宇宙の忍者 ヒロ     1章 7節

 

 

<第79話    2013.11.13>

 

7節 神の名前はゴータマ

 

タリュウに乗って影宇宙に戻ったヒロが、みんなに話しかけた。

「さっき天から聞こえた声は誰の声だったんだろう。ヒスイの玉は私が受け継いでいるって言ったような気がする・・・」

*** それはゴータマさんの声だよ・・・

自信たっぷりにタリュウが答えると、ジリュウが付け加える。

*** おいら達の母さんは、ゴータマさんと親しいから間違いないよ・・・

 

影宇宙の中は暗いのか明るいのか分からない。時折大きな月が目の前を通り過ぎるのが見えるから、地球の近くの宇宙空間に浮かんでいると思えばいいのか。ジリュウに乗ったミウが、横にいるサブリュウに声を掛ける。

「そのゴータマさんって、誰のことなの?」

*** もちろん、おいら達の友達のゴータマさんだよ・・・

サブリュウが得意顔で答えると、ケンが笑いながらシリュウに聞いた。

「ハハハ、それは分かったけど、そのゴータマさんは、この街の指導者なのかい?」

*** なんだ、そんなことが知りたかったのか。ゴータマさんはものすごく賢いから、多分そうだと思うよ・・・

 

時間を移動するために地表から遠ざかっていたが、ゴータマを見つけたのかタリュウが地表に近づいていく。

*** ゴータマさんが見えてきただろう、ヒロ。ほら、あそこだよ・・・

「丘の上で手を上げてみんなに何か指図している、あの男の人かい?」

ヒロが後ろを振り向くと、ジリュウがサブリュウに何か言っている。

*** いきなり天から大勢の前に出たら大騒ぎになるから、ゴータマさんだけ建物の中に来てもらおう・・・

 

ケンがゴータマを見ていると、上を見たゴータマが何も言わず一人で近くの建物の中に入っていく。すぐに四匹の竜は同じ建物の天井から顔を出した。

*** ゴータマさん、タリュウだよ!ハヌマーンさんの友達を連れてきたから、ヒスイの玉を見せてやってね・・・

ジリュウ、サブリュウ、シリュウもゴータマに挨拶をしている。

 

上を見ているゴータマの周りに、ヒロ達四人とサスケ達三匹が現れた。

「お前達にはいつも驚かされるなあ、千年も前のハヌマーン神の時代の人達とは・・・」

背の高いゴータマがみんなの顔を見ると、スガワラ先生が身振りを交えて話し始めた。 

 

<第80話へ続く>

  

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<第80話    2013.11.20>

 

 

 

「・・・という訳で、サーヤという女の子の行方を捜しているのです」

「夕べ夢の中で誰かがヒスイの玉を捜していたので、ヒスイの玉は私が受け継いでいると言ったのだが、あなた方が捜していたのか。サーヤという女の子なら、母親と一緒に半年前に私の家に来て、数日後にどこかへ旅立って行ったよ」

ゴータマが淡々と説明すると、ヒロ、ミウ、ケンは飛び上がって喜んだ。サスケ、カゲマル、コタロウも飛び跳ねている。

 

「その母娘は誰に連れられて、どこに行ったのですか?」

スガワラ先生がゴータマを見上げて質問すると、背の高いゴータマが先生の肩に手を置いて静かに答えた。

「母娘をここへ連れてきて、どこかに連れて行ったのは、あの四匹の竜の親だが、残念ながらどこへ連れて行ったのか私は知らない。四匹の竜の親に聞けば、行き先が分かると思うが・・・」

「サーヤの行き先を早く四匹の竜の親に聞きたいけど、その前にヒスイの玉を見せてくれませんか?」

ヒロの頼みに優しい笑顔で答えると、ゴータマはヒスイの玉のある自宅に向かって先頭に立って歩き出した。

 

「今はハヌマーンの時代から一千年後だから、現代から七千年前の時代ということだよな」

ケンが大きな声で話し出したので、ミウがケンに静かに話すよう合図をした後、ゴータマに質問した。

「街の人達が笑顔で挨拶してくれますが、私たちを警戒しないんですか?」

「私は街のみんなを信頼している。だからみんなも私を信頼し、私と一緒にいる人達を信頼するのだよ。これは、四千年も前のブラフマー神の時代から変わらず続いている。ただ、ブラフマー神が造ったカンベイ湾に近かった街は、ハヌマーン神の時代に海に飲み込まれてしまった。ハヌマーン神は、海に沈んだ街の人々を連れて海から遠く離れた土地を求めて移動したのだ」

微笑みながら話し始めたゴータマの顔を見上げて、ヒロが小さな声で問いかける。

「ハヌマーン神の時代にこの土地に移住したんですか?」

 

「いやいや、そんなに簡単ではなかった。ハヌマーン神やその子孫は、移住した土地で氷河から溶け出した洪水に何度も襲われたらしい。そうして千年もの間、安全な土地を求めて移動を続け、ようやくこの土地に移ってきたのだ。しかし、移住を繰り返している間に、ブラフマー神が造った街や建物の造り方の記憶が失われてしまい、みんなは粗末な家を建てて暮らしていたのだ」

 

<第81話へ続く>

  

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<第81話    2013.11.27>

 

相変わらず優しい声でゴータマが説明すると、今度はケンが小さな声で続きを催促する。

「じゃあゴータマさんは、どうしてこんなに立派な街と建物を造れるようになったんですか?ブラフマーさんが造った街や建物に良く似ていますよ」

 

「そうであれば大変うれしい。ブラフマー神は、オリンポスの国のデウス神から教えてもらったそうだが、私は慈愛の国の神様から教えてもらっている。その神様は姿を見せないが、夢の中で建物や街の造り方を分かりやすく見せてくれる。それだけじゃなくて、街の人々が幸せに暮らせるように、善悪の区別、善への導き方、悪の防ぎ方、生まれる前と死んだ後の世界なども、私が理解するまで見せてくれる」

ゴータマはケンに答えた後、天を見上げて手を合わせた。感謝の気持ちを表しているようだ。

 

「ここがゴータマさんの家ですか?」

ゴータマが入っていく家を見て、思わずヒロが声を上げると、スガワラ先生が続いた。

「こりゃあ驚いた。ブラフマーの家にそっくりだ!オリンポスの国と慈愛の国は何か関係があるのですか?」

「ブラフマー神の街や建物を知らないから、私には分からない。しかし、そんなに似ているのなら、オリンポスのデウス神が慈愛の国の神様から教えてもらったのか、あるいはその逆かもしれない」

 

ゴータマに続いてみんなが家の中に入ると、妻のアムリタが奥から出てきた。

「みなさん、ようこそ。うちの子供たちと同じくらいかしら。三匹の可愛いお友達も、ゆっくりして行きなさい」

スガワラ先生がみんなを紹介していると、奥からカルキとリグが出てきた。ゴータマの長男と長女だ。

 

「君達、三人兄弟?でも、それぞれ違う顔をしているな」

大きな目と高い鼻を持つカルキがよく通る声で聞くと、すぐにケンが首を横に振った。

「兄弟じゃないよ。同じ中学校の同級生だよ」

 

「中学校って何なの?同級生も分からないわ」

広い額ときれいな目をしたリグが、困ったような顔をすると、ゴータマが笑顔で話し出した。

「ハハハ、分からなくてもいいんだよ。この人達は、千年も前のハヌマーン神の時代からやってきたのだから。いや、もしかしたら、四千年も前のブラフマー神の家にも行ったことがあるのかもしれないよ」

「まあ、なんて不思議な人達なんでしょう。さあ、奥に入ってくださいな」

アムリタ、カルキ、リグは驚いているが、みんなを歓迎している。    

 

<第82話へ続く>

  

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<第82話    2013.12.5>

 

「これがヒスイの玉だよ」

ゴータマがヒスイの玉をヒロに渡すと、サスケが鼻を近づけて匂いをかいだ。みんながサスケに注目していると、サスケはリグの前に座って顔を見上げた。

「サーヤの匂いが強く残っているようだ。しかし、サスケはリグに遊んでほしいらしい」

ヒロがサスケの代わりに説明すると、ケンとミウが顔を見合わせる。

「ここで遊んでいるより、早くサーヤを捜さなくちゃあ」

「二人の心配は分かるけど、一日くらいは我が家で休んでいきなさい」

ゴータマがミウとケンに優しく話しかけ、妻のアムリタとスガワラ先生を伴って食堂に入った。

 

子供達は居間に移って、動物達と遊びながら話をする。

「サーヤと母さんが半年前にここに来た時、サーヤは何歳くらいだったの?」

ヒロがサスケをなでながら聞くと、カルキがコタロウとじゃれあいながら答える。

「五歳か六歳くらいだったなあ。リグは妹ができたみたいに喜んで、よく遊んだよ」

「サーヤは、お父様が大切にしているヒスイの玉を気に入って何度も触っていたわ」

リグはカゲマルの尻尾をつかんだまま、サーヤを懐かしがった。

「半年前に来たサーヤが五歳か六歳なのに、僕達は十三歳になっている。ということは、サーヤは僕と別れた時の年齢で影宇宙を通って、この時代の半年前に現れたということだ」

ヒロは不思議な現象を受け入れ難い気持ちで、ミウとケンの顔を見た。

 

一方、食堂に入っていったゴータマは、スガワラ先生に小声で話し始める。

「ようやく必要な建物や道路が完成して、この街が大きく発展し始めたのに、最近気になる噂が流れているのだ」

「それは、アンコクという神様を信じる北の方の人々がこの街を攻撃しようとしているという噂ですね?」

アムリタが噂の内容を話すと、スガワラ先生は目を大きく見開いたまま声を絞り出した。

「うーん、アンコク・・・ 手ごわそうな名前ですなあ。早いうちに叩き潰しておかないと、将来大変なことになりますよ」

 

「えっ、どうして将来のことがわかるのか?この街の人々は戦いを好まないから、どうすれば良いか、知恵を貸してもらえないだろうか?」

ゴータマが手を合わせると、アムリタもスガワラ先生の目を見て手を合わせた。

「この街全体が慈愛の国になっているから、人々は戦いを好まないのですな?しかし、外敵に攻撃されたら防御して撃退しなければならない。幸い、私も子供達も防御と戦いの術を身につけているので、この街の人々に教えることができます」

美しいアムリタの頼みを断れないスガワラ先生は、すぐに了解してしまった。    

 

<第83話へ続く>

  

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<第83話    2013.12.11>

 

早速スガワラ先生は、子供達が遊んでいる居間に入っていった。

「おーい、ヒロ、ミウ、ケン、この街の人々に忍術を教えることになったぞ。明日から始めるとして、今日はカルキとリグに教えよう」

「急に言われても何のことか、さっぱり分かりませんよ」

状況を把握できない子供達を代表するように、ケンが口をとがらせた。スガワラ先生がアンコクの脅威を説明すると、カルキとヒロ達は納得したが、リグは怖がっている。

「心配しないで、リグ。わたしが自分を守る術と敵を撃退する術を教えるから」

ミウがカゲマルを抱き上げながら笑顔を見せると、リグはほっとした表情に変わった。

 

「じゃあ、僕がブラフマーさんに教わった方法で、つむじ風、千里眼、ケガが治る体をカルキに教えるよ」

ヒロが高度な忍術を先に教えようとするので、ケンが反対する。

「そんな難しい術の前に、体力と筋力を強くして、武術を修得するべきだよ。俺の得意な地竜という術も教えるよ」

「では、私もゴータマさんとアムリタさんに防御術と撃退術を伝授しましょう」

居間の入口にいるゴータマとアムリタに向かって、スガワラ先生が声を掛けた。

 

数日のうちにゴータマの家族をはじめ、この街の全員に防御術と撃退術が伝授された。

「北の街はアンコクを信じる独裁者に支配されているそうだ。アンコクに教えられて軍隊を作り、この街を攻撃する準備を進めているらしいから、こちらも自衛団を組織しよう」

スガワラ先生は、北の街の独裁者との対決に備えて、この街の青年達を自衛団の兵士にする必要があることをゴータマに訴えた。

 

「北の街は貧しくて、住民達は苦労している。この街を支配すれば豊かになると言って、独裁者が軍隊を作ったのだ。独裁者と話し合って、この街の富を少し分けてやってはどうか?」

慈愛の神を信じるゴータマの言葉に、ヒロとミウは賛同したが、ケンが反論した。

「そんなことをしたら、あっという間にこの街を支配されて全ての富を奪われてしまいますよ」

「必ずしもそうなるとは言えないが、自衛団を組織してから独裁者と話し合った方が安全ですよ」

スガワラ先生の提案にゴータマも賛同したので、自衛団が組織されることになった。

 

二千人ほどの兵士からなる自衛団が最初の訓練を始めた時に、北の街の軍隊が攻めてきた。独裁者は、この街に強力な自衛団が組織されたことを知らなかったので、五百人ほどの貧弱な軍隊を従えて近づいてきた。

「敵がこの街の城壁に近づく前に、こちらの自衛団の人数を見せて撃退しましょう」

ケンの進言に従って、ゴータマが自衛団の全員に城壁の上から敵に姿を見せるよう指図した。    

 

<第84話へ続く>

  

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<第84話    2013.12.18>

 

 

 

「自衛団の兵士はまだしっかりした防具を身につけていないから、敵の弓矢や投石に注意するよう指図してください」

ゴータマがヒロの進言どおりに指図をした途端、敵からパラパラと弓矢が飛んできた。敵からの投石もあったが、自衛団の兵士に被害はなかった。

独裁者が困惑していると判断したゴータマが城壁の上に立って大声で独裁者に話しかける。

「自分達が貧しいからといって、この街の富を奪うことは許されないことだ!そちらが望むなら、我々が支援してそちらが豊になれるよう、共に働こうではないか!」

 

しかし、独裁者は横を向いてゴータマの提案を拒否した。そして、五百人ほどの軍隊を指図して北の街に引き返して行く。それを見たケンが、すぐに自衛団が敵の軍隊を攻撃するようゴータマに進言した。

「敵を攻撃すると、今後仲良くすることが出来なくなる。独裁者の気が変わるのを待って、もう一度話し合いたい」

慈愛の神を信じるゴータマは、独裁者の頭を支配しているアンコクの恐ろしさを想像できなかった。

 

しばらくして、北の街の軍隊が五百人の騎馬軍団になったという噂が聞こえてきた。続いて、東の街にも西の街にも独裁者が出現し、それぞれ五百人の騎馬軍団を作っているという噂も届いた。

「北、東、西の騎馬軍団を合わせると千五百人になる。三つの街の独裁者は皆アンコクを信じているから、協力してこの街を攻撃するだろう。それを撃退するためには、この街の自衛団を二千人の騎馬軍団にしなくちゃあ」

ケンは馬に乗って戦うことも得意だから、二千人の兵士を早く訓練したいと思っている。

 

「ケンが二千人の兵士を直接訓練するより、先にカルキを訓練した方がいいんじゃないか?突然この街に現れたケンより、尊敬されているゴータマさんの家族の方が兵士達は信用するはずだよ」

ヒロの言うことは尤もなので、ケンはすぐにカルキを訓練することにした。ブラフマーに教えてもらった方法で訓練したので、カルキはアッという間にケンと同じくらい上手に馬に乗って戦えるようになった。

「私が大切にしている白馬をカルキにあげよう。カルキはまだ十五歳だが、立派な白馬に乗っていれば二千人の騎馬軍団の指導者らしく見えるだろう」

カルキの上達ぶりを見ていたゴータマが、満足そうに笑った。

 

<第85話へ続く>

  

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<第85話    2013.12.26>

 

 北の街の独裁者が信じるアンコクとは何者だろう?北の街があまりに貧しいので、命がけでこの街に逃げてきた者がいる。

「北の街から逃げてきた者が言うには、アンコクという神が独裁者の夢に現れて、街や建物の造り方を教えるそうだ。それだけでなく軍隊の作り方や独裁の方法まで教えてくれるらしい」

ゴータマがあきれたような表情でスガワラ先生に説明した。先生はヒロ達と一緒に、カルキが二千人の兵士を訓練している様子を見ている。

 

「そうであれば、アンコクという神はデウスや慈愛の神と同じように何かを教えてくれる神ということですな。しかし、慈愛の神と違って、アンコクは独裁や戦いを好むので、その街の住民は幸せになれないでしょう」

スガワラ先生の言葉を受けて、ゴータマが何か云おうとした時、一人の兵士が大声を上げた。

「大変だー!北の方から騎馬軍団が近づいて来るぞー!」

兵士達がザワザワし始めると、別の兵士が叫んだ。

「東からも西からも騎馬軍団が攻めて来るぞー!」

 

「落ち着けー。訓練はもう終わった。ここにいるみんなは、既に立派な騎馬軍団の兵士だ。六百騎ごとに分かれて、それぞれ北、東、西の敵を撃退せよ!残る二百騎は街の中心を守れ!」

白馬にまたがったカルキが号令をかけると、全ての騎馬兵が整然とそれぞれの方向に進んで行った。この街は外敵の攻撃に対抗できる戦略的な城壁を持っていない。六百騎ごとに分かれた騎馬兵は城門を出て、それぞれ北、東、西の敵を威圧するようにゆっくりと前進する。

 

「我々の方が強くて数が多いぞー!叩きのめされる前に逃げ帰った方が身のためだぞー!」

カルキ軍の北のリーダーが大声を上げ、ケンから伝授された「地竜」を敵軍に向けて放つと、敵軍の馬が驚いて多数の兵士が馬から落ちた。そこへケンが馬に乗って現れ、北の敵軍へ向けて何発も「地竜」を放つ。敵軍のほとんどの兵士が馬から落ちて総崩れになり、北に向かって敗走し始めた。

 

東の敵軍も西の敵軍も、北の敵軍と同じように攻めてきた。

「我々は恐ろしい武器を持っているぞー!死にたくなければ、ここを立ち去れ!」

カルキ軍の東のリーダーと西のリーダーが、ケンから伝授された「地竜」を敵軍に向けて放つと、敵軍の多数の兵士が馬から落ちた。

「兵士達に大声で威嚇するように指示してください。僕が飛んでいって敵軍を脅かしますから」

ヒロがつむじ風になって東と西のリーダーに伝えると、カルキ軍の東と西から地響きのような大声が沸きあがる。その大声に乗って、ヒロが敵軍の兵士達の頭をかすめて飛ぶと、ほとんどの兵士が腰を抜かして座り込んでしまった。

「お前達の独裁者はみんなを苦しめる愚か者だ。街に戻ったら牢屋に閉じ込めてしまえ!」

ヒロがつむじ風になって飛び回りながら、北、東、西の兵士達に幻術をかけると、兵士達はフラフラと立ち上がって、それぞれの街に向かって歩き出した。

 

<第86話へ続く>

  

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<第86話    2013.12.31>

 

 「カルキ軍が敵軍を撃退したから、もう安心だよ」

街の中心で騎馬兵に守られていたリグに向かってミウが微笑んだ。

「カルキ兄さんの軍隊は、本当に強いんだね」

リグがほっとした表情で答えると、アムリタがミウに手を合わせて感謝の気持ちを表した。

「あなた方が防御術と撃退術を伝授してくださったから、この街とみんなを守ることができました。ほんとうにありがとう」

「しかし、まだ安心はできませんよ。逃げ帰った独裁者達が、さらに強い軍隊を組織して攻めてくるかもしれません」

カルキ軍の戦いぶりを見ていたスガワラ先生が、小さい声でアムリタに言った。

 

「まだ安心できないから、あなた方にしばらく留まって頂き、私たちに必要な忍術や武器を教えてほしい。そのお礼に、あなた方の望むものを差し上げよう」

ゴータマが先生とミウに向かって頼んでいるところに、ヒロとケンが帰ってきた。

「敵軍の兵士達に幻術をかけたから、独裁者達は牢獄に閉じ込められるでしょう。しかし、またアンコクが別の者達を唆して独裁者にしてしまうかもしれません」

敗走する敵軍を見つめながら、ヒロが説明すると、ケンが自分の考えを主張する。

「ゴータマさんが禁止するから敵軍を殲滅できないけど、本当は敵の息の根を止めてしまわないと安心できないよ」

「ケンの言うことは尤もだが、この街は慈愛の国だ。しばらくこの街に留まって我々に足りないものを教えて頂くことにしよう」

スガワラ先生はこの街が気に入ってしまったらしい。ミウやヒロだけでなく、ケンも同じ気持ちになっていた。

 

その夜はゴータマの家の隣にある大きな建物で、アンコクの独裁者軍を撃退した祝勝会が催された。

「今日はアンコクの騎馬軍団が攻めてきて、恐ろしいと思った人が多かっただろう。しかし、我々の勇敢な騎馬軍団がみごとに撃退してくれた。騎馬軍団の指導者、リーダー達、そして全ての兵士達は、短期間の訓練で最高の軍団を作ってくれた。我々とこの街を守ってくれて、ありがとう」

ゴータマは、祝勝会に集まった三千人の参加者を見渡して、二千人の騎馬軍団の兵士達に向かって大声で感謝の言葉を伝えた。

 

「さらに、この感謝の言葉を、我々の騎馬軍団だけでなく、この人達にも捧げたい。もうみんなも知っているスガワラ、ヒロ、ミウ、ケン、そしてサスケ、カゲマル、コタロウだ。この人達の特別な能力によって、カルキをはじめ騎馬軍団の全員が短期間のうちに高度な防御術と撃退術を修得できた。この街が危機に陥る前に、この人達が現れたのは、慈愛の神のご配慮に違いない。この人達と慈愛の神に、みんなで感謝の気持ちを伝えよう!」

ゴータマがスガワラ達に向かって合掌し、次に天に向かって合掌すると、参加者全員が後に続いた。 

 

<第87話へ続く>

  

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<第87話    2014.1.7>

 

 祝勝会に集まったのは、参加者三千人と騎馬軍団の兵士二千人だけではなかった。大きな建物に入れたのが五千人で、入れなかった大勢の住民は建物の外で兵士達やスガワラ先生達が出てくるのを待っていた。

「おっ、カルキが出てきたぞ。まだ若いが、騎馬軍団の指導者だ!」

「騎馬軍団の兵士達が続々と出てきたぞ。この街を救ってくれて、ありがとう!」

建物の外で待っていた人々が、口々に叫ぶ。スガワラ先生達が出てくると、さらに人々の声が多くなる。

 

「ヒロが、つむじ風の術で敵軍を撃退したんだ!」

「ケンの地竜の術で、敵軍の兵士がみんな馬から落ちたんだ!」

「ミウは、リグに防御術と撃退術を教えてくれたんだ」

「スガワラも、ゴータマとアムリタに教えてくれたそうだ」

「お礼に我々の音楽を教えてあげようか?」

「そうだ、そうだ。我々の音楽には不思議な力がある」

「音楽を聞けば、争いごとが無くなる。仲良くなりたいと願うようになる」

「でも、アンコクの独裁者には効果がなかった」

この声が丁度スガワラ先生の耳に入った。

「アンコクの独裁者は特別だから、気にしなくていい。その音楽を私たちに教えてください」

 

翌日、ゴータマの家に音楽の得意な五人の古代人が集まった。

「アムリタとリグも音楽が得意だから、七人で皆さんに教えましょう」

ゴータマが笑顔でヒロ達に話しかけると、音楽が始まった。それは、現代の音楽よりゆったりとして、広々とした気持ちになる音楽だった。石に穴を開けたオカリナのような楽器、竹で作ったフルートのような楽器、木と弦を組み合わせたバイオリンのような楽器と琴のような楽器、木琴に良く似た楽器、動物の皮と木を組み合わせた大太鼓と小太鼓の七種類の楽器から不思議なリズムとメロディーが奏でられる。そよそよとした風の音、小鳥達のさえずり、川のせせらぎが聞こえ、鳥になって大空を舞いながら高い山々、きらきら光る湖を見ているような気持ちになる。誰もが空、大地、川、海、動物達、植物達と人間が同じ世界に暮らしていることを感じる。

 

「こんな気持ちになったのは初めてだよ。学校で習うクラシック音楽は苦手だけど、今日聞いた音楽はもっと古いのに俺の心に響いたよ」

感動したケンが目に涙を浮かべている。ミウはじっと目を閉じて音楽の余韻に浸っているようだ。ヒロは、この音楽の持つパワーに驚きながら、サスケ、カゲマル、コタロウが眠っている様子を優しく見ている。

「素晴らしい音楽だ。五人の皆さん、アムリタさん、そしてリグ、本当に素晴らしい!是非、我々にその音楽と楽器を教えてください」

手をたたき、両手を大きく広げて、スガワラ先生がみんなを見渡した。

 

<第88話へ続く>

  

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<第88話    2014.1.22>

 

 ブラフマーから伝授された方法で音楽を教えてもらったので、ヒロ達は数日のうちにこの街の楽器と音楽を修得することができた。

「皆さん、あっという間に上手になりましたね。次は私が長寿の薬の製法を教えましょう」

ゴータマの家の食堂で、アムリタがみんなに語りかけると、ミウが目を輝かせた。

「わたしはいろんな薬草をよく知っているけど、長寿の薬の製法は知りません。早く教えてもらいたいな」

 

「長寿の薬の次は、同じように大切なものを私が教えよう。それは、人々に信頼される術と人徳という形の無いものだが、人間社会の中で最も大切なものの一つだろう」

優しい声でゴータマが語りかけると、ヒロがすぐに反応した。

「それは厳しい修行をしないと身につかないものだと思っていました。ゴータマさんに教えてもらえるなんて夢のようです」

すると、もじゃもじゃ頭を右手でかきながらスガワラ先生が照れ笑いをした。

「私はこの子達の教師ですが、人に教えるような人徳は持ち合わせていない」

「俺もそう思いますよ」

すかさずケンが口をはさむと、みんなが笑った。

 

音楽を修得した時と同じように、ヒロ達は数日のうちに長寿の薬の製法、そして人々に信頼される術と人徳を修得した。

「大切なものをこんなにたくさん教えて頂いて、お礼の言葉もありません」

みんなを代表して、スガワラ先生がゴータマの家族に礼を述べると、ミウが気になっていたことを伝えた。

「ブラフマーさんの時代の知識や知恵がゴータマさんの時代に伝わっていないのは残念です。どうすればよいか慈愛の神に教えてもらってください」

「ミウの言うとおりだ。早速今夜、慈愛の神にお願いすることにしよう。ありがとう、ミウ」

ゴータマがミウに礼を言うと、カルキとリグが眩しそうにミウの顔を見た。その日はゴータマの家の食堂から、いつにも増して和やかな笑い声が聞こえていた。

 

翌朝、みんながゴータマの家の食堂に集まると、ゴータマが晴れやかな笑顔で話し始めた。

「おはよう、みんな。慈愛の神に教えて頂いたことは、こんなことだ。語り伝えたいことを文字や絵として粘土板や石板に書き残すのだ。その文字というものは、我々が話す言葉を形にしたものだ。慈愛の神の言葉と我々の言葉が違うので、我々の文字は我々が作り出さなくてはならない」

「それでは、リグと私が文字を作り出してみましょう。ミウも手伝ってくださいね」

これから作り出す文字のイメージが湧いているのか、アムリタが笑顔でリグとミウの顔を見た。

 

<第89話へ続く>

  

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<第89話    2014.1.29>

 

 数日後、文字が出来上がると、リグがゴータマの部屋に駆け込んできた。

「お父様、お父様、文字が出来たから、書き残したい大切なお話をしてください。お父様の大切なお話は、リグが書き残すわ」

「それは素晴らしい!ありがとう、リグ。しかし、お話をする前にアムリタとミウにも会って苦労をねぎらいたい」

ゴータマがリグを抱き上げているところへアムリタとミウが入ってきた。

 

「リグはまだ幼いから、大切なお話を書き残すのは無理よって言ったのですが、どうしてもリグが粘土板に書きたいんですって」

アムリタが笑顔でゴータマに伝えると、ミウもリグの熱意を支持する。

「リグが考えた文字は独創的で覚えやすい文字です。最初のお話を書き残すのは、リグしかいないと思います」

「最初のお話を上手に書けたら、その次のお話もリグが書くことにするわ」

ゴータマに抱き上げられたまま、体を動かしながらリグが言った。

 

その夜、みんながゴータマの家の食堂で夕食を食べていると、サスケがヒロの耳に口を近づけて何か囁いたように見えた。

「出来るだけ早くサーヤを捜しに行かなくてはならないので、明日の朝、竜の子供達を呼びたいと思います。ゴータマさん、ヒスイの玉に朝の光を当てたいので、ヒスイの玉を貸してください」

ヒロがゴータマと家族に向かって伝えると、リグが悲しそうな表情で訴えた。

「もう行っちゃうの?リグがいっぱい文字を書いてしまうまで、どこにも行かないで、ヒロ!」

 

「そうだよ、もっと忍術を教えてくれよ、ミウ、ケン」

カルキも名残惜しそうにミウとケンを見る。ミウは、リグがヒロを慕っているのが気になったが、ケンにとってはカルキがミウを思う気持ちが気になった。

「リグ、カルキ、この人達はサーヤを捜しに来たのだから、もうお別れしなくてはならないよ」

ゴータマが優しく諭すと、リグとカルキは寂しさを抑えてうなづいた。 

 

<第90話へ続く>

  

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<第90話    2014.2.12>

 

 

 

 

翌朝、朝日が昇る頃、ゴータマの家と大きな建物の間にヒロ達とゴータマの家族が集まった。ヒロがゴータマからヒスイの玉を預かり頭上にかざすと、太陽の光はヒスイの玉を美しく輝かせて天に向かって伸びて行く。すぐに天空のカーテンが開くように空の青色が明るくなり、四匹の竜が顔を出した。

*** 伝えなくちゃならないことがあるけど、影宇宙に戻ってから言うよ・・・

タリュウがヒロの心に直接話しかけた。

 

*** おいら達の母さんがどこに行ってるか分かったよ、ゴータマさん・・・

ジリュウはみんなの心に伝わるように話しかけた。

「じゃあ、この人達を早くお前達の母親のところに連れて行っておくれ」

ゴータマがみんなを見渡すと、リグがヒロの前に立って通せんぼをする。

「ヒロ、ヒロ、まだ行かないで、行かないで・・・」

「それは無理よ、リグ。ヒロは友達の命を助けに行かなくてはならないのよ」

アムリタに抱きかかえられて、リグはじっとしている。

 

「ゴータマさん、アムリタさん、カルキ、リグ、お世話になりました。ほんとにありがとう」

スガワラ先生が礼を言ってシリュウに乗ると、ヒロとサスケがタリュウに、ミウとカゲマルがジリュウに、ケンとコタロウがサブリュウに乗って上昇する。ゴータマとアムリタは、言葉にしなくても感謝の気持ちがみんなに伝わることを知っているかのように、空に向かって合掌している。カルキとリグは天空を見つめているが、涙が溢れて何も見えない。

 

影宇宙に戻ったヒロは、早速タリュウに話しかけた。

「伝えたいことって、何なんだい?」

*** この街の未来に大変なことが起きるから、みんなをそこに連れて行くようにって、母さんが言ったんだよ・・・

タリュウがみんなの心に伝えると、今度はシリュウが話しかけた。

*** 奈良の忍者学校の校長がスガワラを捜しているから、急いでスガワラだけ校長のところに連れて行けって、母さんが言ったんだ・・・

 

「エーッ、お前達の母さんに会って、サーヤのいるところに連れて行ってくれるんじゃないのかあ」

ヒロが落胆の声をあげると、ミウが不安な気持ちを口にする。

「スガワラ先生が奈良に戻っちゃうのに、私達子供だけでこの街の大変な時代に行けっていうの?」

*** 母さんの言うとおりにしていれば、すぐにサーヤのところに行けるよ・・・

ジリュウが自信ありげに言うと、サブリュウも落ち着いて語りかける。

*** 子供たちといっても、ブラフマーやゴータマからいろんな術を伝授されたから、みんなはすごく強くなったじゃないか・・・

四匹の竜は、未来に向かってどんどん下降していく。

 

<第91話へ続く>

  

(C)Copyright 2014, 鶴野 正

 

 

 

<第91話    2014.2.19>

 

 

 

 

*** アーッ、この街が燃えているー!大変だー!・・・

まだ遠くてよく見えないはずなのに、タリュウが大声を上げて地表に近づいていく。

*** ほんとにこの街が燃えているぞ!母さんの言った大変なことって、このことだろう・・・

ジリュウも急いで地表に近づいていくと、サブリュウも後に続いた。一方、シリュウは奈良の校長のところへ先生を連れて行かなくてはならない。

「校長よりこの街を救うことが大事だー!シリュウ、俺もこの街に連れて行けー!」

スガワラ先生がシリュウの耳をつかんで大声で訴えた。

 

*** 母さんがスガワラを奈良に連れて行けって言うから、勝手なことはできないよ・・・

シリュウは先生が落ちないように気をつけて、さらに未来に向かって下降していった。先生は何度も後ろを振り返り、ジタバタしながら遠く小さくなっていく。

「どうして奈良の校長先生は、スガワラ先生だけ呼んだのかなあ?私達だけでこの街を救えるか不安だよ」

ミウが不安な表情を見せると、ケンが無理に笑顔を作って答える。

「俺達はすごーく強くなったから、先生がいなくても大丈夫だよ、ミウ!」

 

街の建物が一つ一つ見えるところまで近づいた。日が落ちて空は暗くなったのに、街全体が赤く燃えている。ヒロ達は急いで影宇宙を出て、丘の上の神殿の裏に現れた。

「空から燃える玉がたくさん落ちてきて、家の屋根を燃やしているんだ」

ヒロが指差す空には、多数の小型熱気球が浮かんでいる。敵の陣地から風に乗って、この街の上空に飛んできたようだ。燃料が残り少なくなると、燃える玉が家々の上に落ちてきて屋根を燃やす仕掛けになっている。この街の庶民の家はレンガの壁と茅葺きの屋根で出来ているので、火がつくとたちまち屋根が燃えてしまう。

 

「城壁の外で戦っていた騎馬兵の一部が戻ってきたぞ。ゴータマの時代と変わっていないなあ・・・」

ケンが言うとおり、ゴータマ時代のカルキ軍と同じような制服と武具を身につけている。

「あれっ、敵の軍隊が城壁に近づいて、火のついた弓矢を打ち込んできたよ。ヒロ、ケン、敵を撃退しようよ!」

ミウが言ったとたんに、ヒロとケンが丘を駆け下りた。

 

<第92話へ続く>

  

(C)Copyright 2014, 鶴野 正

 

 

 

<第92話   2014.2.26>

 

 

 

 

ヒロ達が城壁の外に出ると、千人ほどの味方の騎馬兵が二千人ほどの敵の騎馬兵に攻められていた。その敵の騎馬兵の後ろに二千人ほどの弓矢兵がいて、火のついた弓矢を城壁の中に向けて放っている。さらにその後ろに、火薬を使って攻撃する武器を持った千人ほどの敵兵が続いている。

「この街の騎馬兵に何度も撃退されたから、アンコクが新しい攻撃法や武器を独裁者達に教えたんだろう。このままでは味方の騎馬兵が全滅して、この街が陥落してしまうぞ。行こう、ケン!」

ヒロがケンに合図をすると、ケンが敵兵目掛けて「地竜」を放った。メリメリッと地割れが走り、驚いた百頭ほどの敵馬が騎馬兵達を振り落として逃げ出した。

 

ヒロはつむじ風になって、城壁を取り囲んでいる敵兵達の頭上をかすめて飛び回った。驚いた敵の騎馬兵や弓矢兵達が浮き足立つと、指揮をとっている独裁者が大声を上げる。

「逃げるなー!敵にだまされるなー!前に進めー!」

態勢を立て直した五千人の敵兵に攻められると、味方の騎馬兵は城壁の前で倒れたり、城壁の内側に逃げ帰ったり、総崩れになった。

 

「俺に続けー!敵陣を突破して、独裁者を倒そう」

ケンが渾身の力を振り絞って最大級の「地竜」を放つ。続いてヒロが大きな竜巻になって、敵陣を突破しようとする。

「竜巻の中心に弓矢を打ち込めー!」

独裁者の号令とともに、無数の弓矢がヒロに向けて放たれた。

 

「そこの大柄な少年にも弓矢を放てー!」

さらに独裁者が号令すると、ケンにも弓矢が降り注いだ。

「あーっ、ヒロ、ケン・・・」

ミウが悲痛な叫び声をあげた。ヒロの竜巻の中心から、血のついた弓矢が次々と風に舞い上げられて敵兵の上に落ちてきた。一方、多くの弓矢が刺さってハリネズミのようになったケンは、うなり声を上げている。

 

「よーし、城内に攻め込めー!」

独裁者が号令をかけると、敵の騎馬兵達が城内になだれ込んだ。城内では庶民の家々が燃えて、大勢の住民が丘の上に向かって逃げている。丘の上の神殿には、この街の指導者、ヴィシュヌとその家族がいた。

「みんな、神殿の中に避難しなさい。子供やお年寄りは神殿の奥に入りなさい」

ヴィシュヌの指示に従って、住民達が整然と神殿の中に避難していると、丘の下から大声が聞こえてきた。

 

<第93話へ続く>

  

(C)Copyright 2014, 鶴野 正

 

 

 

<第93話   2014.3.5>

 

 

 

 

「騎馬兵は丘の上に攻め登れー!弓矢兵は神殿を攻撃しろ!」

独裁者が大声で命令している。その方向に向かって、ヴィシュヌが巨大なうちわを振り下ろすと、敵兵達と独裁者は強風にあおられて倒れてしまった。

「うわっ、ヴィシュヌめ!強風を使えなくしてやる!火のついた弓矢でどんどん家を燃やせー!」

起き上がりながら独裁者が弓矢兵達に号令すると、丘の麓の家々に火がついた。

「うちわを使うと火が街全体に広がってしまう。卑怯な独裁者め!私が独裁者を倒して、敵軍を撃退するぞー!」

ヴィシュヌは、丘の上に逃げ帰ってきた馬に飛び乗ると、独裁者に向かって丘を駆け下りた。

 

「一騎打ちとは望むところだ。どこからでもかかって来い!」

ヴィシュヌに向かって叫びながら、独裁者は部下の騎馬兵達に丘の上を攻撃するよう目で合図した。

独裁者の剣とヴィシュヌの剣がぶつかって、するどい音を立てる。二人の剣の腕前は拮抗していて、なかなか勝負がつかない。

 

「お父様は独裁者に勝てるかしら・・・」

ヴィシュヌの娘、リヤが神殿から出て、丘の麓で闘っているヴシュヌを見ようとした。その背後から敵の騎馬兵が近づいたが、その足音に気づいたリヤが逃げ出した。

「助けてー!こんな近くに敵がいるよー!」

リヤが叫ぶが、味方の騎馬兵は数の多い敵の騎馬兵に遮られて、リヤを助けることができない。リヤは丘の下に向かって必死に逃げる。しかし、石につまづいて前にジャンプするように転んでしまった。

「あーっ、ヒスイの玉がー・・・」

首に掛けて大事にしていたヒスイの玉が、前方の井戸の中に落ちて行った。

 

城壁の外で倒れているヒロとケンは、まだ動けない。

「この薬を飲んで、ヒロ!ケンも飲んで!」

ミウが二人に忍者の薬を飲ませた。しばらくすると、ヒロが目を開け、続いてケンが意識を回復した。

「ヒロ、大丈夫?今度のケガはひどかったね」

ミウがヒロの顔をのぞき込むと、ヒロがミウに微笑んで答えた。

「うん、今度は痛い目にあったけど、ミウの薬に助けられたよ」

「ケンはまだ目を開けないけど、気がついたんでしょ!」

ミウがケンの頬をたたくと、ケンが目を大きく開けた。

「イテテ、ヒロだけじゃなくて、俺にも優しくしてくれよ!」

 

リヤの声を聞いて丘の上に駆け上ったサスケは、リヤに襲いかかる敵兵の鼻に噛み付いた。

「うわっ・・・」

その敵兵は、顔から血を流して馬から落ちた。そこに味方の騎馬兵が駆けつける。

「リヤ様、大丈夫ですか?」

敵の騎馬兵と味方の騎馬兵の戦いが始まった。その隙にコタロウがリヤの手を引いて、神殿の中に連れ戻した。

 

<第94話へ続く>

  

(C)Copyright 2014, 鶴野 正

 

 

 

<第94話   2014.3.12>

 

 

 

 

一方、一騎打ちをしているヴィシュヌと独裁者の決着はまだつかない。

「うわっ、なんだ、こいつ!」

突然、カゲマルが独裁者の頭を跳び越えて、馬の目を思いっきり引っ掻いた。馬が驚いて大きくジャンプすると、独裁者は馬から落ちそうになった。

「隙ありー!」

ヴィシュヌが独裁者の頭を目がけて剣を振り下ろした。

「うわっ、危ない!」

独裁者が必死にヴィシュヌの剣を避けたが、独裁者の右腕は剣を握ったまま遠くに飛んで行った。

 

「ウググー」

唸り声をあげて、独裁者が馬から落ちた。すぐに敵の騎馬兵が大勢駆け寄ってきて、独裁者を馬に乗せた。

「しっかりして下さい。自陣に戻って早くケガの手当てをしましょう」

部下の言葉にうなずいて、独裁者は声を絞り出した。

「ひっ、引き上げるぞー!」

 

敵の騎馬兵が、独裁者を囲むようにして城外に出ていく。続いて弓矢兵達が城外に出た時、城外にいたヒロが弓矢兵達に幻術をかけた。すると弓矢兵達が、城外に出ていた火薬兵達に向かって火のついた弓矢を放つ。バーン、ドーン、轟音とともに火柱があちこちで上がった。この街を爆破しようとして多量の火薬を持っていた敵兵達は、火だるまになって倒れたり逃げ惑ったりした。

「侵略者ども、これでもくらえー!」

ケンが渾身の力を込めて強力な「地竜」を放つと、敵兵のすべてが総崩れになって敗走した。

 

「城内の人達は大丈夫かな?」

そう言って、ミウが城内に向かって走りだした。ヒロとケンも続いて城内に入った。

「あーっ、これは・・・」

目の前の光景に、ミウは言葉を失った。

「ああー、街の家や建物がみんな燃えている・・・」

城内の惨状を見たヒロは、大きなショックを受けている。

「とにかく、丘の上の神殿に行こう。この街の指導者がいるはずだ」

ケンがミウとヒロの背中を押して、歩き出そうとした。 

<第95話へ続く>

  

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<第95話   2014.3.24>

 

 

 

 

向こうから、黒いものが飛び跳ねながら駆け寄ってくる。

「あーっ、カゲマルだ!大丈夫だったの?」

ミウは、飛びついてきたカゲマルをぎゅっと抱きしめた。

「あれっ、誰か馬に乗ってこっちに来るぞ」

カゲマルの後を追ってきた騎馬兵に気づいたケンが、ミウを守ろうと前に出た。

 

「私はこの街の指導者、ヴィシュヌだ。さっきは、その猫が敵の馬に飛びかかってくれたから、敵を討つことができた。その猫は、誰の猫なのか?」

馬に乗ったままカゲマルとミウを見ながら、ヴィシュヌが言った。ヴィシュヌは絵に描いたような美青年だ。

 

ミウが、まぶしそうにヴィシュヌを見上げて答える。

「この猫はカゲマルといって、わたしの猫です。わたしの名前は、ミウといいます」

「そうか、カゲマルというのか。ありがとう、カゲマル、そしてミウ」

ヴィシュヌが両手を合わせて礼を言うと、ヒロが駆け出しながら言った。

「僕は、ヒロっていいます。僕達は、ゴータマ神の時代から来ました。でもそんなことより、今すぐこの火事を消さなくちゃあ!」

ヒロがつむじ風になって街の上を飛びながら、雨を降らせ始めた。

 

「あれっ、いつの間にヒロは雨を降らせる術を修得したんだ?おーい、ヒロ、俺が手伝ってもっと大雨を降らせるぞー!」

ケンも駆け出してつむじ風になった。

「あの大柄な少年は誰なのか?二人とも不思議な力を持っているなあ」

ヴィシュヌの問いに、カゲマルを抱いたままミウが答えた。

「あの少年はケンです。わたし達はゴータマ神からいろいろな力を授かりました」

 

「あれっ、どうすれば雨が降るんだ?ヒロ、どんな呪文をとなえているんだい?」

ケンは飛んでいるだけで、雨の降らせ方が分からない。ヒロが笑いながら答えた。

「神主だったじいちゃんが、雨乞いの祈祷をしていた時の言葉を思い出したんだよ。この街の火事を消さなきゃって思ったら、じいちゃんの声が聞こえてきたんだ」

ヒロとケンが戻ってくると、ミウがケンを指差して声をかける。

「ケンはあわてものね。火が消えたから、サスケとコタロウを捜しに行こうよ」

 

<第96話へ続く>

  

(C)Copyright 2014, 鶴野 正

 

 

 

<第96話   2014.4.1>

 

 「私の娘のリヤが丘の上の神殿で待っているはずだが、ケガをしていないか心配だ」

ヴィシュヌが丘の上を目指して馬を走らせた。

「ヴィシュヌさんの奥さんも神殿の中にいるんですか?」

ヒロがヴィシュヌの後を飛びながら声を掛ける。

「いや、妻は五年前に亡くなった。リヤがまだ七歳の時だったよ」

ヴィシュヌは静かに答えた。

 

だが、ヒロにはヴィシュヌの妻が亡くなった時の様子が見えてきた。

「この街のお祭りの時に、独裁者の手下が奥さんにケガをさせたんですね?」

「そうだ。その傷口が悪化して死んでしまった・・・しかし、何も説明していないのに、なぜ分かったのだ?」

ヴィシュヌは驚いて、ヒロの顔を見つめた。すると、ケンが大きくうなづいて説明する。

「ヒロには千里眼という特殊能力があるんです。俺たちも千里眼を持っているけど、ヒロの千里眼はすごいんです」

 

ヴィシュヌが丘の上の神殿に近づくと、丘の上からリヤが駆け下りてきた。その後にサスケとコタロウが続いている。

「おーっ、リヤー!ケガはないかー?」

ヴィシュヌが馬から降りてリヤを抱きしめた。

「大丈夫よ、お父様!この犬と猿が助けてくれたのよ」

リヤが振り返ってサスケとコタロウを指差した。

「サスケ!よくやった!」

「コタロウ!えらいぞ!」

ヒロとケンが声をかけると、サスケとコタロウは嬉しそうに飛び跳ねた。

 

「ヴィシュヌ様!ありがとう!」

「ヴィシュヌ様は、この街の救世主だ!」

丘の上の神殿に避難していた人々が、口々にヴィシュヌを讃えた。

「お父様は、世界を救済する神様よ!ゴータマ神の子供のリグ様が書き残した記録にならって、わたしがヴィシュヌ神の偉大な記録を書き残します」

リヤが目を輝かせて宣言すると、大勢の人々が賛同する声をあげた。

 

<第97話へ続く>

  

(C)Copyright 2014, 鶴野 正

 

 

 

<第97話   2014.4.9>

 

 「ウワー、地震だー!気をつけろー」

誰かが叫ぶと、すぐに地面がぐらぐらと揺れ始め、古い壁や井戸が崩れ落ちた。

「みんな、建物や壁から離れろー!」

ヴィシュヌが大声で指示をする。人々は神殿の前の広場に避難した。

「おおー、揺れる揺れる。立っていられない」

「こわいよー!」

老人や子供は地面にしゃがみ込んで、地震の治まるのを待った。

頑丈な造りの神殿はゆっくり揺れたが、壊れることはなかった。

 

「あーっ、あの井戸の中に大切なヒスイの玉が落ちたのに・・・」

揺れが治まると、リヤが叫んだ。リヤは、囲いのレンガが崩れて、中が埋もれてしまった井戸を指差している。

「街の家の大半が燃えてしまったんだ。井戸は他にもあるから、みんなの家を建てなおすのが先だよ。その後で、この井戸を直してヒスイの玉を捜そう」

ヴィシュヌは、リヤに優しく語りかけた。

 

ヒロは神殿がゆっくり揺れるのを見ていた。

「ああー、大変だ。大変なことが起こるぞ」

あまりに凄まじい光景が見えたので、ヒロはミウとケンだけに聞こえるように囁いた。

「何が見えたの、ヒロ?」

ミウにも千里眼の能力があるが、ヒロほど強くないようだ。

「俺には何も大変なことは見えないぞ。どっちの方角に見えるんだ?」

ケンの千里眼でも見えないが、ヒロには見えていた。

 

「将来、この神殿が破壊されるんだ。すごい爆発が起きる様子が見えたんだよ」

ヒロが小さな声で囁いた。

「あっ、竜の母親が、この街の未来に大変なことが起きるって言ったのは、そのことじゃないの?」

ミウが空を見上げた途端、激しい雨が降ってきた。

 

「うわー、今度は大雨だー!」

大勢の人々が慌てて神殿の中に入って行く。激しい雨のため、あたりが暗くなった。

「早く影宇宙に戻って、この街の未来にいかなくちゃあ」

ヒロが呟いて空を見上げると、三匹の竜が現れた。すぐに、ヒロとサスケがタリュウに、ミウとカゲマルがジリュウに、ケンとコタロウがサブリュウに乗って影宇宙に戻った。その様子をヴィシュヌとリヤだけが見ていた。

 

<第98話へ続く>

  

(C)Copyright 2014, 鶴野 正

 

 

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