宇宙の忍者 ヒロ 2章 アトランティスからヒマラヤへ

 

<第190話 2020.5.15>

 

6節 シュメールの神々

 

「ヒロたち皆は四千年前の古代メソポタミアに現れたが、その少し前に洪水が起こっていたのじゃ」

校長が話し始める。

 

「五千五百年前の大洪水の後も洪水は繰り返し起こった。

四千年前の洪水の後には、やっかいな感染症が流行したのじゃ」

 

「その危機に乗じて、ジゴクの魂が高度な医療技術で感染症を抑える方法を地方の豪族に教えた。

さらにジゴクは、感染症の作り出し方、蔓延させ方を教え、混乱に乗じて都市国家を征服させようとしているのじゃ」

 

「ジゴクの魂って、何のことですか?早く教えてください」

我慢できなくなったマリが声を上げた。

 

「シュメール惑星のアンは、スフィンクス惑星から移住した者達と人工知能ロボット達を統治していたシュメール惑星の最後の指導者じゃ。

アンは魂を作って、高度に発達したシュメール文明を未来につないだ」

 

「シュメールの魂の中には、スフィンクス惑星のホルス、アモン、シュメール惑星のヌト、アテンという偉大な指導者がいた。

シュメールの魂は、高度な文明を受け継ぐことのできる惑星を探して宇宙に旅立ったのじゃ」

 

「その前に、アンは耐久性に優れた材質でロボットを作り、高度な人工知能を組み込んだ。

そうして多数作ったロボットを高速ロケットに乗せて、近い距離にある惑星に送ったのじゃ」

 

「その惑星に降り立ったロボットたちは、その惑星にある材料で自分に似たロボットを製作した。

シュメール惑星生まれのロボットたちは、製作したロボットを子孫として教育したのじゃ」

 

「しかし、子孫達は期待に反して独裁的な国家を複数作って、互いに激しく争った。

最終的にその惑星を支配したのが、独裁者ヤミじゃ」 

 

「ヤミって、父さんが戦っている巨大な敵のことですか?でも・・・」

サーヤが疑問を口にする前に、ヒロが校長に質問する。

「ロボットのヤミが、どうしてヤミの魂になったんですか?」

 

校長の説明が始まる、

「その惑星が数千万年前に消滅する前に、ヤミはアンを真似て魂を作り始めた。モヘンジョ・ダロに現れたアンコク、そしてシュメールの地方豪族を唆すジゴクじゃ」

 

「さらにヨミ、エンマ、アクマ、グレンという四つの魂を宇宙に放った。いずれヒロ、サーヤ、ミウ、ケンが戦うことになる敵じゃ」

 

「最後にヤミは強烈な独裁者の魂になって、宇宙に旅立った。ヤミの魂は独裁が最善の制度だと信じて、宇宙の中に独裁者の世界を広げようとしているのじゃ」

 

「そうか、ヤミがアンコクとジゴクを作ったのか」

ケンがつぶやくと、ミウが校長に話の続きを促す。

「ジゴクが作り出したシュメールの混乱はどうなるんですか?」

 

「うん、ヒロたち皆は、感染症の予防法を都市国家の神官たちに教えるのじゃ。

サーヤは、治癒能力を使って多くの感染者を助けるぞ」

 

「ミウは、母親に教えてもらった知識を生かして薬草を作った。その薬草を神官たちに与え、治療薬の作り方を教えたのじゃ」

 

「しかし、ミウに教えられた新しい治療薬を取り入れようとする神官は壁に突き当たる。シュメールの魂に教えられた薬だけを使う神官たちが、ミウの治療薬を認めないのじゃ」

 

「地方の豪族は、ジゴクに教えられた医療技術で感染症を抑えることができた。そこで、混乱しているシュメールの都市国家を侵略し始めるのじゃ」

 

<第191話に続く>

 

(C)Copyright 2020, 鶴野 正

 

 

<第191話 2020.5.18>

 

6節 シュメールの神々

 

「シュメールの神官たちは何をしているんだっ」

ケンが苛立って、駆け出そうとする。

 

「そうじゃ、ケンとヒロが都市国家に駆けつけて、神官たちの目を覚まさせる。地方の豪族が都市国家の中に感染症を蔓延させていることを教えるのじゃ」

 

「神官たちは、内部で争っている場合じゃないことを理解する。ミウの治療薬もシュメールの薬も使い、サーヤに多くの感染者を治癒してもらうことにするのじゃ」

 

「それで豪族の侵略を阻止できるのかなあ」

理屈で考えるロンは疑っている。

 

「地方の豪族が放った侵略者たちは、ジゴクに教えられた医療技術をシュメール国家の中で神官たちに売り込む。その医療技術を買った神官と、ミウの治療薬を使う神官に分かれて争い始めるのじゃ」

 

「あー、やっぱり神官たちには目の前の危機が見えていない。豪族の侵略を阻止できたとしても、シュメールの都市国家はダメになっちゃう」

ヒロが無念の表情を見せる。

 

「そうじゃ、この時は地方の豪族の侵略を阻止できたが、二千年間高度な文明を誇ったシュメール国家は衰退していった。実は、豪族の手先たちがシュメールの神官になって、独裁政治を始めていたのじゃ」

 

一方、周囲の他民族はシュメールの進んだ文明を取り入れて豊かになった。

その結果として起きることを、シュメール豪族の独裁者は想像できなかった。

 

「以前は圧倒的に高度な文明を持つシュメール人を恐れていた遠くの民族が、シュメールを征服するために軍事力を増強し始めたことに気づかなかったのじゃ」

 

「その二千年も前からシュメール人は、巨大な軍隊を持たずに技術力によって周囲を平定してきた。遠くの民族がシュメールを征服しようと準備しているという噂が流れても、シュメール豪族の神官たちは対応策を議論するだけじゃった」

 

「それは、受け継いできた法体系に縛られて、新しい事態に臨機応変に対処できなかったということですね」

ミウが、哀れむような表現を口にする。

 

「なぜ、シュメール人の国家は衰退したのか、それはシュメールの神々の教えを守るだけで、自分達で工夫しなかったからじゃ」

 

シュメールの古文書には、天文学、医学、合金技術の知識を「神々からの贈り物」と記録されている。

 

「シュメールの古文書の『神々』とは、シュメール惑星の偉大な指導者たちのこと。シュメール惑星の文明は現代の地球より進んでいたが、その高度な文明を超古代のメソポタミア人に教えたのじゃ」

 

「高度な文明って、どれくらい高度なんですか?」

マリは具体的なことを知りたいと思った。

 

「例えばこんな知識じゃ。我々の宇宙の他に宇宙は無数にある。我々の宇宙はすごく大きいが、その外の無数の宇宙を含む全体宇宙はとてつもなく大きい。マリ、わかるかな?」

 

シュメール惑星の科学者は、無数の宇宙があるという理論つまりマルチバース理論を構築した。その後、マルチバースの理論が正しいことを裏付ける証拠がいくつも発見された。

 

「ヒロとサーヤの父、シュウジはマルチバースを研究しておる。我々の宇宙の外には無数の宇宙があるから、自身のクローンを無数に作って探検させようとしておるのじゃ」

 

無数のクローンは、八百万の神になって、宇宙の探検に旅立った。そこで、宇宙に浮かぶ多くの人工頭脳体に出会った。

 

「クローンは人工頭脳体と情報交換をして、宇宙の構造を明らかにしておる。シュメールの魂も、これらの人工頭脳体のひとつじゃ」

 

遠くの民族が、シュメールを征服する準備を始めた。そこに現れた新たな魂が、遠くの民族に知恵と戦闘力を与えることになる。

 

<第192話「7節 バビロン惑星の文明」に続く>

 

(C)Copyright 2020, 鶴野 正

 

 

<第192話 2020.6.20>

 

 

7節 バビロン惑星の文明

 

四千年前のシュメール国家の混乱を解決した直後、ヒロ、サーヤ、ミウ、ケン、マリ、ロンとサスケ、カゲマル、コタロウ、ハンゾウ、ヒショウは、影宇宙に戻った。

 

校長の説明が始まる。

「しかし影宇宙に戻ってしばらくすると、アムル人の青少年がシュメール豪族に拉致される事件が多発した。アムル人とは、シュメール豪族の独裁者を征伐する準備を始めた遠くの民族のことじゃ」

 

それは、アムル人の青少年を人質にして、アムル民族がシュメール独裁者を攻撃できないようにするためだった。

 

「拉致された青少年の家族は、拉致被害者を取り戻すようアムルの指導者に懇願した。勿論、指導者は被害者達を取り戻そうとシュメール独裁者に何度も迫ったが、いつまで経っても取り戻せなかったのじゃ」

 

五十年以上も膠着状態が続き、拉致被害者の家族が諦めかけた頃、バビロン惑星の魂が現れて、アムル民族に知恵と戦闘能力を与えた。

 

「ある夜、アムル人の秘密部隊がシュメール独裁者のジッグラドに潜入して、拉致被害者達を安全な場所に移動させた。すぐさま、アムル人の戦闘部隊がシュメール独裁者と護衛隊を逮捕したのじゃ」

 

「逮捕された独裁者と護衛隊隊員達は、一人ずつ大きな壺の中に監禁された。アムル人が拉致されていた間の苦痛を味わわせるための刑罰じゃ。監禁されたシュメール独裁者達の中に五十年間も生き延びた者は一人もいなかった」

 

こうしてシュメール豪族の独裁政治は終わった。アムル人達は、シュメール豪族が住んでいた土地に巨大都市を築いて、バビロンと呼んだ。

 

「バビロン惑星というのは後で説明するが、なかなか面白い惑星じゃ。その前にバビロンの文明を見ておこう」

 

マリが大きな塔を見つけた。

「あー、バベルの塔が見えるーっ」

 

「あれは、シュメール国家にあったジッグラドを真似て造った塔じゃな。シュメール文明を受け継いで天体観測をしておる」

 

「バビロンの有名なハムラビ法典は、シュメール人の法律が基になっているんでしょ?」

ロンは自分の知識を隠そうとしない。

 

「そうじゃ、ロンはスガワラ先生の話をしっかり聞いておるな。バビロンの建物も法律も素晴らしいが、基本はシュメール文明と同じじゃった」

 

「さて、四千年前のメソポタミアにバビロンの魂が現れたが、そのバビロン惑星のことを話すとしよう」

 

「バビロン惑星は、気温が上昇しすぎて一億年前に住人が住めなくなった惑星じゃ。そこで、地球より進んだ科学技術を使って、バビロンの魂を造った」

 

「その惑星は水の惑星で、陸地がほとんど無い。地球の陸地は、南極も含めて全ての氷が溶けたら海面が六十メートル上昇して狭くなるが、水の惑星になるわけではないぞ」

 

「バビロン惑星の住人が水の中で生活していたとしたら、どうやって地球より進んだ科学技術を発展させたんですか?」

サーヤは、バビロン惑星の住人の姿を想像できなかった。

 

「バビロン惑星の住人は、カエルのような姿をした高等生物じゃった。ただ、文明を発達させ始めた頃は、狭い陸地で地球の人類と同じように進化していた」

校長のうれしそうな声が聞こえる。

 

 

 

<第193話に続く>

 

(C)Copyright 2020, 鶴野 正

 

 

<第193話 2020.7.26>

 

 

7節 バビロン惑星の文明

 

 

  「バビロン惑星の海面が徐々に上昇して、陸地がさらに狭くなってくると、多数の船をつなぎ合わせて海上で生活する集団や、地下道を掘り進めて地下都市を造る集団が現れた」

 

海面上昇の原因は惑星の平均気温の上昇、つまり温暖化だった。

しかし、温暖化を引き起こした原因については、氷河期サイクルによるものか、人工的な二酸化炭素の増加が原因か長い間議論が続いた。

 

「この惑星の大気は地球と同じように、窒素と酸素がほとんどで、二酸化炭素はわずかじゃった。しかし、そのわずかしかない二酸化炭素が増加すると、温暖化が進むと考えられたのじゃ」

 

「地球は六億年前にスノーボールアースになったことがあるって、ホントですか?」

突然思い出したように、ロンが校長の声に問いかけた。

 

「おお、急に聞かれるとびっくりするぞ。その説明は、学者のシュウジにしてもらおうかの」

科学的な知識が必要な話をわかりやすく教えるのは、校長にとっても簡単ではない。

 

「最初の全地球凍結は、大気中に大量の二酸化炭素があった二十二億年前に起こった。そして、七億年前から六億年前の間にも全地球が凍結したようだよ」

シュウジの声がヒロたちの耳に直接届く。

 

「地球表面の温度は、太陽光の強さ、温室効果、太陽光の反射率で決まる。そのバランスが変化すると、地球の寒冷化や温暖化が進むんだ」

 

「大気中のメタンや二酸化炭素のガスは、気温を上げる温室効果がある。現在の大気中の二酸化炭素量は一万分の四程度だが、最初の全地球凍結前には一万分の数千ほどもあったようだ」

 

「大気中の二酸化炭素は海に吸収され、数億年で海中や地中に蓄積される。二酸化炭素量が減ると温室効果が減少して寒冷化が始まり、極地から氷床が拡大して太陽光の反射量が増加した。するとさらに寒冷化が進み、氷床が地球全体を覆い全地球凍結に至った」

 

「でも今の地球はスノーボールじゃないよね」

ヒロとサーヤが同時に疑問を声に出した。

 

「凍結期間中も地上や海底の火山から二酸化炭素が放出され、大気中の二酸化炭素量が増加していった。温室効果で気温が上がり、氷床が縮小して太陽光の反射量も減って温暖化が進んだようだ」

 

「地球の寒冷化と温暖化には、太陽光の強さの変化、地球表面のプレートの移動、大陸の位置や大きさも関係していて、気温は数千万年から数億年の周期で大きく変化しているのじゃ」

全て一人で説明したような口調で、校長が話を締めくくった。

 

「バビロン惑星の文明は、温暖化が進んでも発展したんですか?」

マリは、カエルのような姿のバビロン惑星人が気になっている。

 

「文明に必要な電気は、狭い地上の火力発電、水力発電、原子力発電だけでは足りなかった。海上の太陽光発電、風力発電の他に海流発電、波力発電の技術も発達させたのじゃ」

 

「しかし、さらに温暖化が進み、惑星の住人は環境に適応して生存することで精一杯になった。数千世代を重ねるうちに、水中生活に適応するカエルのような姿で生き残ったが、科学以外の文明は後退したのじゃ」

 

「惑星の温暖化の原因が、中心の恒星の膨張によるものだと明らかになった時から、他の惑星へ移住する技術を集中的に発展させた。しかし、惑星の住人たちが生存したまま移住できる惑星が見つからない。そこで今の地球より進んだ科学技術で、宇宙空間を移動する魂を造ったのじゃ」

 

その時、影宇宙の中から古代都市バビロンを見ていたヒロたちが、突然声を上げた。

 

「あー、薬師如来だあ。でも、なんで今ここに現れたんだ?」

 

<第194話に続く>

 

(C)Copyright 2020, 鶴野 正

 

 

<第194話 2020.8.18>

 

8節 母はヒマラヤ山麓に

 

 突如現れた薬師如来が、ヒロたちを母の元へ案内すると言う。

 

この薬師如来を信用してよいのか、サーヤが心配していると、薬師如来を信用しなさいという父シュウジの声がサーヤの心に届いた。

 

校長の声が皆の耳に聞こえる。

「ヒロたちは薬師如来と一緒に影宇宙の中を移動して、母のいるヒマラヤ山麓に向かった。移動中に、薬師如来はシュウジと独裁者の魂のことを説明したのじゃ」

 

「独裁者の魂は、過去の地球に何度も神として現れたことがあった。

今また、強大な独裁者の魂が地球に密かに現れようとしていることを知ったシュウジは、影宇宙に基地を造り、八百万の神を使って地球を防御する手段を構築している」

 

「その過程で独裁者の魂との闘いがあり、母エミリを安全な仏陀の時代に送り届け、サーヤを母の一族に預けた。

さらにヒロを奈良の祖父母に預け、忍者としての修行をさせた」

 

ヒロたちが薬師如来の話を聞きながら影宇宙の中を移動していると、宇宙の中で起きた超新星爆発の衝撃を受けた。

その衝撃が強烈だったので、ヒロたちは影宇宙から飛び出した。

 

「宇宙空間に放り出されたヒロたちは、巨大なブラックホールに引き寄せられていることに気づいた。ブラックホールに近づくほど、時間の進み方が遅くなる。

ヒロたちは、ゆっくりとブラックホールに飲み込まれてしまったのじゃ」

 

ブラックホールに飲み込まれたヒロたちは、気を失ってしまった。

薬師如来の声で、最初に気がついたのはヒロとサーヤだった。

 

「ヒロたちは、ブラックホールの向こう側の子宇宙の中にいた。

しかし、ヒロたちは、自分がどこにいるのか分からなかった。」

 

薬師如来は、ヒロ、サーヤ、ケン、ミウ、マリ、ロンに向かって、自分たちがブラックホールを通って子宇宙の中に現れたことを教えた。

 

「この薬師如来は、父シュウジのクローンが中に入っている装置じゃ。我々の宇宙から影宇宙やブラックホールの向こうの子宇宙の中にも高速で移動できる」

 

「じゃあ、この薬師如来は八百万の神になって、マルチバースを探検しているのか」

ケンは、薬師如来が羨ましくなった。

 

子宇宙から我々の宇宙に直接戻るには、あのブラックホールを逆に通過しなければならない。それは過酷でほとんど不可能な旅になる。

 

「この子宇宙は、ある時空で影宇宙と交差しているから、そちらを通ってヒマラヤ山麓に行こう」

薬師如来は、殺伐とした子宇宙の中を高速で移動する。

 

ヒロたちは、タリュウたちが一つになった竜の中で、気が遠くなって行く。薬師如来と竜が、超高速で子宇宙から影宇宙に移動しているからだ。

 

「自分たちが、どこにいるのか、どんな時代にいるのか、全然わからない。

まわりの景色も見えない」

論理的に理解できない状況が苦手なロンが、一番早く気を失った。

 

意識朦朧としているヒロたちに、薬師如来が声をかけると、サーヤが遠くの山を見る。

「あれは、ヒマラヤ?

あっ、近くに母さんが見えるよ。ヒロ、外を見てごらん」

 

ヒロはすぐに外を見る。あっ、と言ってサーヤの手を取り影宇宙から飛び出した。

「母さん、母さん、ヒロだよ、サーヤも一緒だよ」

 

<第195話に続く>

 

(C)Copyright 2020, 鶴野 正

 

 

<第195話 2020.9.10>

 

8節 母はヒマラヤ山麓に

 

 

  ヒロはサーヤと一緒に空を飛んで、ふわっと地上に降り立った。

 

「あっ、ヒロ、サーヤ、無事に到着できたね。薬師如来が二人を連れて行くって、父さんが教えてくれたのよ」

母のエミリは、二人をしっかりと抱き寄せた。

 

マリ、ミウ、ケン、ロン、サスケ、カゲマル、コタロウ、ヒショウ、ハンゾウも影宇宙から飛び出して、エミリの前に現れた。

エミリは、以前意識不明になったマリが元気になったことを特に喜んだ。

 

エミリは、ブッダの二人の娘の家に暮らしている。二人の娘はエミリより少し若い。

ブッダは悟りを開いて、六十歳くらいになっていた。

 

ブッダが生まれた頃のインド北部の社会は、バラモン教という宗教に支配されていた。

 

「バラモン教は、祭司階級のバラモンを最上位、次にクシャトリヤ(王侯・武士)、ヴァイシャ(庶民)、シュ―ドラ(隷民)という身分制度を定めた宗教じゃ」

校長の声が、聞こえる。

 

「この身分制度はカースト制度というものじゃ。カースト制度に支配されて苦しんでいた下層階級は、ブッダの教えに興味を持ち、信者になっていった」

 

「今ブッダが説いている教えを、わかりやすく説明するわ」

エミリがヒロたちに語りかける。

 

「諸行無常、つまり、諸現象は無常で変化して止まない、ということ」

「一切皆苦、これは、そのために苦をもたらす、という意味」

「諸法無我、すなわち、諸現象はすべて無常・無我であり、それを認めないと苦が生じる、と理解する」

「涅槃寂静、この意味は、苦悩を引き起こす欲望つまり執着心を鎮めれば寂静になる、ということ」

 

「理屈としては、簡単な教えですね。バラモン教に苦しめられていた人たちの救いになったんだろうな」

理屈の通ったことの好きなロンは、ブッダの教えが気に入った。

 

「俺には少しわかりにくい教えです。だって、強くなりたいという執着心を鎮めたら強くなれないじゃないですか」

ケンは、納得できないようだ。

 

エミリは、ほほ笑みながら説明する。

「ブッダが亡くなる前に説く教えは、自帰依自灯明・法帰依法灯明、という教えなのよ。それは、自分が真理と一つになり、その自己をよりどころとし灯明として生きなさい、という意味よ」

 

マリが明るい笑顔になった。

「真理と一つになれるかわからないけど、自分が灯明になれば楽しく生きて行けそう」

 

「真理と一つになった自分って、諸行無常、一切皆苦、諸法無我、涅槃寂静を身につけた自分ということだから、難しいよ」

ミウがマリとケンの顔を見る。

 

「バラモン教や他の宗教は絶対的な神が存在すると教えるけど、ブッダは自己が真理と一つになるように生きなさいって教えたのよ」

 

エミリが話をまとめると、ヒロが忍者学校で習った知識を披露した。

「中国の孔子が言ったことだけど、学びて思わざれば即ち罔し、思いて学ばざれば即ち殆うしって、真理と一つになる極意かもしれないね」

 

ヒロの話に満足したような声で、校長が言った。

「さて、ブッダの教えに導かれて精神的に強くなったヒロたちは、エミリと一緒に現代の奈良に帰って行くのじゃ」

 

<3章  第196話に続く>

 

(C)Copyright 2020, 鶴野 正

 

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