宇宙の忍者 ヒロ 1章 6節
<第60話>
6節 超古代のカンベイ湾
一万一千年前の超古代都市は、大きな川に近い丘陵地帯にある。超古代都市から少し離れた丘の中腹にある洞の中から、ヒロとサスケが顔を出して回りの様子を観察している。洞の外は晴天なのに涼しく、白樺のような木がたくさん生えている。続いて、ミウとカゲマルが外の様子を見てヒロとケンに合図をした。サスケが走り出すと、その後をヒロが追いかける。間をあけてミウとカゲマルが走る。最後に、ケンとコタロウが回りに気をつけながら走った。
「あれっ、ヒスイの玉が消えちゃった。さっきまでしっかり握っていたのに・・・」
ヒロが立ち止まって、ヒスイを握っていたはずの左手を開いた。すぐに後を振り返って、途中で落としたのではないかと捜している。ケンもコタロウと一緒に地面を捜し始めたが、ミウとカゲマルはサスケに近づいて行く。サスケの反応を見たミウが、あることに気づいたようだ。
「影宇宙を出た時に、ヒスイはこの時代の持主のところに帰って行ったんじゃないの?」
「そうか!きっと、そうだ!どうしてすぐに気づかなかったんだろう」
ヒロはミウを見て、大きくうなづいた。ケンも納得して、サスケに声をかけた。
「よーし、その持主のところに行けば、サーヤのいる場所が分かるぞ!サスケ、しっかり道案内してくれよ」
ワンと吠えて、サスケがまた走り出した。
サスケに続いて走っていたヒロが、白樺の林を出たところでサスケに声をかけた。
「風下から何かが近づいてくるぞ。サスケ、何の足音だか分かるか?」
「何か動物の群れが風下から俺たちを狙っているみたいだな。風下だから、匂いが分からないけど」
ケンが後から声をかけると、ミウが立ち止まって耳を澄ました。
「ケン、それはオオカミの群れよ。十頭以上いる気配がする」
超古代都市は丘陵地帯の小高い丘の上にある。ここから超古代都市までは、起伏のある岩場や草地を走って行かなければならない。
「ウワッ、オオカミだ。二十頭はいるぞ!」
岩陰から現れたオオカミの群れを見て、ヒロがサスケを抱き上げた。
「オオカミたちは飢えているみたいね。カゲマル、気をつけて!」
ミウが言う前に、カゲマルとコタロウは、後の白樺の林に向かって駆け出した。木の上に逃げるのだ。三頭のオオカミが後を追ったが、ほかのオオカミはヒロ達の回りを回りだした。
「スッゲー恐い目をして近づいてくるぞ。闘うしかないな!」
ケンはミウをかばいながら、先頭のオオカミを睨みつけた。一瞬たじろいだが、オオカミは牙をむいてケンに跳びかかってきた。ケンも同じ高さにジャンプし、右手を突き出して二本の指でオオカミの両目をつぶした。しかし、すぐに二頭のオオカミがケンとミウに跳びかかってきた。
「アッ、危ない!仕方ないから、手裏剣を使うよ」
ミウがオオカミの上に高くジャンプしながら、手裏剣を一頭のオオカミに命中させた。
「手裏剣も上達したな、ミウ!」
ケンはまだ余裕があるので、強烈な足蹴りで一頭のオオカミを気絶させた。
<第61話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第61話>
簡単には倒せないと分かったオオカミたちが、三人の回りを回りながら徐々に近づいて来る。今度は、サスケを抱いているヒロに、五頭のオオカミが同時に襲いかかった。
「危ない!サスケ、しっかりつかまっていろよ」
ヒロはサスケを抱いたまま高く高くジャンプしてオオカミたちを跳び越えた。しかし着地した瞬間、一頭のオオカミがヒロの足に噛みついた。ヒロの足から赤い血が流れ出し、ヒロはそのままうつ伏せに倒れてしまった。
「ああー、ヒロ、しっかりして!」
ミウが駆け寄ってヒロを抱き起こそうとすると、一頭のオオカミがミウに襲いかかる。
「あっ、危ない。ミウ、伏せろ!」
ケンがすばやくジャンプして、オオカミの喉元を蹴り上げた。すると別のオオカミが、ヒロから離れたサスケを狙って跳びかかる。サスケは右へ左へすばやく走って林の中に逃げ込んだ。
「ミウ、大丈夫か?ヒロの傷はどうだい?」
ケンが声を掛けると、ヒロが起き上がって回りを見た。
「あっ、サスケがいない。ケン、サスケは?」
「サスケは林の中に逃げて行ったぞ」
サスケの後を追って、二頭のオオカミが林に向かって行く。その二頭に、ミウが手裏剣を投げつけると、一頭に命中して倒れた。もう一頭は手裏剣を避けて、サスケのいる林の中へ走って行った。
「サスケが危ない。サスケは木に登れないから、助けに行かないと・・・」
ヒロがふらふらと立ち上がって、林に向かって駆け出した。ヒロの体には不思議な力があるので、足の傷が治り始めている。
「ヒロ、まだ傷が治っていないから、わたしも行くよ」
ミウがヒロの後を追って駆け出した時に、三頭のオオカミが後からミウに襲いかかった。
「ミウ、後ろを見ろ!」
ケンの声を聞いて、ミウが振り向きざまに一頭のオオカミを足蹴りにした。その一頭は気絶したが、残りの二頭がぶつかってきたので、ミウは仰向けに倒れてしまった。
「しまった!えーい、この薬を食べて苦しめ!」
ミウは危機から逃れるために、ポシェットに入れていた毒薬の粒をつかんでオオカミに投げつけた。オオカミに当たってバラバラと落ちた毒薬を、二頭のオオカミは雑草と一緒にガツガツと食べた。その直後、二頭のオオカミはヨロヨロと歩き出し、二頭でじゃれ合うようにしてミウから離れて行った。
「すごいじゃないか、ミウ!オオカミに何を食べさせたんだい?」
「ハシリドコロの根から作った毒薬の粒よ。オオカミも幻覚で苦しむんだね」
「じゃあ、俺たちを狙っているオオカミに残りの毒薬をばらまいちゃおうよ」
ケンと同じことを考えていたミウは、持っている毒薬をオオカミに向けて全部ばらまいた。腹をすかせた十頭以上のオオカミは、争いながら毒薬を食べている。
「オオカミは用心深いのに・・・すっごく飢えていたんだね」
ミウは複雑な気持ちでオオカミ達の様子を見ている。
<第62話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第62話>
「サスケー!どこにいるんだー?」
走りながらヒロが叫ぶと、林の中からサスケの声がする。サスケは四頭のオオカミに追いつめられ、白樺の木を背に反撃しようと身構えていた。その木の上にはカゲマルとコタロウが登っている。コタロウがサスケを助けようと、手を伸ばすとオオカミ達が牙をむいて睨む。その隙にヒロがオオカミ達を足蹴りにして、サスケを抱き上げた。
「サスケ、怪我はないか?」
足蹴りされてひっくり返ったオオカミ達が、起き上がってヒロに跳びかかった。
「危ない!高く飛び上がって安全なところに行こう!」
ヒロは右手でサスケを抱いたまま、真上に高くジャンプして左手で木の枝をつかんだ。その木の枝の反動を利用して、ヒロはさらに高く飛び上がり、つむじ風になって小高い丘を目指した。
「あれっ、ヒロ!どこに飛んで行くの?」
ミウが上を見上げて、ヒロに声を掛けた。そこに、サスケを狙っていた四頭のオオカミが林の中から駆け出してきた。他のオオカミ達は毒薬を食べて苦しんでいるのに、この四頭だけは毒薬を食べていないので元気だ。
「もう毒薬はないから、これでも食らえーっ!」
後を振り向いたケンが、足を大きくまわして思いっきりオオカミ達を蹴っ飛ばした。
ミウが林の方を見ると、カゲマルとコタロウがこっちに走ってくる。
「カゲマルとコタロウも無事だったね」
つむじ風になっていたヒロも、サスケを抱いたままミウのそばに降りてきた。
「ヒロ!サスケも無事だったのね」
ミウがサスケの頭をなでようとしたが、サスケは小高い丘の方に向かってワンと吠えた。
小高い丘の方を見ると、五十人くらいの超古代人達が歩いてこちらに近づいてくる。ヒロ達の後ろでは、ケンに蹴っ飛ばされた四頭のオオカミが隙を狙ってうなっている。さらに近づいてきた超古代人達は、大声を上げて四頭のオオカミを追い払い、ヒロ達を取り囲んだ。
ケンが前に出て身構えると、超古代人の中から一人の男が笑顔で近寄ってきた。
「ケン、安心しろ!スガワラミチザネだ!」
「あーっ、スガワラ先生!」
ミウがスガワラ先生に駆け寄ると同時に、ケンが質問した。
「どうしてここにいるんですか、先生?」
「話せば長くなるが、この一年は大変だったぞ。お前達より一年前に遡ったからなあ」
スガワラ先生はミウ、ケン、そしてヒロを懐かしそうに見つめた。
<第63話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第63話>
「先生は一年前からこの人達と一緒に暮らしているんですか?」
どこから見ても超古代人にしか見えない先生の変装術にヒロは驚いた。そこにがっしりした体格の中年の男が近づいて来た。
「みんな、私はブラフマーという者だ。スガワラ、この子達を紹介してくれないか?」
「了解、了解。この大柄な少年がケンだ。力が強くて武道に優れている。そのコタロウという猿を飼っている」
スガワラ先生が、ケンとコタロウを紹介すると、コタロウがケンの肩の上で宙返りをしてみせた。
「つぎは、この大きな瞳の少女がミウだ。知恵があって機転が利くぞ。そのカゲマルという猫を飼っている」
先生に紹介されると、ミウはカゲマルを抱いてブラフマーに丁寧にお辞儀をした。
「最後は、この小柄な少年がヒロだ。つむじ風になって速く飛んで行ける。そのサスケという犬を飼っている」
すぐにサスケがブラフマーに近づき、おすわりをしてブラフマーの顔を見上げた。
「おお、たいへん賢い犬だな。娘のパールヴァの良い友達になるだろう」
ブラフマーが笑顔でヒロに話しかけると、ヒロは丁寧に頭を下げてから質問した。
「僕たちは立派なヒスイの玉の持主を捜しています。ブラフマーさんが、その持主ですか?」
「ヒロはずいぶん勘が鋭いようだなあ、スガワラ」
ブラフマーが驚いてスガワラ先生を見ると、ヒロがあわてて説明した。
「サスケは匂いでヒスイの玉の持主が分かるんです。ほら、じっと顔を見てるでしょ?」
「そうか、そうか。三人の子供達も三匹の動物達もかなり賢いようだ」
ブラフマーがそう言うと、スガワラ先生は得意満面の笑顔になった。
「じゃあ、みんなで街に帰って、歓迎会をしよう。娘のパールヴァも喜ぶだろう」
小高い丘の上の超古代都市に向かって、ブラフマーが歩き出した。
超古代都市に近づくと、建築中の建物が目立つ。さっそく、ケンが質問した。
「ブラフマーさん、建物はみんなレンガで作るんですか?」
「そうだよ、レンガで壁と天井を作って、土台だけ石で頑丈に作るんだよ」
ブラフマーが答えると、今度はミウが質問した。
「道路もレンガで舗装してあるから歩きやすいですね。排水路もレンガですか?」
「レンガは水はけがいいから舗装道路には向いているけど、排水路には向かない。排水路には平たい石を敷いてタールで防水するんだ」
ブラフマーが説明しているうちに、一行はレンガ造りの大きな建物の前に着いた。
「この建物の裏側に、スガワラが突然現れたんだ。一年前のことだよ」
超古代人の一人がスガワラ先生を指差して言うと、別の一人が続けた。
「東の方から竜に乗って来たって言ったんだ。スガワラの話は奇想天外で面白いよ」
「おいおい、俺はいつも本当のことを話しているんだぜ」
スガワラ先生が真剣な表情でみんなを見ると、ブラフマーが笑いながら言った。
「私はスガワラを信じているよ。また奇想天外な話をしてくれよ、スガワラ!」
<第64話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第64話>
一行がレンガ造りの大きな建物の中に入ると、一人の少女が駆け寄って来た。
「おかえりなさーい、お父様!ワアー、お客様がいっぱい!」
「やあ、パールヴァ、友達をたくさん連れて来たぞ。ケン、ミウ、ヒロの三人と、コタロウ、カゲマル、サスケの三匹だ」
ブラフマーがみんなを紹介すると、サスケがパールヴァに駆け寄って顔を見上げた。
「ウワッ、かわいい!サスケって、まだ子供なの?」
パールヴァがサスケを抱き上げると、ヒロが答えた。
「そう、まだ子供だよ。だけど、すごーく賢くて、ちょっと生意気なんだ」
様子を見ていたカゲマルとコタロウがパールヴァに近づくと、少女の笑顔が輝いた。
「焼きもち焼かないで!カゲマルもコタロウもみんな友達だよ」
「ねえ、パールヴァ、どこかでサーヤっていう女の子に会ったことはないかい?」
早くサーヤの手がかりを見つけたいヒロが、パールヴァの顔を覗き込んで聞いた。
「あっ、同じことをスガワラのおじさんからも聞かれたけど、会ったことはないわ」
パールヴァがブラフマーの方を見て答えると、スガワラ先生が前に出てきて説明した。
「サーヤのことは、ここにいるみんなに訊いたんだが、誰も会ったことがないそうだ。みんなも街の子供達を調べてくれたんだが、サーヤはこの街には来ていないようだ」
「皆さーん、食べ物と飲み物の仕度ができましたよ。新しいお友達もみんな、こちらに来てくださーい!」
奥の部屋からブラフマーの妻サラスが顔を出して、みんなを呼んだ。その部屋は百人くらいが入れる広さで、十数人の女性がサラスと一緒に食べ物や飲み物をテーブルに並べていた。みんながガヤガヤしながら、適当に分かれてテーブルを囲むと、ブラフマーが大きな声で話し始めた。
「みんな、今日は新しい友達の歓迎会だ。ケン、ミウ、ヒロ、そして、コタロウ、カゲマル、サスケに紹介しよう。私の横にいるのは妻のサラスだよ。きれいだろう?」
すると、部屋のあちこちから大きな声が聞こえた。
「おーい、ケン、俺の妻も紹介するよ、きれいだろう?」
「あー、ミウ、わしの娘も見てくれ!きれいだろう?」
「ヒロー、俺の姉さんもきれいだよ。ほらここにいるよ」
十数人の超古代人がてんでに自分の家族を紹介して、にぎやかに食事が始まった。
「おいしいものを食べて気持ちが良くなったから、神様の新しい啓示を説明しよう。今朝目が覚めたら、この新しい啓示を授かっていたんだ。これまでは、街造り、建物建設、水道設備などの新しい技術を授かっていたが、今度の啓示は我々の能力の訓練方法だ」
食事が進んでみんなが満腹になった頃、ブラフマーが演説を始めた。
「いつもの啓示と同じようにデウスが現れて、何かが見えて来た。それはデウスと似た体格の男で、名前はポセイドンと聞こえた」
<第65話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第65話>
「デウスって何ですか?どんな風に見えて、どんな風に聞こえるんですか?」
説明の途中でヒロが質問すると、ブラフマーは嬉しそうに答えた。
「私が授かる啓示にいつも現れるのが、デウスという神様だよ。デウスが話す言葉は我々の言葉と違うので、意味は分からない。でも、たくさんの絵が見えるから、何を言いたいか理解できるんだ。ポセイドンという言葉についても意味は分からないが、その男が自分を指してポセイドンと言ったから、それが名前だと思ったんだよ」
「デウスとポセイドンが見せてくれた訓練方法って、どんなものだったんだい?」
話の続きを聞きたくてたまらない超古代人が、ブラフマーに続きを催促した。
「まあ、そんなに慌てるな。大声で自分の名前を言ったポセイドンが、海に飛び込んで泳いでみせた。泳ぎは上手だったが、私よりはちょっと下手だったよ、ハッハッハ。海から上がったポセイドンが、デウスに近づいて訓練が始まった。それは、不思議な光景だったよ。デウスとポセイドンが向かい合って立っていると、デウスの頭から光る糸のようなものが出てポセイドンの頭の中に入って行くんだ。しばらくすると、ポセイドンが腕をグルグル回して海に向かって走りだした。海に飛び込んで、今度はイルカのようにすごいスピードで泳いでみせたんだ。びっくりしたよ。あんな不思議な訓練で、あっという間にイルカのように泳げるようになったんだからなあ」
ブラフマーの話を聞いて、まっ先にケンが質問した。
「ブラフマーさんが訓練してくれたら、俺もイルカのように泳げるようになりますか?」
「いや、まだ訓練方法の内容が分からない。いつものように、デウスが後から詳しく教えてくれるはずだよ。私が訓練できるようになるまで、みんなも楽しみに待っていておくれ。じゃあ、そろそろ歓迎会を終えて、自分の家に帰ることにしよう」
ブラフマーはケンに答えた後、みんなに向かって家に帰るよう促した。
「ブラフマー、この子達は俺の部屋に泊まらせるよ。サラス、パールヴァ、おやすみ!みんな、また明日!」
スガワラ先生がヒロ、ミウ、ケンに合図して、部屋の奥の方に歩き出した。部屋の隅の小さな石の扉を押して中に入ると、殺風景な狭い部屋に石やレンガで作られたベッドと机が見える。
「ベッドも机も細長いから、みんなが並んで使えるぞ。ヒロはそっちの端で・・・」
スガワラ先生が話し始めると、ミウが困った表情で言った。
「わたしは男の人達と同じ部屋には泊まれません」
「そりゃあ、そうだ。最後まで話を聞きなさい。この部屋の奥にもうひとつ小さな部屋があるから、ミウはその部屋を使うんだ」
スガワラ先生がミウの背中を押してその部屋に入ると、小さなベッドがあった。
「ミウ、良かったな。超古代でもずいぶん文化的な生活ができるんですね、先生!」
原始的な住居を想像していたケンは、超古代の生活レベルの高さに驚いていた。
<第66話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第66話>
「先生は、ブラフマーや超古代人の仲間になって一年間過ごしたんでしょ?」
好奇心の旺盛なヒロが話しかけると、スガワラ先生は身振り手振りで話し始めた。
「あー、この一年間は我ながらよく頑張った。一年前、影宇宙から出て、この建物の裏側に現れたんだ。しかし、すぐにパールヴァに見つかって、大勢の超古代人に取り囲まれてしまった。リーダーのブラフマーが冷静な男で良かったよ。ヒスイの玉の持主を捜していると言ったら、自分の家に連れて行ってくれたんだ」
「私達と一緒に影宇宙から出ていれば苦労しなくて済んだのに・・・。どこから来たのかって、怪しまれなかったんですか?」
ミウが笑いながら問いかけると、先生は大きくうなずいて答えた。
「うん、東の方から竜に乗って来たって言ったら、みんな信じてくれたんだ。ブラフマーが神様の啓示をみんなに説明していたところだったから、不思議なことも受け入れることができたんだろうな」
「その神様っていうのは、ブラフマーだけに啓示を与えてくれるんですか?他の人には・・・」
ヒロの質問が終わらないうちに、スガワラ先生が説明し始めた。
「数年前には神様の夢を見たっていう人がたくさんいたそうだが、神様が夢に現れる人が徐々に減って、今ではブラフマーだけになったということだ。その神様は自分のことをデウスと呼び、超古代人達の知らない都市計画や建築技術など、様々な知識を教えてくれるらしい。だから、ブラフマーは、神様の夢ではなくデウスの啓示だと言うんだ」
「神様が、超古代人達の中で一番理解力のあるブラフマーを選んだってことですか?」
ケンが独り言のようにつぶやくと、スガワラ先生は細長いベッドに腰を下ろして話を続けた。
「そうだろうな。ブラフマーは実に賢くて指導力のある男だよ。カンベイ湾の海沿いには漁村がたくさんあり、船を使って交易をする商人達の原始的な街もある。ブラフマー達は、そのカンベイ湾の海沿いの出身らしい。氷河が溶け出して川が増水するうえに海面が上昇して、海沿いの村や街がたびたび洪水に襲われるので、ブラフマー達はこの場所に移住してきたそうだ。最初は安全そうな丘の上に家族ごとに簡単な小屋を建てたんだが、その頃ブラフマーがデウスの啓示を理解したらしい。それから、こんなに立派な建物を建て始め、デウスの教えるとおりの計画的な街造りを始めたんだよ」
「デウスっていうのは、どんな神様なんですか?」
ヒロはもっと知りたくなって、スガワラ先生に近寄った。
「デウスはオリンポスの国に住んでいるって、ブラフマーは言うんだ。その国には背中に羽の生えた馬や、上半身が人間で下半身が馬のような不思議な生き物もいるらしい」
「ギリシャ神話みたいな話ですね」
スガワラ先生の話にミウが割り込んだ。
「まったく、そうなんだよ。今まで聞いた話はギリシャ神話みたいだ。しかし、ギリシャ神話は今からずーっと後にできたはずだから、不思議なことだよ」
スガワラ先生があいまいな表情を見せると、ヒロが自分の想像していることを話した。
「オリンポスの国っていうのは、文明の発達したどこかの惑星のことじゃないかなあ。オリンポス惑星のデウスが宇宙船に乗って、地球の近くに来ているかもしれない」
<第67話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第67話>
「でも宇宙船なんて、どこにも見えないよ。それに太陽系外の惑星はすっごく遠いから、地球に一番近い惑星でも人間が生きたまま行ける距離じゃないって教わったでしょ!」
ミウが優等生らしい意見を言うと、ケンが自分のアイデアを話し出した。
「古代のモヘンジョ・ダロに宇宙船がたくさん来ていただろう?目に見えないくらい遠いところにデウスのロボットが乗った宇宙船がいるんだよ、きっと!」
「宇宙船が来ているのか、何か別のものなのか分からないが、文明の発達した惑星のデウスがブラフマーに啓示を与えていると考えられる。しかし、今はそれ以上確かめる方法がない。今日は遅いから、もう寝よう」
スガワラ先生は眠くなったので、さっさと自分のベッドにもぐり込んで眠ってしまった。
翌朝ヒロが目を覚ますと、建物の外でパールヴァの歌う声が聞こえた。可愛らしい歌声だが、マリの素晴らしい声にはかなわない。
「あー!マリを早く助けなきゃ!サーヤはどこにいるんだろう」
「そうだよ、サーヤを探す手がかりのヒスイの玉を見せてもらおうよ、ブラフマーさんに!」
ヒロの声で目を覚ましたケンが、起き上がりながら大きな声を出した。
「まあ、そんなにあわてるな。朝ご飯の時にブラフマーに頼んでやるから」
スガワラ先生が大あくびをしながら起き上がると、奥の小部屋からミウも出てきた。
「ブラフマーさんの家は、どこにあるんですか?」
「この大きな建物の隣だよ。私は毎日ブラフマーの家族と一緒にご飯をたべているんだ。さあ、ついておいで」
スガワラ先生を先頭に、みんなでブラフマーの家に向かった。
「あっ、おはよう、サスケ。それに、カゲマル、コタロウも、おはよう!」
家の前で歌っていたパールヴァが、サスケに駆け寄ってきた。
「パールヴァ、おはよう!もう朝ご飯、食べたのかい?」
スガワラ先生が眠そうな顔で訪ねると、パールヴァはサスケを抱きかかえてほほ笑んだ。
「まだよ。みんなが起きてくるのを待ってたのよ。さあ、みんな、中に入って!」
ブラフマーの家は、他の超古代人の家と同じくらいこじんまりとした質素な家だ。石造りの土台の上にレンガの壁と屋根が乗っている。レンガ造りのキッチンに8人くらい入れる食堂が続いている。
「おはよう、スガワラ、ヒロ、ミウ、ケン。それに、サスケ、カゲマル、コタロウ。さあ、みんな席について!」
サラスがみんなの名前を言えて、得意げな表情を見せた。
そこに嬉しそうな顔でブラフマーが現れた。
「聞いてくれ、スガワラ!今朝目が覚めると、デウスのすごい啓示を授かっていたんだ。デウスがポセイドンにしたのと同じ訓練を、私もできるようになったんだよ」
「それはすごい!でもその前に、ヒスイの玉をこの子達に見せてくれないか?」
スガワラ先生がブラフマーの部屋に行こうとすると、サラスが声を掛けた。
「その前にみんな、席についてご飯を食べなさい!」
<第68話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第68話>
食事を終えてブラフマーの部屋に入ったヒロは、ヒスイの玉をそっとサスケの鼻に近づけた。
「どうだ、サスケ、何か分かったのか?」
ケンがサスケに顔を近づけると、ヒロがサスケの代わりに答えた。
「このヒスイの玉に残っているサーヤの匂いは間接的なものだ。つまり、サーヤはこの時代より後の時代に来てヒスイの玉に触ったんだけど、誰かが時間を越えてサーヤの匂いを運んだということが分かったよ」
「じゃあ、どうして私たちはこの時代まで遡って来ちゃったの?」
ミウは自分達が遠回りをしているような気がして、悲しくなった。するとカゲマルがするするっとミウの肩に上って顔を舐めた。
「カゲマルは、いつでもミウの気持ちが分かっているんだなあ。きっと、俺達がここに来た理由が今に分かるよ。ミウ、そんなにがっかりするなよ」」
ケンはミウを元気づけようと、思いっきり優しく話しかけた。
「このヒスイの玉はどうやって手に入れたんですか?」
みんなのそばで様子を見ていたブラフマーに、ヒロが訪ねた。
「それは、デウスが私に授けてくれたものだよ。数年前のことだが、デウスの啓示の意味が分かり始めた頃、今まで見たこともない美しい玉をデウスが私に与えようとする夢を見たんだ。その朝、目が覚めると、枕元にこのヒスイの玉が置いてあったのさ」
ブラフマーが説明している間、ヒロの視界に大きな竜が現れて、遠いところからヒスイの玉をくわえて飛んでくる様子が見えた。
これは、ヒロの千里眼の能力が強くなったということなのか。
「ブラフマーさん、デウスからヒスイの玉をもらう夢を見たとき、一緒に竜も見えましたか?」
ヒロの思いがけない質問に、ブラフマーは笑って答えた。
「ハッハッハ、私はスガワラと違って、竜に乗るどころか、出会ったこともないよ」
これは、どういうことなのだろうか。大きな竜は、デウスとどんな関係があるのか。
「それはそうだ。竜に出会う方法は、誰にも教えられない大切なものだよ。ただし、サーヤの行方を知っている人になら教えてやってもいい。」
スガワラ先生が冗談めかして言いながら、ブラフマーの部屋を出た。
「スガワラ、今度は私の話を聞いてくれるかい?デウスがポセイドンにしたのと同じ訓練を、私もできるようになったことだよ」
ブラフマーが食堂の入口でみんなに話しかけると、妻のサラスが目を輝かせて話に加わった。
「私も海と川で育ったから水泳は得意なのよ。その訓練を私にしてくださいな」
ブラフマーは喜んで、サラスと向かい合って立った。ブラフマーが上を見上げると、頭から光る糸のようなものが出て、サラスの頭の中に入って行く。
<第69話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第69話>
「あっ、サラスさんの頭の中が・・・」
ヒロにはサラスの脳に急速な変化が起きている様子が見える。それは、今のヒロの知識では理解できないが、脳内のニューロンが急速に発達して超高度の運動能力と技術を修得しているプロセスなのだ。
「何が見えるの、ヒロ?」
さっきからヒロだけに何かが見えていることにミウが気づいたが、サラスが走り出したのでみんなはその後を追った。
丘を駆け下りたサラスは、そのまま川に飛び込みイルカのように泳いでいる。
「ほーら、スガワラ、もうデウスの啓示を完璧に修得しただろう?」
ブラフマーが得意満面の笑顔でみんなを見ていると、イルカのように川から飛び跳ねて、サラスが戻ってきた。
「今度は私がヒロ達を訓練してみましょうか?意外に簡単な訓練だから」
「それはいい考えだ!ヒロ、ミウ、ケン、こう見えてもサラスは水泳が得意なだけじゃなくて、芸術にも学問にも優れているんだ。水の神の生まれ変わりって言われているんだよ」
上機嫌のブラフマーが、パールヴァの肩に手を置いて、みんなに話しかけた。
「お母様、私もイルカのように泳げるようになりたいなあ」
パールヴァが甘えるように言うと、サラスは優しくたしなめた。
「あなたはまだ小さいから、ヒロ達の後で訓練してあげるわ」
その日の午後、サラスの訓練を受けたヒロ、ミウ、ケンはほんとうにイルカのように泳げるようになった。それだけでなくサラスは、超古代人達が身につけている水中戦闘技術を教えてくれた
「こんなに水中戦闘能力が高くなると、実際に誰かと戦いたくなるな、ヒロ!」
武術に優れたケンが、嬉しさを抑えきれずにヒロに飛び掛った。
「不意打ちは卑怯だぞ、ケン!」
ヒロがイルカのようにジャンプしてよけると、ケンはそのまま頭から水の中に飛び込んだ。
「エーイッ!わたしも攻撃するよ、ケン!」
ミウが頭からジャンプしてケンの背中を拳で突こうとすると、ケンは体をひねって魚のように飛び跳ねた。
「おーい、お前達、いつまでじゃれあっているんだ。もう我々の家に帰るぞー」
スガワラ先生の声を聞いて、みんなは川から上がってきた。
家に帰る途中、ミウがヒロに聞いた。
「さっき、ヒロにだけ何かが見えていたようだけど、何が見えたの?」
「ブラフマーさんがヒスイの玉を授かった話をしている間、僕には大きな竜が遠いところからヒスイの玉をくわえて飛んでくる様子が見えたんだ。そして、サラスさんの訓練・・・」
ヒロの説明に驚いたスガワラ先生が、話の途中に割り込んできた。
「その大きな竜ってのは、タリュウやジリュウと同じような竜なのか?」
「同じようだけど、もっと大きくてタリュウやジリュウの親っていう感じでした」
「そうか!タリュウやジリュウの親が運んだヒスイの玉だから、子供の竜たちはヒスイの玉の光に引き寄せられるんだろう。ということは・・・」
スガワラ先生の推測に、ヒロが同調して付け加えた。
「影宇宙の中にいるぼくの父さんが、竜の親にヒスイの玉を運ばせて、デウスがブラフマーさんに授けたように思わせた、ということですか?」
<第70話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第70話>
「そうかも知れない。そうすると、シュウジはデウスがどうやってブラフマーに啓示を与えているか、知っていることになるなあ」
そう言いながら、スガワラ先生は家の中に入っていった。
数日後、みんながブラフマーの家で食事をしていると、ブラフマーがデウスから授かった新しい啓示を説明した。
「イルカのように泳ぐ能力だけじゃなくて、私が持っている知識や能力を誰かに即座に修得させる訓練方法を授かったんだよ。そして、誰かが誰かに知識や能力を伝えるための学校という仕組みを作ると、この街のみんなの能力が高まって、街全体が発展するというんだ」
「それはいい方法だ。まずこの街の主だった者たちにブラフマーの知識と訓練方法を伝授すればいい。最初の学校は、隣の大きな建物だ」
スガワラ先生がブラフマーの話を具体化すると、ブラフマーは両手を広げて喜んだ。
「そうだ、そうだ。最初十人に私の知識や能力を伝授すると、その十人が先生になって百人に教えられる。その百人が先生になると学校の建物が足りなくなるから、街のあちこちに新しい建物を建てて千人に教えることが出来るようにする。それから・・・」
「あなた、また夢が大きくなりすぎて、ついていけない人達から苦情を言われますよ。この街のみんなが納得するように、気をつけて進めましょう。もちろん主だった最初の十人に私を含めてくれますよね!」
サラスが優しく笑いながら話をまとめた。
ブラフマーが教えた最初の十人は、サラスのように高い能力の持ち主だった。その中の一人、シャンカラは海沿いの街からはるか遠くの海に出て漁をしたり、その先の街と交易をしたりする一族の出身だ。シャンカラは子供の頃から太陽や星の方角を見て、自分の位置を正確に認識する能力に優れていた。大人になる頃には、星の見えない時でも周囲の地磁気を察知して、自分の位置や向いている方位を認識できるまでに能力が高まった。
「シャンカラ、その特別な知識と能力をこの子達に伝授してくれよ。この子達は普通の子達より高い運動能力と学習能力を持っているぞ」
スガワラ先生はシャンカラと仲がいいので遠慮がない。ヒロ、ミウ、ケンが目を輝かせて見つめると、シャンカラは大きくうなづいた。
「シャンカラさんからスーパー方向感覚の能力を授かったから、どこに行っても不安がないよ」
翌日、街はずれの林を走りながらケンが言うと、ミウが応じた。
「ほんと!こんなに簡単にすごい能力を修得できるのなら、ヒロのつむじ風になる能力も伝授してほしいな、ヒロ」
「そうだね、能力の伝授方法をマスターしたから二人に僕の特殊能力を伝授してあげるよ」
「つむじ風だけじゃなくて、すぐにケガが治る体と千里眼の能力も伝授してくれよ」
ヒロの特殊能力を羨ましく思っていたケンが、真剣な眼差しでヒロに頼むとヒロは笑って答えた。
「オーケイ。その代わりにケンの武術とミウの薬草の能力や知識を伝授してくれよ」
「もちろんだよ!じゃあ最初に俺が武術の能力を伝授するぞ」
ケンが立ち止まりヒロと向かい合って立つと、ケンの頭から光る糸のようなものが出て、ヒロの頭の中に入って行く。
「次は私に伝授してね、ケン」
ミウの求めに応じて、ケンの武術の能力がミウにも伝授された。
<第71話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第71話>
「よーし、今度は僕のつむじ風だね」
ヒロからケン、そしてミウに、つむじ風になる能力が伝授された。
「わーっ!つむじ風になれるぞ、それーっ!」
嬉しさを抑えきれなくなったケンが、全速力で走って空に向かって飛び上がった。続いてミウも飛び上がった。二人ともつむじ風になったが、ケンは低いところをクルクル回っていて、ミウは高いところをフラフラ飛んでいる。
「能力はすぐに伝授できても、筋力や体力はすぐに変化できないから、うまく飛べないんだよ」
ヒロはそう言って、ケンに飛び蹴りを仕掛けた。見事にケンの肩に当ったが、ケンは平気な顔をしている。
「全然痛くないぞ、ヒロ!やっぱり、体力と筋力も鍛えないと俺と同じレベルにならないぞ」
お互いの変化を楽しみながら、三人はそれぞれの能力を伝授しあった。
「もうそろそろ家に帰ろうか」
ヒロが駆け出してつむじ風になると、ミウとケンも後に続いた。
「どうも俺は高く飛べないなあ。体が重すぎるのか?」
ケンが不満そうに言うと、ミウが笑って応じた。
「筋肉が多すぎて体が重いのよ。無駄な筋肉を減らしたら?」
後ろの二人から視線を前に移したヒロが大声を上げた。
「あれ、大変だ!誰かが川で溺れてるぞ!」
急降下したヒロが頭から川に飛び込んだ。溺れているのはパールヴァだ。
「パールヴァ、しっかりしろ!」
気を失っているパールヴァを抱きかかえて、ヒロはイルカのように泳いで岸辺に着いた。
ミウとケンが岸辺に降り立ち、パールヴァを介抱するが、気を失ったまま目を覚まさない。そこにサスケが後ろから二人を飛び越えて、パールヴァの胸を軽く押して降りた。
「あっ、パールヴァが水を噴き出して目を覚ました。すごいね、サスケ!」
ミウがサスケの首に抱きついて褒めると、サスケの表情が緩んだ。
「パールヴァ、このお薬を飲むと元気になるよ」
ミウが手で水をすくって、忍者の薬をパールヴァに飲ませると、パールヴァはヒロの手を握った。
「助けてくれてありがとう、ヒロ、ミウ、サスケ・・・」
「無事で良かったね、パールヴァ(でも、どうしてヒロの手を握るの?)」
ミウは自分が焼きもちをやいていることに気づいた。
「さあパールヴァ、家に帰ろう」
ケンがパールヴァを抱きかかえてブラフマーの家に着くと、驚いたサラスが駆け寄ってきた。
「ヒロ、ケン、ミウ、本当にありがとう。パールヴァ、どうして勝手に川に行ったの?」
「だって、お母様がイルカのように泳ぐ方法を教えてくれないから・・・」
「そうかそうか、もう少し待っていれば教えてもらえたのに。パールヴァ、もう危ないことはしないと約束しておくれ」
家から出てきたブラフマーが優しく諭すと、こっくりうなづいたパールヴァの目から涙が溢れた。
<第72話へ続く>
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<第72話>
「さあ家に入って、ブラフマーからデウスの夢を見る方法を教えてもらおう」
デウスの具体的な姿を知りたくてたまらないスガワラ先生が、ブラフマーを誘って家の中に入っていった。もちろん、ヒロ、ミウ、ケンも同じ気持ちだ。
「今や、みんなはパールヴァの命の恩人だ。スガワラやこの子達は、この街の住人より私とデウスのことを良く分かってくれる。君達がデウスの啓示を見ることができれば、私と一緒にもっともっとこの街を良くすることができるだろう」
そう言ってブラフマーは、眠る前に天に向かってデウスに自分の気持ちを伝えると夢の中にデウスが現れることを教えてくれた。
「そんなに簡単にデウスが夢に現れてくれるかなあ?」
ケンが自信なさそうに言うと、スガワラ先生も半信半疑の気持ちを隠さなかった。
「みんな自信がないだろうが、ブラフマーを信じて良い夢を見よう」
次の朝、みんなはどんな夢を見たのか聞きたい気持ちと、自分の見た夢を話したい気持ちを抱えて、ブラフマーの家の朝食に集まった。
「まず、私が見た夢のことを話そう。何故だか分からないが、夢に現れたのがデウスじゃなくって、賢者プロメテウスっていう男だったよ。自分はデウスより賢いから、我々の知らない知識や技術をたくさん教えてやると言っていたなあ」
最初にスガワラ先生が話し始めると、ケンが続いた。
「俺も何故だか分からないけど、夢に現れたのは月の女神アルテミスというすっごくきれいな女神だったなあ。弓矢の名手で、銀の矢を使って何にでも命中させるんだ」
「それはケンがきれいな女神に会いたいって思いながら眠ったからじゃないの?わたしの夢に現れたのは太陽神アポロンっていう素敵な神様だった。医学、数学、音楽、予言、何でもできるし、黄金の馬車で空を駆け回るんだって・・・」
ミウがうっとりと目を閉じると、ヒロが遠慮がちに口を開いた。
「ミウも素敵な神様に会いたいって思いながら眠ったからじゃないか?僕の夢に現れたのは、最強の戦士ヘラクレスっていう筋肉モリモリの神様だったよ。オリンポスの国が敵に襲われたとき、一人で敵を撃退したというほど強いらしい」
みんなの話を笑顔で聞いていたブラフマーが、手をたたきながら言った。
「それぞれ心の奥で会ってみたいと思う神様が違ったようだな。デウスに会えなかったのは残念だが、色々な神からオリンポスの文明を幅広く教えてもらえるから良かったじゃないか」
サラスもパールヴァも話しに加わって、賑やかな朝食になった。
「あなた、最近あなたの演説が難しくなったから、ついていけないっていう人が増えているのよ。スガワラがこの街に現れて、ブラフマーを唆しているからだっていう噂が広まっていますよ」
朝食が終わると、思いがけないことをサラスが小声でブラフマーに話し出した。
「それはアグニが言いふらしているんだろう。海沿いの街からここに移住したときはリーダーだったが、いつの間にか私がリーダーになってしまったのが悔しいんだよ。その上、私とスガワラの意見が合うから、スガワラを目の敵にしているんじゃないか?申し訳ないが、夜道は気をつけてくれよ、スガワラ」
ブラフマーに謝られると、スガワラ先生は明るく笑って答えた。
「それはブラフマーのせいじゃないから、気にするな。この子達みんな武術ができるから大丈夫だよ」
<第73話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第73話>
数日後、ブラフマーの家で夕食を食べてスガワラ先生の家に帰ると、アグニがこっそりと訪ねてきた。話があるから自分の家に来てくれと言うので、スガワラ先生は疑いもせず一緒に出て行った。
「先生は人がいいから、一緒に行っちゃったよ。心配だから、後ろからこっそりついて行こうよ」
ケンが先に歩き出すと、ヒロとミウも音を立てずについて行った。
「スガワラ、お前がこの街に現れてからブラフマーがおかしなことを言うようになった!お前はこの街を乗っ取ろうとしているんだろう!」
街はずれの広場で大勢の超古代人がスガワラ先生を取り囲んでいる。アグニが先生を責めると、大勢が先生に詰め寄った。
「わかった、わかった、俺がこの街を出て行けば、みんな仲良くしてくれるんだな?それなら、子供達みんなをつれて出て行くよ、明日の朝までに!」
そう言って先生は、取り囲んでいる大勢の超古代人を飛び越えてヒロ達のそばに着地した。
いつの間にかサスケ、カゲマル、コタロウも来ている。サスケが静かに天を見上げると、四匹の子供の竜が顔を出した。大勢の超古代人が腰を抜かさんばかりに驚いて見ている。
*** さあ、早くおいらの背中に乗って!今度はどこに行きたいんだい、ヒロ、サスケ?・・・
タリュウがヒロとサスケを乗せて影宇宙に戻った。兄弟のジリュウはミウとカゲマルを乗せ、サブリュウはケンとコタロウを乗せた。最後に、シリュウがスガワラ先生を乗せて影宇宙に戻った。
「今から千五百年未来に行ってくれ。この超古代都市に来る途中で見た絶頂期のこの街に、ヒスイの玉の秘密があるはずだ!」
先生が自信ありげに言うと、ヒロが反対した。
「サーヤがヒスイの玉に触った時代に行きましょうよ。サスケ、その時代を教えてくれよ」
*** 急がば回れって言うだろう?何回か途中下車すればサーヤに辿り着けるよ・・・
サスケは遠回りした方がいいと言っているのか?一万一千年前の超古代都市ではオリンポス惑星の神々に出会い、特殊能力を修得することができた。今度は何が起きるのか?
*** じゃあ、今から千五百年未来、つまり九千五百年前の時代に行くぞ・・・
タリュウを先頭に四匹の竜は猛スピードで影宇宙を下降していく。
「突然わたし達がいなくなって、ブラフマーさん達は心配するでしょうね」
ミウが後のことを気にすると、先生はみんなに向かって明るく言った。
「ブラフマーは賢い男だから、この超古代都市を大きく発展させるはずだよ、心配するな」
<第74話へ続く>
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<第74話>
*** おいら達の母さんも同じことを言ってたよ。ヒスイの玉を運んだときにブラフマーを見て、特別な力を感じたそうだ・・・
会話に加わったジリュウに、ヒロがすぐ反応する。
「君達の母さんがヒスイの玉を運んで、ブラフマーの枕元に置いたのか」
*** そうだよ。みんながブラフマーの時代に行ったと母さんに話したら、ヒスイの玉のことを教えてくれたんだ・・・
サブリュウが答えると、さらにケンが質問する。
「何故ヒスイの玉を運んだのか、誰かに指図されたのか、教えてもらわなかったのかい?」
*** 特に何も言っていなかったよ・・・
今度はシリュウが、どうしてそんなことを聞くのか、という顔で答えた。
*** さあ、九千五百年前の同じ街に着いたぞ・・・
タリュウがスピードを緩めて、影宇宙の出口に適した場所を探し始めた。
「おおっ、見事な都市国家になっている。俺達がいなくなっても、ブラフマーは立派な古代都市を作り上げたんだよ」
先生が満面の笑みを浮かべて、シリュウから降りようとした。
*** 慌てるなよ、今降りると影宇宙から落ちて大ケガをするぞ。この時代はクリシュナという人がこの街を治めているって、おいら達の母さんが教えてくれたよ・・・
ジリュウが大事なことを思い出したという表情で言うと、ミウが街を見ながら声をあげた。
「少し小さいけど、モヘンジョ・ダロの街とそっくり!パルテノン神殿みたいな神殿まであるよ」
*** そうだ!おいら達の母さんはクリシュナの友達だから、クリシュナの家でみんなを降ろそう・・・
「そんなことをして大丈夫なのか?クリシュナの部下と戦うことにならないかなあ」
慎重なヒロの心配をよそに、四匹の竜はクリシュナの家の天井から顔を出した。
クリシュナは自分の部屋で、静かにヒスイの玉を見つめているようだ。
*** クリシュナ、あなたはおいら達の母さんを知っているよね・・・
突然、タリュウが天井から声を掛けると、クリシュナはギョッとして上を見上げた。
「あーっ、驚いた!あの竜はお前達の母親なのか」
クリシュナは、輝くような美貌と逞しい筋肉の持主だ。
*** そうだよ、ブラフマーさんの友達を連れてきたから、よろしく頼むよ・・・
ジリュウが軽い調子で話しかけると、クリシュナはイスから立ち上がった。
すぐに、クリシュナの目の前に、スガワラ、ヒロ、ミウ、ケン、サスケ、カゲマル、コタロウが現れた。
<第75話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第75話>
「ブラフマー神は、この街の創始者であり私の祖先だが、千五百年も前の時代に生きていたはずだ。そんな昔の人とあなた達が友達とはいうのは、どういうことなのか?」
特に興奮することなく、クリシュナが問いかけると、スガワラ先生が身振り手振りで答える。
「ブラフマーさんの家族と仲良く暮らしていたのですが、この不思議な竜が我々をあなたの時代に運んでくれたのですよ。あなたも竜の友達がいるのなら、不思議なことがあっても驚くことはないでしょう。」
「そうだな。ちょうど今、この街の将来を案じて、ブラフマー神ならどうするかと考えていたところだ」
そう言って、クリシュナがヒスイの玉に目を移すと、スガワラ先生は全員を紹介した。
「クリシュナさん、そのヒスイの玉をちょっと貸してください」
ヒロがヒスイの玉をそっとサスケの鼻に近づけると、すぐにサスケが横を向いた。
「やっぱり、サーヤはこの時代より後の時代に来て、ヒスイの玉を触ったようだ」
ヒロの言葉に興味を持ったクリシュナがヒロに話しかける。
「このヒスイの玉は、ブラフマー神がこの街に残してくれた宝物だ。この宝物とサーヤという人物にどんな関係があるのか?」
ヒロが手短かに説明すると、クリシュナは納得してため息をついた。
「君の妹のサーヤは、確かにこの街に来ていない。しかし、私がヒスイの玉に語りかけている時にあなた方が現れたのには、何か訳があるに違いない」
「ブラフマーさんがデウスの啓示を授かって、この街と建物を建設したということはご存知ですか?」
ミウがたずねると、クリシュナは探し物が見つからない時の表情を見せた。
「それは言い伝えとして残っているが、どうすればデウスの啓示を得られるのか、その方法は分からないのだ」
ケンがブラフマーに教えてもらった方法を説明すると、クリシュナは半信半疑ながら試してみようと思った。
「やはりブラフマー神が、時代を超えてあなた方を竜に運ばせたのだ。今夜はみんな私の家でゆっくり休んでください」
<第76話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第76話>
翌朝まだ暗いうちに、クリシュナがスガワラ先生を起こしに来た。
「本当にデウスの知恵を授かることができた。お礼として、街のみんなが目覚める前に、あなた方を神殿に案内したい」
クリシュナの後について、みんなは丘を上り古い神殿の前に立った。それはギリシャのパルテノン神殿のような装飾が施された見事な神殿だ。
「俺達が去った後もブラフマーは街を発展させ、ついに神殿まで建てたんだ」
スガワラ先生が感慨深げに見上げると、中に入っていたヒロが続けた。
「これは、ブラフマーがデウスに感謝して建てた神殿だけど、その子孫がブラフマーとサラスヴァティー、そしてパールヴァティーを神様として祭ったようです」
「あの可愛かったパールヴァまで神様になったなんて、きっと立派な大人になったんだなあ」
ケンが上を見ると、お婆さんになったパールヴァが八人の賢い息子娘達に囲まれている様子が見えた。ケンも千里眼の能力を修得できているのだ。
丘の上から街全体が見渡せる。街はブラフマーの時代よりかなり大きくなったが、はるか遠くに見えていた海が今はすぐ近くまで迫っている。
「氷河が溶けて、川が氾濫したり海面が上昇したりするので、将来この街が水没するのではないか、という恐怖に苛まれていた。しかし、今朝デウスから様々な知恵と技術を教えてもらったから、街のみんなが安全に暮らせるように指導できる。お礼に竜の母親を呼んであげよう」
クリシュナが天に向かって手を伸ばすと、四匹の子竜が顔を出した。
*** 母さんは遠いところに行っているから、ここに来られなかったよ。もうすぐ明るくなって街のみんなに見つかるから、急いでおいら達に乗って・・・
タリュウが、ヒロ達の心に直接話しかけた。みんなはクリシュナに別れを告げて、それぞれ四匹の子竜に乗って影宇宙に入った。
九千五百年前から未来に向かって下降のスピードを上げると、ヒロがみんなに話しかけた。
「今度こそ遠回りしないで、サーヤがヒスイの玉を触った時代と場所に行こうよ」
*** 母さんがいないから、どの時代のどんな場所に行けばいいか分からないよ・・・
猛スピードで下降していたジリュウが、困ったような表情で体をひねったので、ミウとカゲマルが滑り落ちそうになった。
<第77話へ続く>
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<第77話>
「あっ、危ない!カゲマル、大丈夫?」
ミウが右手でジリュウの耳をつかみ、左手でカゲマルの体を抱きかかえた時、突風が吹き抜けた。強い風に巻き上げられて、ミウとカゲマルがジリュウから離れていった。
*** 大変だあー!ミウとカゲマルが影宇宙から飛び出してしまう!・・・
サブリュウがケンとコタロウを乗せたまま、猛スピードでミウとカゲマルの後を追う。態勢を立て直したジリュウも慌てて追いかける。その後をタリュウとシリュウも追いかけた。
「ミウ、早く俺の手につかまって!」
サブリュウに乗ったケンが、もう少しでミウに届きそうなところまで近づいた。その時、みんなは何か硬いものを突き抜けたような衝撃を感じた。
*** まずい!みんな影宇宙を飛び出してしまった・・・
タリュウが慌てた声を出したのが、みんなに伝わった。ミウとカゲマルが、大きな川に向かって落ちて行く。続いてケンとコタロウがサブリュウから離れて、回転しながら落ちて行く。大きな川は、すぐ近くまで海が迫り河口付近で波が逆巻いている。
「イテテッ、影宇宙から出ると、シリュウの体が空気みたいになっちまったよ」
川岸の草むらに落ちたスガワラ先生が、立ち上がって独り言を言うと、後ろでヒロが叫んだ。
「ケン、コタロウ、急げー!ミウとカゲマルが海の方に流されて行くぞー」
「おおっ、ヒロとサスケもタリュウから落ちたのか。さあ、俺達もミウとカゲマルを助けに行こう!おーい、ミウ、目を覚ませー!」
先生が大声で叫びながら川に飛び込むと、ヒロはつむじ風になってミウとカゲマルに近づく。
「ミウ、カゲマル、しっかりしろ!今、助けるからな」
ヒロが手を伸ばした時、イルカのように泳いできたケンがミウを抱きかかえて上を向かせる。ケンに続いて来たコタロウも、同じようにカゲマルを上に向かせた。
「あっ、ケン、助けてくれたの?ありがとう。でも、カゲマルは、どこにいるの?」
大波をかぶりながらミウが心配すると、ケンが誇らしげに答える。
「コタロウが助けてくれたよ。ほら、二匹で必死に岸に向かって泳いでいるだろう?」
イルカのように泳げるようになっているケンとミウは、大荒れの川を難なく横切って川岸に着いた。
<第78話へ続く>
(C)Copyright 2013, 鶴野 正
<第78話>
「ケン、頑張ったな!ミウ、助かって良かったな」
川岸に降りたヒロが二人に声を掛けると、ミウがヒロの手を握りしめてじっとしている。ミウは助けてくれたケンに感謝の言葉を伝えなければいけないと分かっているのだが、何故かずっとヒロの手を握っていたかった。そこへ遠くから高く飛び跳ねながら、見知らぬ古代人が近寄ってきた。
「お前達、大丈夫だったのか?海も川も荒れ狂っているから、近づいてはいけないぞ!」
「ありがとうございます。ところで、あなたのお名前は?」
ケンがミウの前に立って、相手から目を離さず丁寧に質問すると、古代人は驚きの表情を見せた。
「えっ、お前達はこの街の者ではないのか。私はこの街の指導者、ハヌマーンだ」
ハヌマーンは、動物に例えると猿のような顔立ちをしているが、賢者の風格がある。
そこへ川から上がったスガワラ先生が近づいてきた。
「私たちはブラフマー神の時代から竜に乗って来たのですが、今はどんな時代ですか?」
「これは驚いた!ブラフマー神は三千年も前の祖先だ。何千年も前から氷河が溶け出して、最近は毎年川が氾濫し大事な神殿まで海が迫ってくるのだ」
信じられないといった表情のまま、ハヌマーンはこの街の苦境を話し始めた。
その時、丘の上の神殿まで逃れていたこの街の住人達が叫ぶ声が聞こえた。
「川の上流から大きな茶色い土石流が押し寄せてくるぞー!」
「海の方から真っ黒な大津波が来るぞー!」
「この丘の上の神殿まで水に飲み込まれてしまうのかー!」
ハヌマーンは、丘の上に集まっている古代人達に向かって叫んだ。
「みんな、丘の後ろの山に早く逃げ込めー!神殿に残っていると水に飲み込まれるぞ」
スガワラ先生の方を振り返ったハヌマーンが、無念の表情で言い残した。
「三千年続いたこの神の街も、私の時代で終わりのようだ」
*** ヒスイの玉は私が受け継いでいる・・・
ヒロの耳に懐かしい声が聞こえた。慌ててヒロが天を見上げると、竜の子達が天から顔を出して、早く乗れと催促している。
<第79話へ続く>
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