志能備(しのび)の仕事をさせて、世の中を平和にしようとしたのよ」

 

「志能備の仕事って、忍者の仕事?そんなに昔から忍者がいたの?」

「そうよ。大伴細人は、奈良の古い神社の生まれで、聖徳太子が亡くなった時に遺品の一つを故郷の神社に持ち帰ったの。その神社が、じいちゃんの生まれた志能備神社なのよ。大伴細人の一族が、代々、志能備神社の神主を継いできたから、じいちゃんも忍者だったの。じいちゃんは神社の人だけど、先祖と同じように、仏教と仲良くしたかったのよ」

ばあちゃんの説明がよく分かったのか、マリは大きく頷いた。

 

<第7話へ続く>

 

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<第7話    2012.2.7>

 

「ヒロの父さんは子供の頃、立派な大仏様を見るのが好きだったよ。いつも沢山質問するから、じいちゃんとばあちゃんは困ったけど、それも楽しかったよ・・・ 今頃、ヒロの父さんは、どこにいるんだろうねえ・・・」

ばあちゃんは、子供の頃の父さんを思い出して、目を潤ませた。

 

「父さんは、京都の大学で母さんと知り合ったんでしょう?」

大仏殿の横を歩きながら、ヒロが訊いた。

 

「そうよ。父さんは、仏教に興味があったから、仏教の生まれた国から来た留学生に沢山教えてもらったそうよ。その留学生が、ヒロの母さんなのよ。母さんのご先祖は、お釈迦様の一族らしいよ」

 

「お釈迦様って、仏陀のことだよね。仏陀の生まれた国は、インドの山奥にあって、仏教の経典や宝物が、シルクロードを通って奈良に来たんでしょう?」

 

「そうね。その宝物は、あっちに見える正倉院の中に保管されているのよ。・・・その裏の方に忍びの近道があって、志能備神社にすぐ帰れるのは知ってるよね、ヒロ」

 

「うん、マリも知ってるよ」

ヒロが答えて、マリと一緒に忍びの近道に入って行った。ばあちゃん達も後に続いた。

忍びの近道を進むと、すぐに志能備神社の裏に出た。

 

「不思議ねえ・・・どうしてこんなに近いのかなあ・・・」

マリが訊くと、ヒロが得意げに答えた。

「僕たちの先祖が、この地域全体を忍者にとって便利になるように、造りかえてきたからだよ」

 

ばあちゃんの家を通り過ぎてマリの家に行くと、マリの母親が夕ご飯の支度をしていた。

母親は、色白でほっそりしているが、暖かみと安心感が伝わってくる。

 

「お母さん、ただいまあ。遅くなってごめんなさい」

マリの弾んだ声を聞いて、母親が笑顔で台所から出てきた。

続いて、家の奥から父親もニコニコしながら出てきた。

父親は、ふっくらした丸顔で、優しい目をしている。

 

「お帰り・・・遅いから心配してたのよ」

母親が、マリの顔を見ながら言うと、父親が、ばあちゃんとヒロに笑顔を向けた。

「でも、アオヤマのおばあちゃんとヒロが一緒だから、そんなに心配しなかったよ。大神神社から、どこか遠い所へでも行って来たの?」

 

「そうよ、おばあちゃんの故郷の塩迫や西ノ迫や清正公神社に行って来たのよ。九州の津奈木村って所よ。神様の抜け道を通れば、アッという間に行けるのよ」

少し興奮してマリが答えると、母親が困った顔でマリをたしなめた。

 

「そんなに遠くまで行って来たの・・・分かったから、普通の人がビックリするようなことは言わないようにしようね」

「心配をかけてごめんね。こんなに遅くなるとは思わなかったから」

ばあちゃんは、マリの母親と父親に謝って、ヒロと一緒に帰ろうとした。

 

「大丈夫だよ、おばあちゃん。今日は、マリを連れて行ってくれて、ありがとう」

「おばあちゃん、ヒロ、今日はありがとう」

マリの父親と母親が、ばあちゃんとヒロを見送りながら言った。

 

「おじさん、おばさん、お休みなさい。マリ、明日、一緒に学校に行こうね」

ヒロが振り返って、明るい声で言った。

 

<第8話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

 

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