宇宙の忍者 ヒロ  1章 2節

 

<第8話>

 

 2節 忍者学校の厳しい訓練

 

次の日、ヒロとマリは、いつものように一緒に中学校に行った。

 

志能備集落の子供達は十二歳になると、皆この志能備中学校に通う。

 

志能備中学校の入り口は、集落の東側にある森に入らなければ見えないようになっている。

 

中学校の校舎や校庭は山の中にあって、周囲からは何も見えない。

木造の校舎と体育館の外見は古びているが、内部には新しい設備が備わっている。

 

「ケン、ミウ、おはよう!」

ヒロとマリが教室に入って、ケンとミウに元気よく声を掛けた。

 

「おはよう、マリ。宿題、やってきた?」

「ヒロ、おはよう!髪の毛、はねてるよ」

 

ケンとミウが、ほとんど同時に答えた。

二人は、ヒロやマリと幼馴染みで、小学校も中学校もずーっと同じだ。

 

ソラノ ケンは大柄で、ヒロの頭より上にケンの顔が見えるくらい背が高い。

小柄なヒロを肩車して、走ったりする怪力の持主だ。

 

クロイワ ミウは、大きな瞳と広い額が印象的な少女だ。

知恵があり、機転が利くので、天真爛漫なマリと気が合う。

 

「宿題って何? そんなのあったっけ・・・」

ヒロとマリが同時に聞き返した。

 

「ケンの冗談よ。二人は、いつも他人を疑わないんだから・・・」

そう言って、ミウが笑いながら、ヒロのはねた髪の毛を触ろうとしたら、シュッと手裏剣が、その手をかすめた。

 

「危ないことするのは、誰なの!」

ミウは振り向きざまに、手裏剣を投げた相手に飛びかかって、手をねじり上げた。

 

その相手は、クラス一の乱暴者のジョウだった。

ジョウは、ケンと同じくらい身体が大きいが、太っている。

 

「イテテッ・・・ごめん、ごめん、ミウ。もう、しないよ」

ミウより強いはずのジョウが、抵抗もせずに謝った。

 

—— ジョウは、ミウと友達になりたいのか・・・

ヒロは、二人の様子を見て、そう思った。

 

そこへ、先生が入ってきた。

「みんな、席に着いて!授業をはじめるぞ」

 

一時間目は、武術の授業だった。

—— 武術は、敵と対峙した時に使用する。忍者は、情報収集を主な任務とする。だから、敵を殺すよりは負傷させ、逃走するための武術を使用することが多い ——

 

「今日は、体術の訓練だ!二人一組になって練習するから、その組分けを発表するぞ」

 

ソラノ先生が、クラスの三十人を十五組に分けて名前を呼ぶと、ジョウががっかりして声を出してしまった。

「なんだ、男対男か・・・」

 

「当たり前でしょ!男と女じゃ体力が違うじゃない!」

すかさずミウが言うと、ジョウの顔が真っ赤になった。

 

—— 体術は、武術の中の一科目で、敵の様々な攻撃を避けるための転身や受身といった素早い体裁きが基本だ。それに加えて、柔術や拳法などを含めた総合的な格闘術を用いるのが体術だ。忍者は、こうした体術を身につけて、剣術や各種の武器術を訓練する ——

 

「みんな、忍者服に着替えて、校庭に集合しなさい!」

 

そう言って、ソラノ先生はみんなより先に校庭に出て行った。

ソラノ先生は、ケンの父親で、頑丈な体格をしている。

 

「キャーッ 何をするの!」

校庭に出たマリが、驚いて両手で捕まえようとしたが、ヨウは素早くマリの肩からジョウの肩へ飛び移り、さらに三人の生徒の肩をピョンピョン飛び移って逃げた。

ヨウは、すごく身軽な、体の細い少年だ。

 

「コラッ 何を勝手なことをしているんだ!ヨウ、今度したら手裏剣の標的にするぞ!」

ソラノ先生が、大声でヨウを叱った。

ヨウは小声でマリに謝って、ジョウの後に隠れたが、ジョウに頭を小突かれた。

 

ようやく、黒い忍者服を着た三十人の少年少女が、ザワザワしながら校庭に並んだ。

 

「じゃあ、先週の続きの訓練をするぞ!二人一組になって、攻撃と受身の練習をしなさい。

校庭だけでなく、山に入って木に登ってもいいぞ・・・ みんな二人一組になったな・・・ では、始めなさい」

 

ソラノ先生が合図をすると、すぐにジョウがジャンプして、ケンに足蹴りをしかけた。

 

「オッ」 

ケンは不意をつかれたが、さらに高くジャンプして、ジョウの頭を軽く蹴って着地した。

 

「ウッ・・・ クソッ」

ジョウは悔しがって、ケンに頭から突進した。

 

「ハッ」

ケンが身をかわしながら足を払ったので、ジョウはもんどりうって尻餅をついた。

「イッテテテーッ・・・」

 

「ジョウ、今度は俺が攻撃する番だ!行けー、地竜!」

そう言って、ケンが左手を天に向け、右手を地に向けて大きく回転させると、地面を竜が走るように砂煙がジョウに向かって行く。

 

「ウワワアー、やめてくれー!」

ジョウは、砂煙の勢いに遠くまではじき跳ばされた。

ヨロヨロと起き上がったジョウに向かって、ケンが拳を構えて真っすぐ突進した。

 

「オッ、エイッ」

ジョウは、きわどくその頭上にジャンプして、ケンの肩を蹴った。

 

「ハッ、エエーイッ」

ケンが素早くその片足をつかみ、ジョウを振り回して遠くまで放り投げると、ドーンと落ちて二度三度弾んだ。

 

「イッテテテーッ! ケン、お前は力が強すぎるぞーっ!」

顔面が擦り傷だらけになったジョウが、不満そうに叫んだ。

 

<第9話へ続く>

 

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<第9話>

 

 マリは、ミウと一緒に山の中に入っていた。

「ハッ 危ない!」

 

ミウの足蹴りをかわしたマリが、スルスルッと猿のような身軽さで、杉の大木を登っていった。

 

「待てーっ!」

ミウも同じくらいの素早さで、マリを追いかけて登って行く。

先に高い所まで登ったマリは、横に張り出した太い枝の先端に走った。

 

マリは、枝の先端で両手を広げて、森に向かってささやいた。

「木の葉よ、舞えー!」

 

サワサワと森の木々が揺れて、黄色や緑色の葉が木の枝から離れてマリの回りに舞い始めた。

 

「もっと!もっと!落ち葉も舞えー!」

すると、赤い落ち葉も地上から舞い上がってマリの姿が見えなくなった。

 

「そこにいるのは分かってるよー」

ミウが、横に張り出した太い枝の先端に向かった。

 

「エイッ」

マリは、サッと頭から飛び出して手を伸ばしたが、飛び移れる枝が目の前になかった。

 

「キャッ、枝がない!落ちてしまうよー」

マリが手足をバタバタさせながら落ちると、下の方に大きな枝があった。

 

「アッ、あれにつかまろう。ソレッ」

マリは必死でその枝につかまったが、一旦下に反った枝が勢いよく上に跳ね上がったので、マリは斜め上に放り出された。

 

「もう、いやーっ。どこに飛んでくのー?」

「マリ、わたしの手につかまって!」

 

長い縄を木の枝に掛けて、縄の先端を自分の足に巻き付けて振り子のように降りて来たミウが、手を伸ばした。

 

「何も確かめずに飛び出すから、こんなことになるんだよー、マリ!」

そう言いながら、マリを隣の木の枝に乗せて、ミウは縄をほどいて自分も同じ枝に乗った。

 

「あー助かった。ミウ、いつも助けてくれて、ありがとう」

うっかりして失敗した時、いつもミウに助けられているマリは、ミウの手を握った。

 

ヒロは、身軽なヨウと山の中で対峙していた。

高い木の上に登ったヨウを、ヒロが追いかけて攻撃した。

 

「ヒロ、ここまで、ついてこれるか?」

ヨウは攻撃をかわして、モモンガのようにスーッと滑空して、別の木の枝に逃げた。

 

「この滑空衣は、我が家に伝わる特別な服なんだぞ!」

ヨウは、手足を広げるとモモンガの飛膜のようになる忍者服を自慢した。

 

「ぼくもやってみよう・・・」

ヒロは、ヨウより速いスピードで滑空したり、木の枝につかまって宙返りしたりしながらヨウに追いついて、拳でヨウの胸を軽く突いた。

 

「今度は、ヨウが攻撃する番だよ」

そう言って、ヒロは木の枝から枝へ飛び移りながら、上に登っていった。

 

ヨウも同じようにして、ヒロの後を追って登っていった。

しかし、ヒロの姿を見失ってしまった。

 

「どこに隠れたんだ!出てこい、ヒロ!」

ヨウが叫んだ途端、幹の中から手が出て、ヨウの背中をくすぐった。

 

「ウワッやめてくれ!くすぐったいじゃないか!ヒロ」

そう言って、ヨウが振り向いてヒロの手をつかもうとした。

 

「そう簡単にはつかまらないよ!」

ヒロは木の幹の模様の布をモモンガの飛膜のように使って、地面まで滑空して降りた。

 

「山の鳥たち、集まれー!」

両手を上に広げたヒロが、空に向かってささやくと、瞬く間に百羽、千羽と小鳥達が集まって、ヒロの回りを飛び回った。

 

「これじゃあ、ヒロを攻撃できないや・・・」

後を追って滑空してきたヨウは、途中の枝につかまって下を見下ろした。

 

「お互い、上達したな、ヨウ。今日は、ここまでにしよう」

木の枝にぶら下がっているヨウに笑顔で話しかけながら、ヒロは山の奥に消えていった。

 

「俺が本気を出せば、お前なんかに負けないぞ!俺の方がお前より身軽なんだ!」

ヒロの後ろ姿を睨みつけて、悔しそうにヨウが叫んだ。

 

<第10話へ続く>

 

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<第10話>

 

山の奥に入ったヒロは、つむじ風になって山の頂上にある一番高い木のてっぺんに登った。

 

その木の枝に腰掛けると、奈良の街がよく見える。

奈良には、千三百年以上の歴史がある。

 

すぐ近くに、正倉院、東大寺大仏殿があり、少し先の左手に春日大社、右手に興福寺が見えている。

 

遠くを見ると、多くの神社や寺の向こうに、奈良盆地を囲む山々が霞んで見えている。

 

—— あの山のずうーっと、ずうーっと向こうに、父さんと母さん、そしてサーヤがいるはずだ・・・

 

ヒロは、この木に登って遠くを見ると、いつも涙があふれてくる。

 

そこへスルスルとマリが登ってきて、ヒロが腰掛けている枝に並んで腰掛けた。

「今日も、お母さんとお父さんのこと、想ってるの?」

 

「うん・・・ どうやって探せばいいんだろう・・・ もっと、いろんな忍術を使えるようになれば、手掛りがつかめるのかなあ・・・」

 

ヒロが沈んだ声で呟くと、マリはヒロの肩にそっと手を置いてささやいた。

「いつか、きっと会えるよ。だから、元気をだして頑張ろうよ、ヒロ」

 

「おーい、校庭に集合しなさーい!一時間目の訓練を終了するぞー」

校庭の方から、ソラノ先生の声がした。

 

すぐにヒロとマリは、枝から枝へ飛び移りながら山を下りた。

 

同じように、忍者服を着た三十人の少年少女が、山の中から走ったり飛んだりしながら出てきた。

 

「ヒロとマリは、ほんとに仲がいいなあ。どこに行ってたんだい?」

ソラノ先生の前に整列しながら、ケンがヒロの顔をのぞき込んで訊いた。

 

「山のてっぺんから、奈良の街と周りの山を見ていたんだ」

ヒロが答えると、ミウが小さな声で訊いた。

 

「お母さんとお父さんは、どこにいるんだろうって、探していたんじゃないの?」

ヒロは黙ってうなづいた。

 

次の授業は、薬学だった。

—— 薬学は、毒薬、治療薬、火薬を製造するための知識と技術だ。昔の忍者は、情報収集をするために、薬売りとして各地を回っていたので薬学は重要だった。——

 

「今日は、校庭の端にある薬草園で、薬草と毒草を学びます。その後、山に入って野生の薬草と毒草を見分ける勉強をします」

 

クロイワ先生が、落ち着いた声で説明した。

クロイワ先生は、ミウの母親で、理知的な眼差しをしている。

 

「主な薬草には、アオキ、アオギリ、アカメガシワ、アミガサユリ、アケビ、イチョウ、イヌザンショウ、ウツボグサ、ウラジロガシ、エンジュ、カノコソウ、カキオドシ、キキョウ、キハダ、クチナシ、ケシ、コウホネ、スミレ、センブリ、ドクダミ、リンドウがあります。でも、実物を見ないと分からないから、外に出て薬草園に行きましょう」

 

クロイワ先生を先頭に、三十人の少年少女が校庭の端にある薬草園に向かった。

 

先生はゆっくり歩いているように見えるのに、生徒達が追いつけないほど速い。

忍者としての厳しい修行によって、速く歩く方法を身につけているのだ。

 

「さっきの武術の訓練で、膝を擦り剥いちゃったから、傷に効く薬草を教えてくださーい!」

クロイワ先生の後から、背の高いナオミが大きな声で質問した。

 

「そうね。誰か、傷に効く薬草を知っている人?」

薬草園に着いて、みんなを見渡しながら、先生が訊いた。

 

「はーい!知ってます。アオギリは、切り傷や火傷によく効きます。これがアオギリです」

高さ10メートルくらいの落葉木を指差しながら、ミウが説明を始めた。

 

「アオギリは、切り傷や火傷だけじゃなくて、口内炎や咳、そして高血圧にも効きます。初夏に樹皮を採り、夏に葉を採って陰干しにします。秋には種子を採って天日干しして炒ります。切り傷の止血には、葉を粉末にしたものを患部に塗ります。やけどには、樹皮を黒焼きにしたものを患部につけます。口内炎には、種子を粉末にして内服します。咳には、種子の粉末を白湯で内服します。高血圧症には、葉を煎じて服用します」

 

「すっごい!よく知ってるね、ミウ。だけど、今すぐ傷に付けてもダメなんだね?」

ナオミはミウの知識に驚きながら、がっかりした顔をした。

 

<第11話へ続く>

 

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<第11話>

 

「何事もしっかり勉強して、備えておくことが大切ですよ。では、次は毒草について説明します。命に関わることだから、聞き逃さないように、よーく聞きなさい!主な毒草は、アセビ、スズラン、トリカブト、ドクウツギ、ドクゼリ、ハシリドコロです」

 

先生の説明を聞いて、マリは『ハシリドコロ』という名前から、忍者が走り回るところを想像していた。

 

「間違わないように一つずつ実物を見て、しっかり憶えましょう。じゃあ、マリ、この木は何?」

 

多くの小枝にいっぱい葉をつけた低い木を指差しながら、クロイワ先生がマリに訊いた。

 

「ハシリドコロですか?おもしろい名前ですね・・・」

マリは、頭の中で走り回っている忍者のイメージに気を取られて、うっかり答えてしまった。

 

「違いますよ、マリ。この低い木は、アセビです。この木は、葉を煮出して農作物の殺虫剤として使うのよ。それを間違って飲んだりすると、腹痛・嘔吐・下痢・神経マヒ・呼吸困難・けいれんを引き起こします。大事なことだから、みんなもよーく憶えておきましょう」

 

クロイワ先生の説明を聞いていたヒロが、すぐに質問した。

「アセビのことは分かりました。じゃあ、あの枯れている野草がハシリドコロですか?」

 

「ヒロもハシリドコロっていう名前が気に入ったみたいだな」

ケンが嬉しそうにからかうと、ミウがまた詳しい説明を始めた。

 

「そうよ、ハシリドコロは多年草で、渓流の斜面や山地の谷間に自生しています。地上に出てきたときの芽が、フキノトウやタラの芽のような美味しそうな植物にみえるから、山菜摘みのときに間違えないようにしましょう」

 

「どうして、ハシリドコロっていう名前なんですか?」

背の高いナオミが、擦り剥いた膝をさすりながら先生に訊いた。

 

「ハシリドコロを食べると顔がほてって、酔っぱらったようになるのよ。そして、吐き気、頭痛、幻覚に苦しんで走り回ります。だから、ハシリドコロっていう名前がついたのよ。根や根茎に触ったり食べたりすると、大変なことになるから、注意しましょう」

 

そう言った後、先生は一つずつ詳しく毒草の説明をした。

 

「では、山に生えている野草を調べにいきましょう」

先生と三十人の生徒達が山に入って行って、野草がたくさん生えているところに着いた。

 

ミウがいろいろな薬草と毒草について、一つ一つ詳しく説明し始めた。

みんなはミウの知識に感心しながら、どんどん質問した。

 

先生とミウを中心に、実際の野草を勉強しながら、みんながゆっくり移動していった。

 

「ケン、この毒草を受けてみろ!」

少し離れた所で、乱暴者のジョウの声がした。

 

見ると、ケンに向かってハシリドコロの根茎が飛んでいる。

ケンがのけぞって根茎を避けると、その根茎は、あっと言って開けたミキの口に入ってしまった。

 

ミキは大柄な太った少女で、ジョウと時々喧嘩している。

「何をするのよ、ジョウ! 許さないよ!」

怒ってしゃべったミキは、ハシリドコロの根をかじってしまった。

 

「お前が避けたからだよ、ケン!」

毒草の根を投げた自分が悪いのに、ジョウはケンに責任転嫁しようとした。

 

すると、ミキはハシリドコロの根を右手に持ってジョウに突進した。

 「ふざけるな!悪いのはあんただよ、ジョウ!」

 

ドッスン、ゴロゴロゴロ・・・ 太ったミキに突き飛ばされたジョウが坂を転げ落ちた。

ゴロゴロゴロ・・・勢い余ったミキも続いて坂を転げ落ちた。

 

<第12話へ続く>

 

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<第12話>

 

急いで先生やヒロ達が近寄ってみると、体の大きなミキがジョウを押さえつけて、ジョウの口にハシリドコロの根を突っ込んでいた。

 

「二人とも、喧嘩をやめなさい!危険だから、その根っこを捨てて、口の中を洗いなさい!」

 

そう言って、クロイワ先生が二人を引き離した時には、ミキの顔が紅くほてっていた。

 

「ペッペッ・・・ 何をするんだ、ミキは!」

ジョウが毒草の根を吐き出しながら、フラフラと立ち上がった。

 

「あーら、体中泥だらけじゃないの、ジョウ。泥を払ってあげるよ」

ミキが急に優しくなって、ジョウの泥を落とそうとしたが、ジョウは気味悪がって逃げ出した。

 

「やめろよ、ミキ!気持ち悪いじゃないか!」

「ジョウ、待ってよー!どうして逃げるのー?」

 

酔っぱらったようにヨロヨロしながら、ミキはジョウを追いかけていった。

 

すると、あっという間にクロイワ先生がミキに追いつき、その手を握って言った。

 

「ミキはハシリドコロの毒で酔っぱらってしまったから、保健室に連れて行きます。みんなは教室にもどりなさい」

 

薬学の授業が終わり、昼食の時間になった。

この中学校の生徒達は、栄養バランスの良い美味しい給食を食べることができる。

 

毒草をかじってしまったミキとジョウは、まだ保健室にいたが、他の生徒達はワイワイガヤガヤ言いながら給食を食べ始めた。

 

ヒロの隣の席には、ミウがいる。ミウの父親は、志能備集落生まれの警察官だ。

 

「ヒロのおじいさんのことだけど、昨日わたしの父が気になることを言ってたのよ」

ミウが顔を近づけて、小さな声でヒロに言った。

 

「じいちゃんは六年前に事故で死んだんだよ。気になることって?」

 

「あれは事故じゃなくて、事件だったかもしれないって」

「どういうこと?詳しく教えてよ」

 

「今はみんながうるさいから、放課後、帰りながら話すよ」

ミウは、そう言った後、しばらく黙っていた。

 

ヒロはその話が気になったが、薬草と毒草のことをミウに質問した。

 

給食を食べ終わると、ケンが二人の話に加わってきた。

ケンの母親は、志能備集落育ちの看護士で、志能備病院に勤務している。

 

「ミウは、ほんとに薬学に詳しいな!ところで、ヒロのおじいさんのことで、俺の母さんがヘンなことを言ってたんだよ」

 

「じいちゃんが事故に遭ったとき、志能備病院に運び込まれたけど、ケンのお母さんが何か知っているの?」

 

「うん。ヒロのおじいさんが、うわごとを言っていたらしいんだ。詳しいことは放課後に話すから、一緒に帰ろう」

 

ケンがそう言って、ヒロからミウに目を移した。

 

「偶然かもしれないけど、わたしもヒロに詳しい話をするから、三人で一緒に帰ろう・・・ 毒草をかじったミキのことが気になるから、ちょっと保健室に行ってくるね」

 

ミウは、ケンとヒロにそう言って、教室を出て行った。

 

<第13話へ続く>

 

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<第13話>

 

午後からは、数学、国語、理科の授業が続いた。

 

現代の忍者は、時代の変化に合った知識を身につけるため、普通の学校で教える国語や数学なども勉強する。

 

放課後になって、ヒロはいつも一緒に帰っているマリに声をかけた。

 

そこに、ケンが軽そうにカバンを持ちながら、ヒロに近寄ってきた。

「ヒロ、帰りながらお昼の話の続きをしよう」

 

ケンの横から、ミウも三人に声をかけた。

「ヒロ、ケン、お昼の話の続きでしょ?マリも一緒に帰るよね」

 

「みんな一緒に帰るの?何の話をするの?」

マリは、何の話をするのか知らなかったが、みんな一緒に帰るのが嬉しかった。

 

「じゃあ、ミウのお父さんの話から聞かせてよ」

校門を出て、すぐにヒロが訊いた。

 

「ヒロのおじいさんは、六年前に自動車にはねられて亡くなったんだけど、その時の運転手が最近別の事件を起こしたらしいの。警察で調べているうちに、六年前の自動車事故は事故じゃなくて、ヒロのおじいさんを狙ってはねたようだってことが分かったのよ。でもまだ、その犯人が何故ヒロのおじいさんを狙ったのか、分からないんだって」

 

ミウが手短かに話すと、ケンが驚いたような表情で母親から聞いた話をした。

 

「六年前にヒロのおじいさんが病院に運び込まれた時、もう手遅れでどうしようもなかったらしい。でも、意識がないはずのおじいさんが、『シュウジ・・・私はシュウジだ・・・ヤミ・・・ヤミ・・・』ってうわごとを言ってたそうだよ。最近、俺の母さんが六年前のことを警察に訊かれて、憶えていたことを話したそうだ」

 

「ばあちゃんに訊いても、事故だったって言うから、じいちゃんは事故で死んだんだと思ってたよ。でも、シュウジって父さんの名前なのに、どうしてじいちゃんは『私はシュウジだ』って言ったんだろう?」

 

ヒロが困った顔をして呟くと、マリがミウとケンを見て言った。

「ミウのお父さんと、ケンのお母さんに、もっと詳しく訊けば何か分かるんじゃない?」

 

「そうだね。週末の土曜日ならミウのお父さんとケンのお母さんに会えるかなあ・・・。ミウ、ケン、家に帰ったら土曜日でいいか訊いてくれないか?」

 

ヒロは、早く真相を知りたいと焦る気持ちを抑えて、ミウとケンに頼んだ。

 

土曜日までの毎日、ヒロは志能備中学校で、忍者としての訓練と普通の科目の授業を受けた。

 

忍者は、体術、剣術、手裏剣術、武器術などの武術の他、変装術、心理術、侵入術、薬学、軽業、幻術なども身につけなければならない。

 

さらに、現代の優れた忍者になるには、国語、数学、理科、社会、外国語、音楽、美術、体育などの普通の科目を全て理解する必要がある。

 

ヒロは、好奇心が強く集中力があるので、どんな科目もよく理解している。

しかし、弱気で慎重な性格なので、剣術、手裏剣術、武器術などの武術は好きではない。

 

ヒロは、土曜日が早く来るように念じながら、毎日の訓練と授業を受けた。

 

<第14話へ続く>

 

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<第14話>

 

ようやく、待ち望んでいた土曜日がやって来た。

 

ヒロとマリが、サスケとヒショウを連れてミウの家に着いた時には、玄関前でケンがミウと話をしていた。

 

二人の側には、コタロウとカゲマルが置物のように座っている。

コタロウは、ケンが飼っている猿で、カゲマルは、ミウの飼い猫だ。

 

ミウの家は、門から玄関までは現代風に見えるが、建物内部の構造は忍者屋敷になっている。

 

「ミウ、すぐにお父さんに会えるの?」

ヒロは、はやる気持ちを抑えきれずに、大きな声でミウに訊いた。

 

「だいじょうぶよ。中で待ってるから、入りましょ」

ミウに続いて、みんなが古風な広い和室に入ると、野武士のような風貌の父親がニコニコして座っていた。

 

皆が挨拶を済ませると、ミウの父親が話し始めた。

 

「私がこの家に生まれる前から、ヒロのおじいさんは志能備神社の神主だったよ。六年前に亡くなった時は、自動車事故として処理されたが、最近になって殺人事件だった可能性が高くなったことは、ミウから聞いているね?」

 

「はい。でも何故、犯人はじいちゃんを狙ったんですか?」

ヒロがクリクリした目を大きくして質問した。

 

「それは尋問しても答えないんだ。しかし、その犯人が今回起こした事件と同様、誰かに唆されたか、何かを狂信して、おじいさんを狙って自動車ではねたようだ」

 

「ヒロのおじいさんが病院に運び込まれた時、『シュウジ・・・私はシュウジだ・・・ヤミ・・・ヤミ・・・』ってうわごとを言ってたそうだけど・・・」

 

ケンの母親が警察に話したことから何が分かったのか、ミウが問いかけた。

 

「おじいさんが犯人に、『私はシュウジだ・・・』って言ったから、車ではねられたのかも知れないが、犯人は何も話さない。『ヤミ』というのが、その犯人の名前ではないことは分かっているが、犯人を唆した人物の名前なのか、あるいは組織の名前なのか、まだ分かっていない」

 

ミウの父親が残念そうな表情でヒロを見ると、ヒロが小さな声で言った。

 

「じいちゃんは、父さんの名前を言って、父さんの身代わりになって、殺されたってことですか?」

 

「それは、まだ分からない。しかし、君のお父さんとお母さんが行方不明になっていることと六年前のおじいさんの事件が関係しているかもしれない。残念ながら、今まで分かっていることはこれだけだ」

 

ミウの父親が大きな溜め息まじりに話し終えると、ヒロはお礼を言って立ち上がった。

 

<第15話へ続く>

 

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<第15話>

 

四人と三匹と一羽は、ミウの家を出ると、コタロウを先頭にケンの家に向かった。

 

ケンの家は、ミウの家から見える高い松の木のそばにある。

 

その松の木には、ケンが小さい頃に剣術の稽古をした時の傷がたくさん付いている。

 

ケンの家は、外見も内部も古風な忍者屋敷だ。

「母さん、ただいまあ。みんなを連れてきたよー」

 

家の中に向かってケンが声をかけると、奥からケンの母親が応えた。

「待っていたのよ。さあ、みんな入りなさい」

 

皆が、背の高い健康そうなケンの母親に会釈をして座った後、ヒロが質問した。

 

「じいちゃんが病院に運び込まれた時、『シュウジ・・・私はシュウジだ・・・ヤミ・・・ヤミ・・・』ってうわごとを言ってたそうですが、何故そう言ったか分かりますか?」

 

「六年前は事故だと言われていたから、ヒロのおじいさんのうわごとは意味が分からないまま、ぼんやり憶えていたのよ。でも、警察に訊かれて思い出したけど、おじいさんは運び込まれた時、シュウジさんの服を着ていたような気がするわ。ヒロが小さかった頃は、毎年夏休みに皆で志能備神社に帰ってきてたから、ヒロのお父さんの服も憶えていたのよ」

 

「やっぱり、じいちゃんは父さんの身代わりになって死んだのか・・・あのー、ヤミって何のことだと思いますか?」

 

ヒロは、強い忍者だったじいちゃんが勝てなかった敵がヤミなのか、ヤミとは人の名前なのか組織の名前なのか、知りたかった。

 

「おじいさんがヒロのお父さんの身代わりになって死んだのか、まだはっきりしていないのよ。おじいさんがうわごとで、ヤミって言ってたけど、聞き違いかもしれないわ。でも、おじいさんは悔しそうに二度言ったから、私は・・・敵の名前じゃないかって思うよ」

 

ケンの母親は、思い出したことから推測できる話しをしたが、ふっと危険を感じて小声でみんなに言った。

 

「ヤミの関係者がどこにいるか分からないから、ヤミって言葉は口に出さないようにしなさい」

 

みんなは、お互いの顔を見合わせて大きく頷いた。

 

<第16話へ続く>

 

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<第16話>

 

ケンの家を出て、すぐに周りを見回しながら、ヒロが言った。

 

「小さい頃のことだから、夢か現実かはっきりしないんだけど、思い出したことがあるんだ。

 

夏休みに家族みんなで、じいちゃんの家に来ていた時のことだよ。僕とサーヤが四歳の時だったと思うけど、志能備神社の裏山で父さんが忍者の服装をして、子供用の忍術を僕とサーヤに教えてくれたんだ。

 

その後、三人で神社の裏の洞に入ったら、風の渦に巻き込まれて何も見えなくなった。そして気がつくと、僕達は竜に乗って高く高く舞い上がっていたんだ」

 

「それでその後、どうなったの?」

現実とは思えない話なのに全く疑わず、マリが急いでヒロに訊いた。

 

「その後の記憶は無いんだ。やっぱり夢だったのかなあ・・・ でも、その時、父さんが『ここは影宇宙の中だよ』って言ったような気がする。だけど、今でも意味が分からないよ」

 

ヒロが頭を振りながら答えると、ケンが目を輝かせて言った。

「じゃあ、これから神社の裏の洞に行ってみようよ」

 

ケンとコタロウを先頭に、みんなは志能備神社の裏に向かって歩いて行った。

神社の裏の洞に着くと、ヒロが中に入って言った。

 

「今、洞の中に入っても何も起こらないよ。あの時は、父さんが何か忍術をかけたんじゃないかなあ・・・」 

 

その時、サスケが洞の奥に向かって走った。すぐヒロが後に続いた。

マリは口を開けたまま動けなかったが、ケンとミウがヒロの後を追った。

 

しかし、サスケとヒロの姿は、洞の奥に消えてしまった。

 

洞の奥を突き抜けたサスケとヒロは、強い風に巻き上げられた。

あっと言う間もなく竜が現れ、サスケとヒロを乗せて大仏殿の上空を旋回した。

 

よく見ると、この竜は頭の割に体が小さい。まだ子供のようだ。

 

サスケがワンと吠えたら強い風が吹いて、竜がこの洞の入り口にサスケとヒロを降ろした。

 

ヒロが一歩踏み出すと、目の前にケンとミウが驚いた表情で立っていた。

 「ヒロ、何が起こったの?サスケと一緒に洞の奥に消えてたんだよ」

 

ミウに言われて、ヒロがたった今サスケと一緒に経験したことを話した。

 

「そりゃあ、凄いや!そんな忍術は、誰も知らないよ。どうやったら竜が現れるの?」

ケンが興奮を抑えきれず、ヒロの顔に近づいて訊いた。

 

「僕もそんな忍術は知らないよ。ただ、サスケの後を追っかけただけだから・・・」

 ヒロがサスケを抱き上げて答えると、ミウが空を見ながら言った。

 

「ヒロのお父さんは、宇宙の始まりを研究してたんでしょ?だったら、この洞から影宇宙っていう世界に入って行ったんじゃないの?」

 

—— そうかも知れないけど・・・

ヒロが、そう言おうとした時、カゲマルがさっと走り出した。

 

同時にヒショウがバサバサと飛び立ち、コタロウがスルスルと木の上に登った。

ケンは正義感が強く武道に優れているので、とっさに身構えて、みんなを守ろうとした。

 

しばらく緊迫した時間が流れたが、何も起きなかった。

そして動物達も帰ってきた。

 

「周りに気をつけなくちゃいけないみたいだね。今日はいろんなことが分かったけど、まだまだ分からないことだらけだなあ。みんな、今日はありがとう」

 

家に向かって帰りながら、ヒロが言った。

 

<第17話へ続く>

 

(C)Copyright 2011, 鶴野 正

 

<第17話>

 

次の月曜日の朝、教室では生徒達がザワザワしていた。

 

一時間目は、武術の時間だと思ったら変更されていたからだ。

 

「みんな、席に着けー!情報収集術の授業をはじめるぞー!」

スガワラ先生の声がしたが、姿が見えない。

 

「そこだ!エイッ」

大柄で太っているジョウが、教室の前壁に設置されている黒板に向かって手裏剣を投げた。

 

ジョウは、先週の薬学の授業で毒草をかじって苦しんだが、もう回復している。

 

「違うよ!あれだっ!ヤッ!」

叫ぶと同時にケンが、教室の隅の高い所にあるスピーカーに向かって消しゴムを投げた。

 

「イテッ、よく分かったな、ケン。もっと五感と頭を使えよ、ジョウ」

小さなスピーカーの形が大きくなって、スガワラ先生の姿が現れた。

 

「情報収集術として、これまで変装術、心理術、侵入術、野戦術の基本を教えてきたが、今日からはもっと難しい術や最新科学を使った術を教えてやろう」

 

そう言いながらスガワラ先生は、教室の高い所から下りた時に、ドスンと尻餅をついてしまった。

 

先生は、スガワラミチザネという立派な名前の四十一歳の忍者だ。

八百万の神の一人で、学問の神として崇められる菅原道真と同じ名前だということが、先生の自慢だ。

 

「じゃあ先生がやったような、体を小さくする忍術と大きくする忍術を教えてください」

 

マリは、ガリバーのように大きくなって、乱暴者のジョウや悪戯者のヨウを懲らしめてやりたいと思っていた。

 

「よーし、教えてやろう。最初は小さくなる術だが、単に小さくなろうと思ってもダメだ。例えば小さなスピーカーのような、自分がなりたい形を思い描いて一心不乱に念じるのだ!心のエネルギーを集中させることができれば小さくなれる。しかし初心者には難しいから、印を結んで呪文を唱える方法を教えよう・・・ 『スピーカー、スピーカー、アリチリミクロ』と繰り返し唱えて、心のエネルギーを集中するんだ」

 

古ぼけた袴姿のスガワラ先生が、生徒達の間を歩きながらかすれ声で説明すると、みんなは口々に 「スピーカー、スピーカー、アリチリミクロ」と繰り返し始めた。

 

・・・しかし、誰もスピーカーのように小さくなれない。

 

<第18話へ続く>

 

(C)Copyright 2011, 鶴野 正

 

<第18話>

 

「先生!小さくなるんじゃなくて、ガリバーのように大きくなる術を教えてください」

 

小さくなりたいとは思っていなかったマリが、誰よりも早く大きくなる術を教えてくれるよう頼んだ。

 

「なんだ、マリは小さくなることをもう諦めたのか・・・ 大きくなる術も基本は同じだ。心のエネルギーを集中させて、東大寺の大仏のように大きくなるよう念じるのだ!印を結んで呪文を唱える時は、 『大仏、大仏、ゾウヤママクロ』と繰り返し唱えて、心のエネルギーを集中するんだ」

 

かすれ声のスガワラ先生の説明を聞いて、マリは「ガリバー、ガリバー、ゾウヤママクロ」と熱心に繰り返した。

マリは、どうしてもガリバーのように大きくなりたいのだ。

 

教室の中には、まだ小さくなる呪文を繰り返している声と、大きくなる呪文を唱えている声がガヤガヤと入り交じっていた。

 

「おおっ!スピーカーに変身している。これは誰だ?」

スガワラ先生が、人間とほとんど同じ大きさの丸みを帯びたスピーカーのようなものに近づいて声を掛けた。

 

すると、丸みを帯びたものが窮屈そうな声で答えた。

 

「ミキですよー!これ以上小さくなるのは無理ですー」

大柄でふっくらしたミキは、精一杯小さなスピーカーに変身していた。

 

ミキの集中力を誉めた後にスガワラ先生が見たものは、人間の二倍くらいの大きさの大仏だった。

「おっ!今度はヒロが大仏に変身できたのか。初心者にしては、上出来だ!」

 

「はい。変装術を使えば簡単に仏像の形になれるけど、大きくなるのは難しいなあ」

ヒロが悔しそうに答えると、先生はみんなを見渡して言った。

 

「みんなにはまだ難しいだろうが、ミキとヒロの二人はできたぞ!心のエネルギーを集中すれば必ずできるから、毎日自分で練習しろ。さてと、つぎは最新科学を使った術を教えるぞ」

 

「先生、クローン技術を使えば、凄い分身の術ができると思います」

早速、科学好きのロンが、嬉しそうに腰を浮かして言った。

 

「それを実用化するには、時間とカネがかかるんじゃないか、ロン?じゃあ、みんな、これは何だと思う?」

 

先生は、着物の懐から二枚の羽の生えた丸い小さな物体を取り出して机の上に置いた。

 

「羽があるから、空を飛ぶ偵察飛行物体でしょう。情報収集に使うものですね?」

 

まっ先に、ミウが自信ありげに言ったが、先生は首を横に振ってその物体を高く放り上げた。

 

そして、その物体が途中まで落ちてきた時に、先生が「ヤッ」と掛け声をかけた。

 

すると、垂直に落ちてきた丸い物体が直角に曲がり、スッと真横に飛んで先生の両手の中に入った。

 

それを見た生徒達が歓声を上げた。

「オオーッ!凄い、凄い!どうなってるんだ???」

 

<第19話へ続く>

 

(C)Copyright 2011, 鶴野 正

 

 

<第19話>

 

「物体は地球の重力に引き寄せられて落ちるが、二枚の羽に特殊な力を加えると瞬間的に重力の方向が変わるんだ。

 

その方向は、掛け声によって変えられるが、厳しい訓練が必要だ。

 

この二枚の羽は、最新科学を使って作った重力操縦羽という秘密の装置だ」

 

先生の説明では、二枚の羽と最新科学の関係を生徒達は理解できなかった。

それでも、身軽なヨウは、先生が期待していたアイデアを言った。

 

「俺が重力操縦羽をつけて高い所から落ちれば、途中で好きな方向に飛べるってことでしょう?やってみたいなあ・・・」

 

「ヨウ、いい考えだ!しかし、訓練する前に飛び降りたら大怪我をするぞ。小さな丸い物体を自由に操れるようになるまで訓練しろよ」

 

先生の厳しい言葉に教室のあちこちから溜め息が聞こえた。

 

しかし、先生は気にする素振りも見せずに教室を歩き回りながら、懐から三ミリメートル四方の小さな四角い薄いものを出した。

 

「次はこれだ!この凄く小さな四角いものが何だか分かるか?」

 

「情報収集に使うための、高性能の盗聴器でしょう」

また、科学好きのロンがまっ先に答えたが、先生は首を横に振って自慢げに説明を始めた。

 

「この中には、中学一年生用の数学の知識が全部入っている。その知識は微弱な電波になって外に出ている。

 

これを額に貼付けて、その知識を自分の脳にコピーすれば、あっという間に数学ができるようになる。

 

しかも数学だけでなく、外国語、理科、国語、その他何でもこんな小さなものに入れてしまうことができる」

 

「すっごーい!先生、それがあれば学校で勉強しなくてもいいんですね?」

マリが目をキラキラさせて喜んだが、先生は意地悪な顔になって笑った。

 

「ハッハッハ、知識を自分の脳にコピーする方法は簡単じゃない。基本的な学力と能力が必要だぞ。

 

心のエネルギーを脳に集中させるんだ。できるようになるまで毎日、必死に練習しろよ」

 

「はい、毎日練習して普通の科目の知識を全部コピーします。そうしたら、武術の訓練に集中できますから」

 

もっと強い忍者になりたいと思っているケンが、真剣な顔をして言った。

 

ヒロは、この技術をもっと別なことに使えばいいのにと思ったが、それが何かはっきり分からなかった。

 

「わたしは難しい忍術の知識をコピーしたいな。普通の科目は、学校で勉強する方が楽しいからね」

 

ミウは薬学だけでなく、いろいろな忍術の知識をもっと知りたいと思っているが、みんなと一緒に勉強するのも好きだ。

 

「時間が来たので、今日の残りは明日の歴史の授業で教えてやる。その中で、幻術の応用も実践するから楽しみにしてろよー」

 

先生は、さっさと荷物を片付けて教室を出たが、振り返ってヒロを呼んだ。

 

<第20話へ続く>

 

(C)Copyright 2011, 鶴野 正

 

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