宇宙の忍者 ヒロ   1章 4節


<第34話>

 

4節 命を救える特殊能力

 

超古代の四つの謎を勉強した日は、ヒロの十三歳の誕生日だった。

 

—— スガワラ先生は、昨日、何故ぼくの誕生日を訊いたんだろう・・・

 

ヒロは、誕生日祝いのケーキを食べている時も考えていた。学校が終わった後、マリ、ミウ、ケンが誕生日祝いに、ヒロの家に集まっていた。

 

サスケ、ヒショウ、カゲマル、コタロウも外で遊んでいる。

 

「普通の歴史の授業で習うのは、五千年前のインダス文明、エジプト文明、メソポタミア文明なのに、一万年以上前の超古代文明があったなんて、驚きだよなあー」

ケーキを食べ終わったケンが、みんなを見ながら言った。

 

「氷河が融けて海面が上昇したから、超古代文明が海の中に沈んじゃったんでしょ?海底を捜せば、アトランティスの財宝が見つかるかもしれないね」

マリは、財宝が見つかる場面を空想しているようだ。

 

「ヒロのお父さんは、宇宙の始まりだけじゃなくて古代の謎も研究してたんだから、ヒロに話してくれたことがあるんじゃないの?」

ミウは、ぼんやりと考え事をしているヒロに向かって言った。

 

「父さん達がいなくなったのは僕が五歳の時だから、難しいことは教えてくれなかったよ。そうだ!ばあちゃんなら何か聞いてたかもしれない・・・ 

ばあちゃん、父さんから超古代の謎のことを聞いてたの?」

 

ヒロが台所にいるばあちゃんに声を掛けると、ばあちゃんは夕食の支度をしながら答えた。

 

「ヒロの父さんと母さんは、じいちゃんとわたしにいろんな話をしてくれたけど、日本にも世界にも大昔から神様がいたって言ってたねえ。

 その神様と超古代文明の関係は知らないけど、謎を調べるとまた新しい謎が出てくるらしいよ。

 じいちゃんなら、もっと大事なことを思い出したかも知れないねえ・・・」

 

ケンとミウが顔を見合わせた。ヒロのじいちゃんが死んだのは、事故ではなく事件だったことをばあちゃんは知っているのか、ヒロに聞きたかった。

 

「ばあちゃん、父さんからの手紙か何か、残っていないの?」

ヒロが訊ねると、ばあちゃんは笑顔で答えた。

 

「可愛い我が子からの手紙だから、わたし宛の手紙は全部持っているよ。だけど、難しい内容の手紙はじいちゃんが大事に保管していたから、夕ご飯を食べた後で捜してみようね」

 

「あっ、夕ご飯・・・ もう家に帰らないと・・・」

立ち上がりながら、ミウが言うと、マリとケンも立ち上がった。

 

ケーキを作ってくれたばあちゃんにお礼を言って、三人は帰っていった。

 

夕ご飯を食べた後、ばあちゃんとヒロは、父さんからじいちゃんに来た手紙を捜した。

 

「思ったほど難しい内容の手紙はないねえ。難しい秘密の話は、父さんが直接じいちゃんに話したんだろうね」

予想外に少ない手紙のすべてに目を通して、ばあちゃんが言った。

 

「あっ、この手紙に書いてあることは・・・」

一通の手紙を読んでいたヒロが、声をあげた。

 

—— 影宇宙に入ると時空を超えられる ——

 

父さんがじいちゃんに出した手紙に書いてある影宇宙という言葉は、ヒロが四歳の時に父さんから聞いた言葉だった。

 

「ばあちゃん、『影宇宙に入ると時空を超えられる』って、父さんから聞いたことあるの?」

 

「わたしは聞いたことがないと思うよ。難しすぎて頭に入らなかったのかもしれないけどね・・・」

ばあちゃんは、じいちゃんが保管していた手紙を片付けながら首を振った。

 

「父さんは、影宇宙に入って過去か未来に行っちゃったのかなあ。母さんとサーヤも一緒に行ったのかなあ。ばあちゃん、何か知ってるの?」

 

ヒロがばあちゃんの顔を見て訊くと、ばあちゃんは悲しそうな目をして答えた。

 

「自分の可愛い子供と家族のことなのに、ばあちゃんは何も知らないのよ。じいちゃんは何か知ってたかもしれないけど、『何も知らない方がいい』って言ってたのよ」

 

—— ヤミっていう名前を言うと、ばあちゃんがもっと心配するかもしれない・・・

 

ヒロは、ばあちゃんをこれ以上悲しませたくなかった。

 

<第35話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第35話>

 

 翌日の朝、ヒロはいつものように新聞配達を済ませ、マリを誘って一緒に中学校へ行った。

 

「今度の土曜日、東大寺大仏殿の記念式典で、マリが歌うんだよね」

 

学校へ行く途中、ヒロが話しかけると、マリは目を輝かせて説明し始めた。

 

「志能備中学校から六人選ばれたの。各学年二人ずつだから六人ね。奈良の五つの中学校から六人ずつで、合計三十人で歌うのよ。わたしは、その真ん中で歌うことになったのよ」

 

「すごいな!マリが奈良で一番歌の上手な中学生ってことだね」

「エヘヘッ、そうならうれしいな。ヒロも出席してくれるんでしょ?」

 

「もっちろん!ケンとミウも行くし、ばあちゃんも行くって言ってたよ」

ヒロとマリが話しながら教室に入ると、ミウが笑顔で話しかけてきた。

 

「今度の土曜日、マリが真ん中で歌うんだよね。ちゃーんと練習してるの?」

「もう、完璧よ!ミウもびっくりするくらい上手に歌えるから」

マリは歌が上手だし、自信を持っている。

 

「土曜日の記念式典には、有名な声楽家も出て歌うらしいよ。そんなところで、マリが中学生代表で歌うんだから、すごいよ!」

ケンも少し興奮して、話に加わってきた。

 

「将来の総理大臣といわれている有名な国会議員がスピーチをするって、お父さんが言ってたよ。警備が大変になるって・・・」

ミウが、父親の警察官から聞いたことを話した。

 

「それでサスケが空を見たりして、いつもと様子が違ったのか・・・ヒショウはいつもと変わったことないの、マリ?」

ヒロは、朝からサスケが落ち着かないのが気になっていた。

 

「そう言えば、今朝は高い木に留まってあちこち見ていたなあ。でも、ミウのお父さんが警備してくれるから、きっと大丈夫よ」

マリは少し不安になって、ミウの顔を見た。

 

その週の土曜日の朝、マリは志能備中学校の歌の代表五人と一緒に歩いて東大寺大仏殿に向かった。

 

記念式典は十時に始まり、国会議員のスピーチの次にマリ達三十人が歌うというスケジュールになっている。

 

大仏殿の周囲の道路には、警備の警官が多数立っていて、不審な者が簡単に近づけないような雰囲気だ。

 

「まだ早いから、あっちの池の近くで練習しようよ」

マリ達は、大仏殿の正面入り口手前の池のほとりに並んで歌の練習を始めた。

 

暫くすると隣の中学校の代表六人が池の向こう側に現れ、こちらに近づいてきた。

 

「私達も一緒に練習していいでしょう?」

その六人は向かい合って、マリ達と一緒に歌の練習を始めた。

 

十五分くらい練習した時、一台のトラックが大仏殿の正面入り口に近づいてきた。不審に思った警官達が、そのトラックを取り囲もうとした。

 

するとトラックは急発進して、警官達をはね飛ばしながら、池に向かってきた。

 

志能備中学校の六人は忍者らしく身をかわすことができるが、隣の中学校の六人は立ちすくんだまま動けない。

 

「こっちへ来て!早く!」

マリは夢中で手を引いて助けようとしたが、トラックが猛スピードで突進してきた。

 

次の瞬間、ドン、ドーン、マリと隣の中学校の六人がはね飛ばされた。

 

トラックは、池に突っ込んで止まり、逃げようとした運転手を、警官達が取り囲んで逮捕した。

 

「救急車を呼べーっ!四台呼べーっ!早くしろ!早くーっ!」

警官が必死に叫んでいる。

 

ミウの父親だ。

「マリ!マリ!しっかりしろ!マリ・・・」

 

<第36話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第36話>

 

「ばあちゃん、支度できた?そろそろ大仏殿に行かなきゃ、いい席に座れないよ」

 

ヒロがばあちゃんに声をかけた時、外でサスケがワンワンと激しく吠えた。

 

「どうしたんだ、サスケ。何かあったのかな?」

 

「変だね、サスケがあんなに吠えるなんて・・・先に大仏殿に行きなさい、ヒロ」

ばあちゃんは胸騒ぎがして、ヒロとサスケを先に行かせた。

 

同じ頃、マリの家では、ヒショウが突然三度鳴いて、バサバサと大仏殿の方角に飛び立った。

出掛ける支度をしていたマリの両親は、悪い予感がして慌てて家を出た。

 

「忍びの近道を通って行った方が早いぞ」

マリの父親がマリの母親の手を引いて忍びの近道に向かって走った。

 

一方、ケンとミウは大仏殿に向かって歩いていたが、コタロウとカゲマルが突然走り出した。

 

「何か起こったんじゃないか。急ごう、ミウ」

ケンとミウも大仏殿に向かって走った。

 

その上をヒロのつむじ風が追い越して行った。

「ヒロとサスケが大仏殿に向かって飛んでるよ。やっぱり大変なことが起こったんだ」

 

ミウとケンはつむじ風を追って必死に走った。

ヒロより先に飛んできたヒショウが大仏殿の前の池に降りて行く。

 

「あーっ、マリ!どうしたんだーっ!」

つむじ風になって飛んできたヒロは、ミウの父親がマリを抱きかかえているのを見て、大声で叫んだ。

 

「マリは大丈夫でしょ?どうしてこんなことに・・・」

マリのすぐそばに降りたヒロは、ミウの父親に訊いた。

 

「頭と背中を強く打ったようだ。意識がない・・・早く医者に診てもらわないと・・・」

 

ミウの父親はヒロに答えながら、救急車を捜している。

そこにケンとミウが、息を切らして駆けつけた。

 

「マリ、マリ、しっかりして!マリ・・・」

ミウは泣き出しそうになった。

 

そこに、ようやく救急車が一台到着した。

「この子は意識がないから、大至急病院へ運んでくれ!」

ミウの父親が救急車に向かって叫んだ。

 

「まさか・・・あっマリ、マリ・・・」

息を切らしながら走ってきたマリの母親が、マリに駆け寄ってきた。

 

「マリ、マリ・・・聞こえるかい?目を開けておくれ・・・」

マリの父親もマリを抱きかかえて必死に声を掛けたが、マリの意識は戻らない。

 

救急車に乗せられたマリと一緒に、両親も救急車に乗って病院へ向かった。

 

隣の中学校の六人は、マリがかばったので重体になった生徒はいなかった。しかし、六人とも大怪我をしていたので、救急車で病院に運ばれた。

 

「今、救急車とすれ違ったけど、何が起こったの?」

忍びの近道を通ってきたヒロのばあちゃんが、ようやく事故現場に到着した。

 

「マリと隣の中学校の生徒達が、トラックにはね飛ばされたんだよ。マリが意識不明になって、救急車で病院に運ばれたんだ。ばあちゃん、一緒に志能備病院に行こうよ」

 

ヒロは、マリのことが心配でたまらない。

ケンとミウも、ヒロ達と一緒に忍びの近道を通って志能備病院に行った。

 

病院では、マリが緊急手術室に運び込まれ、医師と看護師達が慌しく動いていた。

 

手術室の扉が閉められると、マリの母親は目を閉じて神様に祈り続け、マリの父親は忍術の呪文を唱えながら廊下を行ったり来たりした。

 

ヒロもばあちゃんも、黙ったまま手術室の外で、手術がうまくいくように念じている。

ミウとケンは、マリを助けるための忍術の呪文を必死に思い出そうとしていた。

 

<第37話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第37話>

 

六時間が過ぎて手術室の扉が開き、医師が出てきた。

 

「先生、マリは助かりますよね!先生・・・助けてください・・・」

マリの母親が医師に走り寄って訴えた。

 

「できることは全てしましたが、まだ意識が回復しません。頭と背中に強い打撲を受けて、脳内出血を起こしました。

 

 その出血によって、生きるための機能に障害が発生したようです。手術によって出血は止めましたが、容態が不安定なので今夜は医師と看護士が見守ります」

 

医師は長時間の手術で疲れきっていたが、最善を尽くそうとしていた。

手術室から看護士がマリを乗せたベッドを押して出てきた。

 

「シラカワさん、マリの手を握ってあげてください。ご両親の気持ちをマリに伝えて、意識が回復するのを手伝ってあげてください」

看護士は、マリの家族をよく知っているケンの母親だった。

 

「マリ、お母さんよ。聞こえる?ねっ、マリ、マリ・・・」

「マリ、お父さんだよ。早く治って、歌を聴かせておくれ・・・」

 

マリの両親は、しっかりとマリの手を握って必死に話しかけたが、マリの反応はない。

看護士がベッドを押して、マリの両親とともに集中治療室に入って行った。

 

ヒロとばあちゃんは、集中治療室に入って行くマリを見送るしかなかった。ミウとケンは、マリを助けるための薬草を捜しに、忍者中学校の薬草園に向かった。

 

翌日の日曜日の朝、ミウは食事の支度をしている母親のクロイワ先生に薬草の相談をした。

 

「現代の医療でマリの意識を回復できないんだから、忍者の薬草でも無理よ。それに、志能備病院のお医者さんは忍者の薬草にも精通しているのよ」

 

クロイワ先生は、ミウの肩を抱いて優しく言った。

その台所に、ミウの父親が入ってきた。

 

「昨日マリ達をはね飛ばしたトラックの運転手は、例のヤミに唆されて、有名な国会議員を襲おうとしていたようだ。

 

我々警官が事前に気づいたから国会議員を守ることができたが、マリがその身代わりみたいになってしまった。マリ達を守れなくて、実に悔しい!」

 

ミウの父親は、野武士のような顔を真っ赤にして悔しがった。

 

「ヤミって、ヒロのおじいさんを殺した犯人が関係していた謎の組織か人物・・・」

ミウが驚いて父親の顔を見た。

 

朝ご飯を食べ終わった頃、玄関でケンがミウを呼ぶ声がした。

「ミウ、病院へ行ってマリの意識が戻るように声をかけようよ」

 

ケンとミウが病院に着いて中に入ると、ヒロがマリの担当医師と話をしていた。

 

「どうしてマリの意識が戻らないんですか?先生はすごいお医者さんで、しかも忍者でしょ?先生が治せないなら、誰が治せるんですか?」

 

「私より手術の上手な医者は他の病院に何人かいるよ。でも、マリの場合は、脳の中に致命的な傷が出来たから、自分で呼吸するのも難しいんだ。

 

 今は人工呼吸器を着けて生きているけど、脳の中の傷を治さないと、いつか死んでしまう。私の知っている優秀な医者達に、脳の中の傷を治す方法を聞いているんだけど、誰も無理だと言っている」

 

医師は、昨日の手術の後、マリの治療をしながら、他の病院の専門医師達に連絡をしていたのだ。

 

「マリの意識が戻るように、声をかけたいんですが・・・」

ケンがヒロの後から医師に話しかると、医師は溜め息をつきながら静かに答えた。

 

「あっ、ケン。マリは昨日と同じ集中治療室にいるよ。君のお母さんが見守っているから行ってみなさい」

ケンとミウは医師にお礼を言って、ヒロと一緒に集中治療室に向かった。

 

<第38話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正 

 

<第38話>

 

「今もマリは昏睡状態よ。中に入って話しかけるのはいいけど、マスクをして入りなさい」

 

集中治療室の中から、ケンの母親が手で合図をしながら言った。

三人は中に入って、昏睡状態のマリの顔を見つめた。

 

「マリ、頭が痛いの?何も聞こえないの?マリ、目を開けてよお・・・」

ミウがマリの手を握って、耳元で呼びかけた。

 

「お医者さんと俺の母さんが治してくれるから、もう少し我慢していろよ、マリ!」

ケンはマリの肩に手を置いて、ゆっくりと話しかけた。

 

「マリ、治してくれるお医者さんを必ず見つけてくるからね!」

ヒロはマリの額を優しく撫でて、静かな声で言った。

 

集中治療室を出たヒロは、ケンとミウに言った。

 

「僕の母さんは、優秀な医学研究者だったって、ばあちゃんが言ってたんだ。母さんが働いていた京都の大学には、すごいお医者さんがいるかもしれないから、これから行ってくるよ」

 

ヒロは5歳の時に京都を離れたが、しっかり憶えていることがあった。

 

「今日は日曜日だから、京都に行っても大学はお休みだよ」

ミウが注意したが、ヒロは病院の外で待っていたサスケを連れて、駅に向かって駆け出した。

 

「早く京都に着いて、吉田神社の近くのオガタ先生に会おう」

必死に走るヒロは、気がつくとつむじ風になって鉄道線路の上を飛んで京都に向かっていた。

 

「飛んでばかりいると疲れるから、あの電車の屋根に降りて少し休もう、サスケ」

サスケを抱いて飛んでいたヒロは、前を走る電車に追いついて屋根に座った。

 

しばらく休んで元気になったヒロは、またつむじ風になって電車より先に飛んで行った。さらに先を走る電車の屋根に降りて休憩したヒロは、もう一度つむじ風になって飛んで行き、京都の吉田山の近くに降りた。

 

「吉田神社がそこにあるから、オガタ先生の家はここを曲がって三軒目のはずだ。あった!小さかった頃は、こんなに近いとは思わなかったなあ。

 

オガタ先生の家は近所だったから、七年前はサーヤと二人で、オガタのお兄ちゃんのところへ毎日のように遊びに行ったんだよ、サスケ」

 

ヒロは懐かしい気持ちと緊張感の混じった複雑な思いで、オガタ先生の家の呼び鈴を押した。オガタ先生は、母さんの大学の先輩で医学博士だ。

 

「アオヤマ、ヒロ・・・あーっ、あのヒロかい?ちょっと待って・・・おーっ、大きくなったねえ。妹のサーヤは一緒じゃないのかい?突然いなくなって心配してたんだよ。今どうしているの?」

 

オガタ先生は、ヒロの手を握って顔を見つめた後、ヒロの頭をなでた。

ヒロは、両親とサーヤが行方不明になり、自分が奈良の祖父母に引き取られたことを手短に説明した。

 

オガタ先生は目をうるませて聞いていたが、ヒロは急いでオガタ先生に質問した。

 

「奈良の中学校の友達が、トラックにはねられて昏睡状態なんです。病院のお医者さんは知合いの優秀なお医者さん達に治す方法をきいているけど、みんな無理だと言ってるそうです。でも、オガタ先生なら治せるでしょう?」

 

「あーっ、その患者のことは、さっき京都の脳外科医から電話で聞いたよ。奈良のお医者さんから頼まれたそうだ。ヒロの友達のことだったのか・・・

 

 でも、その脳外科医も私も治し方が分からないんだ。今まで、その患者のような容態になって助かったことがないんだよ」

 

オガタ先生は、ヒロの目を見つめてゆっくりと話した。

 

「オガタ先生なら治せると思ったのに・・・ほんとに、どんなお医者さんも治せないんですか?マリは、僕の友達は、このまま死んじゃうんですか?」

 

ヒロはオガタ先生の手を握って必死に訴えた。

 

<第39話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

 

<第39話>

 

オガタ先生は悲しそうな顔をして遠くを見つめていたが、しばらくしてヒロに笑顔を向けながら言った。

 

「エミリ・・・ヒロの母さんなら、治す方法を知っているかもしれないよ。エミリは世界中の医学を研究しているうちに、ものすごい知識の持主になったんだよ」

 

「ありがとう、オガタ先生。でも、母さんがどこにいるのか分からないんです」

ヒロは溜め息をついて、オガタ先生の顔を見た。

 

そこへオガタ先生の息子が二階から降りて来た。

 

「あーっヒロ!ヒロじゃないか。今まで、どこにいたんだよ。元気だったのか?サーヤは一緒じゃないのか?ヒロは大きくなったけど、中学生としてはあんまり大きくないなあ・・・」

 

「ああ、お兄ちゃん!ずいぶん大きくなったんだね。もう高校生になったの?」

ヒロは懐かしさのあまり、子供の頃のようにふざけてジャンプしてみせた。

 

「ヒロとサーヤは不思議な子供だったよなあ・・・ヒロは怪我をしてもすぐに治るし、サーヤは怪我をしてる鳥を触って治してしまうし・・・」

 

息子に言われて、オガタ先生はヒロとサーヤの特殊能力を思い出した。

 

「ヒロの父さんは神社の家系だから八百万の神に近い。一方、母さんは仏陀の子孫だから、ヒロとサーヤには日本の神々と仏教の融合した特別な能力があるのかもしれないな」

 

「オガタ先生にそう言われると、特別な能力で母さんを捜せるような気がしてきました。どうしたらいいか、まだ分からないけど・・・ありがとう、オガタ先生とおにいちゃん!」

 

ヒロはオガタ先生の言葉に勇気づけられて、先生の家を後にした。

 

奈良の家に戻ったヒロは、夕食の支度をしているばあちゃんに話しかけた。

 

「サーヤと僕には八百万の神様と仏教が融合した特別な能力があるのかもしれないって、京都のオガタ先生が言ってたよ。

 

 オガタ先生は、母さんならマリを治す方法を知っているかもしれないって言ってたんだ。特別な能力で母さんを捜したいんだけど、どうすればいいの?」

 

「そう言えば、ヒロは怪我をしてもすぐに治るし、サーヤは猫の怪我を治してしまったねえ。しかも、ヒロはつむじ風になって速く飛べるしねえ。

 

 でも、母さんがどこにいるのか誰も知らないんだから、千里眼みたいな特別な能力が必要だと思うよ」

 

ばあちゃんは、答えの分からない質問に無理に答えようとして、思いつきを口にした。

 

「そうか、千里眼かあ・・・じいちゃんにお願いすれば、何か分かるかもしれないね」

 

ヒロはばあちゃんの言葉を信じて、神棚の横に掛けられたじいちゃんの写真に向かって小さな声で話しかけたが、何の反応も感じられなかった。

 

その様子をサスケがじっと見ていた。

 

「さあ、夕ご飯を食べて早く寝ないと明日の朝起きられないよ、ヒロ」

ばあちゃんが美味しそうな夕食を並べてくれたが、ヒロは千里眼のことを考え続けていたので、何を食べているのか分からなかった。

 

どうすれば千里眼になれるのか分からないまま時間が過ぎて、ヒロはサスケと一緒に眠ってしまった。

 

翌朝、いつもより早く目が覚めたヒロは、サスケを連れて外に出た。

外はまだ真っ暗だった。上を見上げると、無数の星が明るく輝いている。

 

「星の向こうに何かが見える・・・何だろう、どんどん遠くが見えてきたぞ、これが千里眼なのかなあ、サスケ・・・」

 

星が輝く空を見つめてヒロが話しかけると、サスケも空を見て、ワンと吠えた。

 

「あーっ、母さん!母さんなの?母さんだよね!」

たくさんの星の向こうに金色に輝く部屋があり、その中に母さんがいる。

 

何かを研究しているようだ。

ヒロの声に気づいて、母のエミリがヒロの方を向いた。

 

「あっ、ヒロ!ヒロなのね。大きくなったわね。新聞配達をしてばあちゃんを助けているのね。ヒロはよく頑張っているわ」

 

「母さん!やっと会えたね!話したいことも聞きたいこともいっぱいあるけど、一番先に聞きたいのは、マリのことなんだ・・・」

 

「京都のオガタ先生に会いに行ったら、母さんが治す方法を知っているかもしれないって言われたんでしょう?ヒロは本当に優しくて強い子になったのね」

 

「オガタ先生が母さんのことを言ってたよ・・・でもどうして何でも知っているの?」

 

<第40話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第40話>

 

「それは、今は言えないわ。マリのことが先でしょ?ヒロ、今見ている方向のずっとずっと先を見てごらん・・・何か見えるはずよ」

 

「あーっ、すごく高い山がいくつも・・・雪で真っ白・・・だんだん山の下の方に・・・田舎の村が見えてきたよ、母さん」

 

「ヒロ、そこに見えるのはどんな人達?」

 

「白髪のおばあさんと女の子・・・あの子はサーヤに似ている・・・あれっ、サーヤだ!あっ、あのおばあさんはインドのばあちゃんだ!そうだよねっ、母さん」

 

「そうね、ヒロ。サーヤはインドのばあちゃんのところにいるのよ。すごい山奥だけど、お釈迦様の一族はあそこで暮らしていて、母さんもあの村で育ったわ。

 

 一族には、怪我や病気を治せる能力のある子供が生まれるという言い伝えがあるのよ」

 

「母さんは怪我を治せるの?母さんの先祖にそんなすごい人がいたの?」

 

「お釈迦様の後は、何百年に一人の割合で現れたようね。母さんには、そんな能力はないわ、ヒロ。

 

だけどね、サーヤは小さい頃から軽い怪我を治せる能力があったでしょ。今はその能力がもっと強くなって、重い怪我や病気も治せるようになっているわ。

 

 サーヤならマリを救えるはずよ。でも、サーヤとインドのばあちゃんは過去の時代にいるから、外部の人は誰も近づけないのよ」

 

その時、ヒロの視界を黒い影が横切った。同時に、サスケがウーッとうなり、サーヤ達が見えなくなった。

 

「母さん!サーヤが見えなくなったよ・・・あれっ、母さん、母さん!」

ほとんど同時にヒロの視界から母さんも消えてしまった。

 

「ヒロ、ヒロ、どうしたの?母さん、母さんってうなされていたよ」

ばあちゃんが心配して、ヒロの顔を覗いている。

 

サスケも近づいてヒロの顔を舐めた。

「ああ・・・ばあちゃん、サスケ・・・母さんに会えたんだけど、夢だったのかあ・・・」

 

「母さんは元気なの?どこにいるの?父さんやサーヤはどうしているの?ヒロ、それは夢かも知れないけど、千里眼でほんとの母さんが見えたのかも知れないよ」

 

「父さんは見えなかったけど、サーヤはインドのばあちゃんのところにいるのが見えたよ。サーヤがマリを救えるはずだって、母さんが言っていたんだ」

 

「ほんと?それはすごいねえ!サーヤがマリを救えるなんて、良かったねえ、ヒロ・・・」

 

「ばあちゃん、サーヤのいる村はどこにあるの?村の名前は何ていうの?」

 

「それがねえ・・・ヒロの父さんと母さんが結婚する時に、インドのばあちゃんだけが日本に来たけど、他の家族は来られなかったのよ。それくらい遠くて不便な所なのよ。

 

 インドのばあちゃんに会った時、母さんの家族や親戚の写真を見せてもらったけど、すごく険しい山に囲まれた村だった。母さんに聞かないと、その村の名前は分からないし、どうやって行けばいいか分からないよ・・・」

 

ばあちゃんは申し訳なさそうに下を向いた。

 

「ばあちゃんが千里眼のことを教えてくれたから、母さんに会えたし、サーヤのことも分かったんだ。ほんとにありがとう!あっ、もう新聞配達に行く時間だ」

 

「そうだね、行っておいで。いつもの朝ご飯を作っておくからね」

ばあちゃんとサスケに見送られて、ヒロは駆け出した。

 

新聞配達をしながら、ヒロはマリのことを考えていた。マリとヒロは5歳のときから仲が良かった。いろいろな思い出がいっぱいある。

 

志能備病院を見ると、マリの病室には灯りがついている。ヒロには、ベッドに横たわっているマリの姿が見えてきた。しかし、マリの命の火が消えてしまいそうな予感がした。

 

—— どうしてもマリを助けたい・・・

ヒロは心の底から強く思った。

 

—— そのためにはサーヤに会って奈良に連れてこなくちゃあ・・・

ヒロは焦った。

 

新聞配達を終わると、志能備神社に向かって走った。

「どうやって行けばいいんだあーっ!サーヤ!」

 

<第41話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第41話>

 

ヒロの大声を聞いて、サスケが志能備神社に向かった。

 

朝、起きたばかりのミウもヒロの大声を聞いたような気がして外に出たら、カゲマルが志能備神社に向かって走る姿が見えた。

 

「カゲマル、待って、わたしも行くから・・・そうだ、ケンも誘って行こう」

ミウはケンの家に寄って声をかけ、一緒に志能備神社に向かって走った。

 

「朝からあんな大声を出すなんて、どうしたんだろう、ヒロは?」

ケンは眠そうな顔をして走った。コタロウもその後を走っている。

 

ミウとケンが志能備神社に着くと、ヒロがじっと空を見つめていた。

—— 『影宇宙に入ると時空を超えられる』って、父さんの手紙に書いてあった・・・

 

つぶやいているヒロのそばに駆け寄って、ミウが心配そうに訊いた。

「ヒロ、あんな大声を出して、どうしたの?」

 

ヒロは、サーヤならマリを救えると母さんから聞いたが、サーヤのいる村に行く方法が分からないことを話した。

 

すると、ヒロの横にいたサスケが突然走り出し、神社の裏の洞に入って行った。すぐにヒロが後を追って洞に入り、ミウとケンもヒロの後に続こうとした。

 

しかし、洞の奥にサスケとヒロが入ると、その奥に続く入口が閉じてしまった。

「あーっ、またヒロだけ行っちゃった。どうしてなんだろう・・・」

 

以前のようにヒロとサスケがすぐ戻ってくるかと思って待っていたが、いつまで待っても戻って来なかった。ミウが不安そうな表情で洞の奥を見ている。

 

「ヒロのおばあちゃんが心配してるかもしれないから、おばあちゃんの家に行こう」

ケンは、泣き出しそうなミウの手を引いて走り出した。

 

ヒロの帰りが遅いので、外に出て遠くを見ていたばあちゃんがケンとミウに気がついた。

「おや、ケン、ミウ、今朝は早くからどうしたの?ヒロを見なかったかい?」

 

「おばあちゃん、ヒロとサスケがサーヤを捜すって言って、神社の裏の洞の奥に消えていったの。どうすれば、わたし達も洞の奥に入れるの?」

 

「それは、わたしには分からないよ・・・ケンの父さんなら忍者だから知っているかも知れないよ」

 

「そうか!父さんに教えてもらおう。おばあちゃん、ありがとう。急いで父さんのところに行こう、ミウ!」

 

洞の奥に消えたサスケとヒロは、強い風に巻き上げられた。

あっと言う間もなく竜が現れ、サスケとヒロを乗せて空高く上昇し始めた。

 

この竜は、以前乗ったことのある頭の割に体が小さい子供の竜だ。

ヒロが竜に話しかけた。

 

「僕は、早くサーヤに会いたいんだ。サーヤならマリを救えるって、母さんが言ったんだよ。サーヤはインドの山奥にいるはずだよ。

 

 だけど、今じゃなくて過去の時代にいるらしい。僕とサスケをサーヤの所に連れて行ってくれないか?」

 

しかし、竜は返事をせず、雲を突き抜けて上昇し続けた。空が濃い青に変わっても上昇し続け、ヒロの目には地球の形が丸く見えてきた。

 

ヒロはさっきから次々に薄いカーテンを突き抜けているような気がしている。

不安になってきたヒロが竜に聞いた。

 

「君は僕たちをどこに連れて行こうとしてるんだい?サーヤの所に向かっているの?」

 

*** 薄いカーテンを突き抜けているような気がするのは、過去に向かっているからだよ・・・

 

竜の声が聞こえた訳ではないのに、ヒロの心に竜の言葉が直接伝わった。

 

「あーっ驚いた。君は僕たちの言葉を話せるんだね!サスケは賢いけど、人間の言葉は話せないんだ」

 

*** ヒロ、影宇宙の中ではおいらも人間の言葉を話せるよ・・・

サスケがヒロの心に直接話しかけてきた。

 

「えーっ、サスケも僕たちの言葉を話せるのかあ!影宇宙の中って不思議だなあ・・・」

 

<第42話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第42話>

 

*** サーヤはインドの山奥のどこにいるの?詳しい場所を教えてよ・・・

竜が質問したが、ヒロは詳しい場所を知らない。

 

「雪で真っ白な高い山がいくつもあって、その下の方にある田舎の村だよ。すごい山奥だけど、お釈迦様の一族はそこで暮らしているそうだよ」

 

*** そんな説明じゃあ、サーヤのいる所には行けないよ。サスケはサーヤの匂いとか声のする方向が分かるんじゃないか?・・・

竜はヒロよりサスケの能力を頼りにしているようだ。

 

*** まだ遠すぎて、何の匂いも声もしないよ。とにかく過去のインドに向かって行けば、匂いか声が届くはずだよ・・・

サスケは賢いのか大雑把なのか分からないような返事をした。

 

*** じゃあ、インドに向かって時間を遡るから、しっかりおいらにつかまっておくれよ・・・

竜はどんどん斜め上に昇っていった。

 

「時間を遡って過去のインドに行けるんだったら、過去の奈良にも行けるんだろう?マリが怪我をする前に行けば、僕がマリを守ってあげられるよ!」

 

ヒロが竜に話しかけると、同情たっぷりの声で竜が答えた。

「宇宙の時間は、そんなに簡単じゃないんだ。マリが怪我をする前に行っても、後で同じことが起きるんだよ」

 

一方、家に戻ったケンは、ヒロが神社の裏の洞の奥に消えていったことを父親、ソラノ先生に話した。

 

「俺とミウも、ヒロと一緒にマリを助けたいんだ。洞の奥に入る方法を教えてください」

 

ソラノ先生は上を向いてしばらく考えていたが、ケンとミウに視線を向けて話し始めた。

 

「ヒロのお父さん、アオヤマシュウジさんは、志能備神社という特別な神社の子孫だから八百万の神々の力を授かっている。一方、ヒロのお母さん、エミリさんは仏陀の子孫として特別な力を持っている。

 

 だからヒロには、八百万の神々と仏教が融合した特別な能力があるのだろう。忍者として、ヒロは確かに優秀だが、ケンとミウも同じように優秀だ。そうすると、神社の洞の奥に入るには、ヒロと同じような特別な能力が必要だということになる。

 

 それは、神々に通じる能力だ。志能備神社の裏の洞は、神様の抜け道につながっていると言われている。だから特別な能力があれば、神様の抜け道を通って影宇宙に入れるのだろう」

 

「父さん、その特別な能力は、どうすれば俺たちも持つことができるの?」

 

「実は父さんにも分からないが、八百万の神々と仏教の両方から神々に通じる能力を授けてもらう修行をすればいいと思う。幸い、志能備神社という特別な神社と仏教の東大寺大仏殿がすぐ近くにある。

 

 マリを助けたいという願いを込めて、一心不乱に念じるんだ。心のエネルギーを集中させるために、印を結んで呪文を唱えなさい」

 

ケンとミウは、その場で精神を統一して、心のエネルギーを集中し始めた。

しかし、ソラノ先生には、ケンとミウが特別な能力を身につけるためには、さらに何かが必要だと思われた。

 

「このまま訓練していても、特別な能力が身につくまで時間がかかり過ぎる・・・ミウのお母さん、クロイワ先生に、心のエネルギーを強烈に集中できる薬草を調合してもらった方がいい」

 

<第43話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第43話>

 

「じゃあ、わたしの家に行って、母にお願いしましょう、ケン」

 

ミウとケンは、大急ぎでミウの家に行き、クロイワ先生に事情を説明した。

 

クロイワ先生はおだやかな表情で聞いていたが、ミウの説明が終わるとすぐに自分の部屋に入っていった。

 

ミウとケンが待っていると、クロイワ先生が古いノートを持って部屋から出てきた。

 

「ヒロのお父さん、シュウジさんが志能備高校の二年生で、私が一年生の時だったわ。志能備神社の裏の洞から神様の抜け道に入りたいから、薬草を調合してくれって、シュウジさんが私に頼んだのよ。

 

 高校の先生より、私の方が薬草をよく知ってるからって言ってたわ。その時、古い文献を調べて、薬草の組み合わせをいろいろ試しながら書いたのがこのノートよ」

 

クロイワ先生は、一ページずつめくりながら詳しく思い出そうとしていた。

 

「それでヒロのお父さんは、神社の裏の洞から神様の抜け道に入ることができたの?どうやって薬草を調合したの?」

 

ミウは早くヒロの後を追って行きたくて、ノートを覗き込んだ。

 

「ヒロのおじいさんに連れられて神様の抜け道に入ったって、シュウジさんは言ったのよ。そして、その先に不思議な空間が見えたけど、私が調合した薬草の効果だったか分からないって、言ってたわ。

 このことは誰にも言わないようにしてくれって頼まれたの」

 

「その不思議な空間っていうのが、影宇宙なんじゃないの?お母さんの調合した薬草で影宇宙に入れるってことよ!」

 

「それはどうか分からないけど、あの時の方法で薬草を調合するから、二人とも精神を統一して心のエネルギーを集中する訓練を続けなさい」

 

クロイワ先生は、ノートを持って自分の部屋に戻って行った。

 

ミウとケンが精神を統一して心のエネルギーを集中する訓練を続けていると、バタバタとスガワラ先生が玄関に駆け込んできた。

 

「クロイワ先生!ヒロが神社の裏の洞の奥に消えていったって、おばあちゃんから聞いたけど、本当ですか?」

 

「あっ、スガワラ先生。それは本当です。わたし達もヒロの後を追うために訓練を受けているところです」

 

ミウが玄関に出て、これまでの出来事を説明した。そこに、薬草を調合して茶色いビンに入れたものをクロイワ先生が持って来た。

 

「スガワラ先生、そんなに慌てないでください。ミウ、ケン、私が高校生の時にシュウジさんに渡したものと同じ方法で調合した薬がこのビンに入っているわ」

 

「お母さん、ありがとう。これを飲めばいいの?」

ミウがビンを受取って、ビンのふたを開けると、強烈な匂いがした。

 

「その薬は飲むものではないのよ。その匂いに包まれて精神を統一すると、神々の世界に近づけると言われているのよ」

 

クロイワ先生が説明すると、スガワラ先生が手をパンと打って話しだした。

 

「奈良が日本の首都になるよりずっと前の時代に、神官がその薬を八百万の神々に捧げて祈っていたそうだ。すると、天空から竜が顔を出したので神官が気絶したんだが、その後、気がつくと願いが叶っていたそうだ」

 

<第44話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第44話>

 

「竜って言えば・・・この前ヒロが影宇宙に入った時に竜が現れたって言っていました」

ケンがミウと顔を見合わせて言った。

 

すると、スガワラ先生が大きくうなずいて、クロイワ先生を見た。

 

「クロイワ先生、この二人だけでは危ないから、私も一緒にヒロの後を追いかけます。二、三日で帰ってきますから、私の担当の授業のことは、校長先生に相談してください」

 

「えっ、そんな・・・」

クロイワ先生が何か言おうとしたが、その前にスガワラ先生は、薬の入ったビンを持って玄関を飛び出していた。

 

「ミウ、ケン、神社の裏の洞に向かって走るぞーっ。急げー!」

スガワラ先生に続いてケンとミウも駆け出そうとしたが、クロイワ先生がミウを呼び止めた。

 

「ミウ、この小さなビンに同じ薬が入っているから、もしもの時に使いなさい」

 

「ありがとう、お母さん。じゃあ、行ってきます」

ミウは、そのビンを帆布で作った小さなポシェットに入れて肩に掛けた。

 

神社の裏の洞の前に着くと、スガワラ先生が薬の入った茶色いビンのふたを開け、三人は精神を統一して祈った。

いつの間にか、カゲマルとコタロウも三人の後に座って、じっとしている。

 

「シュウジが巻き込まれた事件と、ヒロに教えた超古代の四つの謎には、どんな関係があるのか?シュウジは、ヒロが成長するのを待っていたのかもしれない。

 

 サーヤは何故、過去のインドにいるのか?そこに行く方法を教えてください、八百万の神々!」

 

スガワラ先生は気持ちが昂って、声が大きくなった。

 マリを救いたい一心で影宇宙に入ったヒロの後を追うには、ミウとケンも同じように一心に願わなくてはならない。

 

「神様、マリを救いたいんです。そのために、早くサーヤに会わせてください。ヒロは今、どこにいるのですか?ヒロのところに連れて行ってください!」

ミウは、ヒロと一緒にマリを救いたいと願った。

 

「俺は、サーヤを奈良に連れて帰って、マリの命を救ってもらいたいんです。

 ヒロは先に行っちゃったけど、ミウと一緒に追いつけるようにしてください、神様!」

ケンは、ミウと一緒にヒロに追いついて、マリを救いたいと願った。

 

祈り続けていた三人は疲れ果てて、洞の入り口で眠ってしまった。

薬の入ったビンの中から強烈な匂いが立ち昇っている。

 

その匂いに引き寄せられたように、洞の奥から三匹の竜が顔を出した。

三匹の竜は、ヒロが乗った竜の兄弟だった。

 

それぞれ、ジリュウ、サブリュウ、シリュウという名前がある。

ジリュウはミウとカゲマルを乗せ、サブリュウはケンとコタロウを乗せた。

 

シリュウはスガワラ先生を乗せ、三匹の竜はものすごいスピードで、ヒロを乗せたタリュウの後を追いかけた。

 

「あれ、今、大きな惑星が目の前を横切ったような気がする。今のは何だったの?」

タリュウに乗ったヒロが、後を振り返りながら言った。

 

*** ヒロ、今のは月だよ。月は惑星じゃなくて、地球の衛星だよ。

おいら達は宇宙の中の同じ場所で時間を遡っているから、地球が離れて月が近づくこともあるんだよ・・・

 

タリュウは、ヒロが驚いていることを楽しんでいるようだ。

 

「月が地球を回り、地球が太陽を回っているから、そうかもしれないけど、太陽も銀河の中心を回っているじゃないか。

同じ場所にいると、太陽が近づいてきた時、僕たちは呑み込まれてしまうよ」

 

*** ヒロ、何億年前に太陽系が誕生したか知っているかい?

「太陽も地球もだいたい46億年前にできたって言われているよ」

 

*** よく知ってるな、ヒロ。太陽が銀河を一周するのに二億五千万年かかるから、太陽は誕生してからこれまでに銀河を十八週したんだよ。

 

 時間を何億年も遡るときは銀河の中の同じ場所にいるけど、十年や百年遡るときは太陽系の中の同じ場所にいるから太陽に呑み込まれることはないよ・・・

 

<第45話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

<第45話>

 

「それなら安心だけど、僕たちは何年前のインドに行こうとしてるの?」

 

*** どんどん時間を遡ったから、千年くらい前に来ていると思うよ。サスケ、サーヤの匂いとか声のする方向が分かるかい?・・・

 

サスケは耳を澄まし、鼻をクンクンさせてサーヤのいる場所を捜しながら答えた。

*** まだ分からない。だけど、影宇宙を出て捜したら分かるかも知れない・・・

 

*** そうだな、サスケ。じゃあ、あそこに大きな街が見えるから、そこで教えてもらえばいい・・・

 

「ちょっと待ってよ。サーヤは、こんな街じゃなくて、インドの山奥にいるんだよ」

 

ヒロが大きな街に出ることを嫌がったが、サスケは何かを感じていた。

*** ヒロ、まだ分からないけど、この街に出てみようよ・・・

 

*** じゃあ、ここでお別れだな、ヒロ、サスケ・・・

 

ヒロとサスケは、タリュウから降りて、街のはずれの岩山の洞から出てきた。

小さな岩山だが、頂上に登ると、街全体が見渡せる。

 

「この街は、スガワラ先生に教えてもらったモヘンジョ・ダロに似ているよ、サスケ」

 

街を見ながら、ヒロがサスケに話しかけたが、サスケはワンと応えた。

「サスケは、影宇宙の外では人間の言葉を話せないのか・・・」

 

ヒロを乗せたタリュウの後を追いかけていた三匹の竜は、タリュウがヒロとサスケを影宇宙の外に降ろしたことを感じとった。

 

*** サブリュウ、シリュウ、もっとスピードを上げよう・・・

*** そうだな、ジリュウ、シリュウ。急がないと、ヒロを見失ってしまう・・・

*** よし、急ごう、ジリュウ、サブリュウ・・・

 

「エーッ、お前達は人間の言葉を話せるのかあ!」

スガワラ先生は、ビックリしてシリュウから落ちそうになった。

 

「先生、俺もビックリしました。サブリュウ、お前の名前はサブリュウっていうんだな」

*** そうだよ、ケン。そして、こっちの竜がジリュウ、あっちがシリュウ・・・

 

*** ケン、影宇宙の中ではおいらも人間の言葉を話せるよ・・・

コタロウがケンの心に直接話しかけてきた。

 

「えーっ、コタロウも俺たちの言葉を話せるのか!」

「影宇宙の中って、不思議なことばかりだね!カゲマルは、ヒロのいる場所がわかるの?」

 

*** ミウ、もう少し時間を遡ったらヒロとサスケに追いつけるよ・・・

カゲマルがミウの心に直接応えた。

 

「ヒロは、どこに向かっているんだろう?危険な場所じゃなきゃ、いいんだけど・・・」

ミウが小さな声でつぶやいた。

 

三匹の竜はぐんぐんスピードを上げて時間を遡って行く。

 

*** ミウ、随分ヒロのことを心配しているねえ・・・

ミウを乗せたジリュウが、直接ミウの心に語りかけた。

 

「だって、ヒロは・・・」

ミウは、ヒロのことを想うと胸が熱くなることに気づいた。

 

しかし、ヒロはマリを救いたい一心でミウの気持ちに気づいていない。

一方、ケンは幼い頃からミウが好きだった。

 

<第46話へ続く>

 

(C)Copyright 2012, 鶴野 正

 

What's New

ここには全ページに

共通の項目が表示されます。

 

<利用例>

What's New!

 

<利用例>

お問合わせはこちらから