宇宙の忍者 ヒロ  1章 3節

 

 

<第20話>

 

3節 超古代の四つの謎

 

スガワラ先生に呼ばれたヒロが教室の外に出ると、先生が意外な質問をした。

 

「ヒロは、いつ十三歳になるんだ?」

 

「誕生日が十一月十一日ですから、明日です」

 

何故そんなことを訊くのだろうと思いながら、ヒロは先生の顔を見た。

 

「そうか、それならいいんだ。明日の授業を楽しみにしていろよ」

 

そう言って、先生はもじゃもじゃ頭を右手でかきまわしながら、職員室に帰って行った。

 

スガワラ先生は、ヒロの父親シュウジと同じ忍者学校の同級生で仲が良かった。ヒロとサーヤが生まれた後も、お互いの家に行っていろいろな話をしていた。

 

「ヒロが13歳になったら、これまでに話した超古代の四つの謎を生徒達に教えてくれ」

 

八年前、シュウジが行方不明になる前に会った時、シュウジから頼まれた。

だからスガワラ先生は、超古代の4つの謎を解けばシュウジの行方が分かるかも知れないと思っている。

 

次の日の歴史の授業の時間が来た。スガワラ先生は昨日と同じ服を着て、もじゃもじゃ頭をかきまわしながら教室に入ってきた。

 

「歴史の授業を始めるぞー。みんな、この小さな四角いものが何だか分かるか?」

 

先生が、黒っぽい色をした縦横高さそれぞれ五センチメートルの物体を懐から出して、教壇の机の上に置いた。

 

よく見ると、二つの面に小さな窓があり、別の面にボタンがいくつか付いている。

 

「江戸時代の万華鏡じゃないですか?」

背の高いナオミが、その物体をよーく見ようと後方の席から身を乗り出しながら言った。

 

「残念ながら過去の物ではない。この物体は、昨日紹介した最新科学を使って作った装置なんだ。これから教室を立体シアターに変えて、三次元の映像を映し出すから、みんな席から離れるなよー」

 

先生がそう言って教室の壁のスイッチを押すと、教室前面の壁が静かに開いて奥に空間が現れた。

 

同時に、生徒達が座ったまま床と天井が傾いて、映画館のように後方の席が高くなった。

 

「この小さな四角い物体は幻PCといって、世界に一つしかない凄い装置だぞ」

 

そう言いながら先生は、教壇の机の上にある幻PCの一つの窓を前に向けて、横に付いているボタンを押した。

 

すると教室前方の奥の空間にぼんやりと三次元の映像が現れた。

 

続いて、先生が幻PCの別のボタンを押すと、もう一つの窓から机の上にパソコンのキーボードが映し出された。

 

幻PCは、キーボードを平面に投影して操作するように設計されている。

 

「今日は超古代の四つの謎を勉強する。超古代インドの謎、超古代エジプトの謎、超古代メソポタミアの謎、そして超古代南米の謎だ。

 

四つの謎を解くために、情報収集術を実際に使うんだ。そうすれば、変装術、心理術、侵入術、幻術の総合力を修練することになる」

 

先生が説明しながらキーボードをもの凄い速さで叩くと、教室前方の奥の空間に生徒達の知らない遺跡がくっきりと現れた。

 

これは三次元の映像だが、本物の遺跡のようにリアルに見える。

 

「最初に勉強する謎は、前方に見えている超古代インドのモヘンジョ・ダロの遺跡に関する謎だ。これから現場に行くから、変装術を使って、みんな自分の親の姿に変身しろー」

 

そう言いながら、スガワラ先生はカーキ色の服を着た現地ガイドの姿に変身した。

 

「僕は両親の姿をよく憶えていないので、ばあちゃんの姿に変身しました」

ヒロは白髪頭のばあちゃんに変装して、ゆっくり歩いている。

 

すると、ジョウが太った大柄の女性の姿に変装して、恥ずかしそうに言った。

「俺のオヤジは痩せてるから、太ってるオフクロに変身しましたー」

 

「ハハハッ、気持ち悪いが上手く変装できてるぞ、ジョウ。よーし、全員変身したな。じゃあ、みんな、この指先を見ろ!」

 

スガワラ先生が突き出した左手の人差指を、生徒達が見た瞬間に、教室が消えて本物の遺跡が目の前に現れた。

 

遺跡の周りは、ぽつぽつと草木が生えている砂漠だ。生徒達は先生の幻術にかかったのだ。

 

<第21話へ続く>

 

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<第21話>

 

 「では、皆さん、向こうの丘の上に見える丸い塔をみてくださーい。あの塔は、インダス文明時代の遺跡の上に造られた高さ十五メートルある仏教時代のストゥーパです。

 

インダス文明は、仏教時代よりずうーっと古くて、今から四千五百年前が絶頂期だったと言われていまーす」

 

現地ガイドに変身したスガワラ先生が、訛りの強い日本語で説明した。

生徒達三十人は変装して、日本人観光客グループになりきっている。

 

強い日差しに照らされて凄く暑いので、付近には他の観光客グループの姿は見えない。

 

大柄な母親に変身したミキが、汗を拭きながら質問した。

「ガイドさん、この水泳プールの跡みたいなものは何ですか?」

 

「この遺跡は沐浴場の跡で、縦七メートル、横十二メートル、深さ二メートル以上の大きさです。レンガを密着させて精巧に造られた壁には、タールを塗って防水していました。ここに水を溜めて、何らかの宗教的儀式が行われていたと考えられます」

 

現地ガイドが、何でも知ってるぞ、という顔をして説明すると、強い日差しを手で遮りながら、理知的な母親に変身したミウが言った。

 

「ガイドさん、暑いから大急ぎで遺跡全部を案内してください。早くしないと日焼けしてしまいます」

 

「まるで、クロイワ先生に叱られているみたいだなあ。分かりました。皆さん、この絨毯に乗ってください。さあ、出発しまーす」

 

現地ガイドが広げた布に皆が乗ると、魔法の絨毯のようにフワリと浮き上がった。生徒達は座ったままで遺跡全体が見えるので、大喜びだ。

 

「あれは穀物倉の跡で、縦二十五メートル、横四十五メートルの広大な建物でした。この辺りは政治の中心地で、大きな建物や施設の跡が沢山あります。

 

そちらの深い溝は、排水溝です。ここでは給排水システムが発達していて、整備された上下水道網が建物の間に張り巡らされていました」

 

現地ガイドの説明を聞いて、父親の姿に変身した身軽なヨウが、絨毯からサッと飛び降りた。

 

「俺は絨毯の上から見るより、地面を歩いて遺跡を見たいんです」

 

すると五百メートル離れた市街地跡に向かって、空飛ぶ絨毯がスーッと動き出した。

慌ててヨウが絨毯に飛びついたが、失敗して悔しがった。

 

「この市街地跡を見てください、縦横に張り巡らされた道路は整然としています。住宅地の道幅やレンガの規格は統一されていて、主な道路はレンガで舗装されています。

 

道路に沿って並んだ住宅跡は焼きレンガで造られていて、あちこちに残っている井戸も焼きレンガ造りです。あっ、その煙突のような筒が井戸の跡です。住宅地の給排水設備も完備していました。この都市には三万人が住んでいたと思われます」

 

現地ガイドの説明で、生徒達はモヘンジョ・ダロが緻密な都市計画のもとに建設された古代都市だったことを理解した。

 

「日本ではまだ縄文時代だった四千五百年前に、こんな凄い都市が造られてたなんて・・・」

 

ばあちゃんに変身していることを忘れて、ヒロが感激していた。

見渡すと周囲五キロほどの広さだ。

 

気がつくと、向こうからヨウが慌てて忍者走りで近づいてくる。

「たいへんだあー、警備員が空飛ぶ絨毯を見つけて、こっちに来るぞーっ」

 

絨毯に追いついたヨウが飛び乗ると、現地ガイドに変身している先生は落ち着いて説明を続けた。

 

「モヘンジョ・ダロは四千年前の遺跡ですが、その下にもっと古い時代の遺跡が何層か重なって埋もれています。

 

つまり、最初の文明が廃虚になると、その遺跡の上に新しい文明が栄え、それが廃墟になると、またその遺跡の上に新しい時代の遺跡が覆うというように重なっています。最古の遺跡は七千年前のものと推測されていますが、その文明の起源は謎に包まれています」

 

警備員が二人、必死に走って近づいてくる。警備員達は訛った英語で何か叫んでいる。

 

<第22話へ続く>

 

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<第22話>

 

 「先生、じゃなかったガイドさん!警備員に捕まってしまいますよー!」

 

すぐそこまで近づいて来た警備員を見て、生徒達が大声をあげた。

 

一人の警備員がジャンプして絨毯をつかもうとした時、絨毯はフワフワと少しだけ高く浮上したので届かなかった。

 

「ううーん、エネルギーが足りないから、これ以上浮上できない。みんなのエネルギーを集中して、一緒に絨毯を浮上させてくれっ!」

 

現地ガイドの姿のまま、声だけスガワラ先生に戻ってしまった。

先生はかなり焦っている。

 

「ハーッ」、「ヤアッ」、「フーッ」、「ムッ」、生徒達がそれぞれ気合いを入れると、絨毯がフワーッと浮上した。

 

「いいぞ、みんな、良くやった!よーし、ここから脱出しよう」

ホッとした顔になって先生が前を見ると、その視線の先に向かって絨毯が飛んで行った。

 

「もう一つ大きな謎があります。何故、こんな巨大な文明が崩壊して滅んでいったのかという謎です。その謎を、これから皆さんに調べてもらいます」

 

先生の声が現地ガイドに戻っている。

絨毯は誰もいない所を選んで飛んで行った。

 

博物館に近い空き地に誰もいないことを確かめて、絨毯からみんなが降りた。

 

「目の前に遺跡も博物館もあるから、変装術、心理術、侵入術、幻術の総合力を使って、自分の力で謎を調べてください」

 

先生が静かな声で指示すると、観光客に変装した生徒達は各自それぞれ動き出した。

 

暫くして、自分の父親に変身したケンが戻ってきて、先生に報告しようとした。すると、向こうから自分の母親に変身したミウも戻ってきた。

 

その後から、ばあちゃんに変身したヒロも戻ってきた。

そして、マリもジョウもミキも・・・全員戻ってきて、先生の周りに集まった。

 

「じゃあ、早く戻ってきた順に報告してもらいましょう。最初はソラノさん」

現地ガイドの声で、先生がケンを指名した。

 

「三人の観光客から別々に、こんな話を聞きました。モヘンジョ・ダロの謎の一つとして、黒いガラス質の石がびっしりと地面を覆っている場所があるそうです。

 

その八百メートル四方の場所の表面は、砂やレンガが瞬間的に二千度以上の高熱を浴びた結果、融けてガラス状に固まったと推測されています。

しかも、その場所では、通常の五十倍も高い濃度の放射能が検出されたそうです。 


 

その場所で何千年も前に、核爆発が起きたのではないかと言われているそうです。でも、三人の観光客は、その場所がどこにあるのか知りませんでした」

 

ケンが父親に似た太い声で報告すると、十人の生徒達が口々に、同じ話を聞いたと言った。

 

「その話は、もっと詳しく調べる必要がありそうですね。次は、クロイワさん、報告してください」

 

先生がミウを指名すると、ミウが自分の母親と同じ落ち着いた声で話した。

 

「博物館の中の展示物や資料を調べて、分かったことを報告します。

古代インドの二大叙事詩を知っていますか?

 

マハーバーラタとラーマーヤナですが、その中には、神々の戦争シーンが描かれた箇所があります。

 

水銀と強風を動力にして滑空するヴィマナという飛行機は、強烈に輝く火炎を噴射して、もの凄い轟音とともに空高く雲の上に昇って行くということです。 


 

その飛行機に乗っていた神々の一人が都市に向かってアグネアの矢を投げると、その都市は太陽よりも激しく輝いて、生物は死に絶えて灰になってしまったと書かれています。


 




二つの叙事詩に描かれていることと、ケンが報告した高熱を浴びた場所との関係は不明ですが、叙事詩の中にモヘンジョ・ダロの滅亡の謎を解く鍵が隠されていると、博物館の人が言っていました」

 

ミウの報告を聞いて、九人の生徒達が同じような話を聞いたと言った。

 

<第23話へ続く>

 

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<第23話>

 

「興味深い内容ですが、モヘンジョ・ダロ滅亡の謎は益々深まりますね。次は、アオヤマのおばあちゃん、報告してください」

 

先生は興奮した様子で、ばあちゃんに変身したヒロを指名した。

 

「インド人の観光客と博物館の人から聞いたことを報告しますよ。このモヘンジョ・ダロ古代都市の起原は六千年前か七千年前と推測されるので、世界最古の都市文明ということになるそうです。

 

だけどね、今から十年前に、インドのカンベイ湾の深さ四十メートルの海底から、九千五百年前の超古代都市の遺跡が発見されたということですよ。その都市遺跡の建物跡や道路跡の様子はモヘンジョ・ダロ遺跡に似ているそうです。

 

しかもその都市は、一万三千年前に造られたと推測されているので、カンベイ湾の古代都市が世界最古の都市文明ということになりますねえ」

 

ばあちゃんらしい静かな声でヒロが報告すると、七人の生徒達が似たような話を聞いたと言った。

 

「モヘンジョ・ダロの最古の遺跡が七千年前なのに、それより六千年も前にカンベイ湾の超古代都市が造られていたというのは驚きだな。しかも、その超古代都市が海に沈んだ理由も謎だ。

 

超古代インドの謎を解くのは時間がかかるということが分かったので、一度教室に戻ろう。さあ、みんな、この指先を見ろ!」

 

スガワラ先生が突き出した左手の人差指を、生徒達が見た瞬間に、モヘンジョ・ダロの遺跡も博物館も消えて、生徒達は元の教室の中に戻っていた。

 

ヒロが何気なく窓の方を見ると、外からサスケとカゲマルが教室の中を覗いていた。スガワラ先生は、もの凄い速さで幻PCのキーボードを叩いている。

 

ヒロはミウに合図をして、先生に内緒でサスケとカゲマルを教室の中に入れた。コタロウも後からついて中に入ったが、生徒達は黙ってその様子を見ていた。

 

気がつくと、教室前方の奥の空間にエジプトのピラミッドらしい三次元映像が現れた。

先生がキーボードから顔を上げて、生徒達に言った。

 

「今度は、超古代エジプトの謎を勉強するぞ。

みんなは、ギザの三大ピラミッドがいつ頃造られたか知ってるな?

 

ギザの大スフィンクスは、それより以前に造られたんだが、謎が多い。

大スフィンクスの建造年代は、九千年前から七千年前ということになっている」

 

「大スフィンクスを造ったのは誰だったんですか?」

科学好きのロンが身を乗り出して質問すると、先生は両手を広げて答えた。

 

「これまでの研究では、造ったのは古代エジプト人ではないという説が有力だ」

「古代エジプト人じゃなければ、誰なんですか?」

 

大柄なミキが立ち上がって質問すると、先生は待ってました、という顔で言った。

 

「それが今日勉強する謎だ!七千年前より古い時代の記録は、ほとんど残されていない。

しかし、古い時代の記録が大スフィンクスの中に隠されていると考える研究者がいるんだ。

 

その記録を見つけて解読すれば、大スフィンクスを造ったのが誰か分かるはずだ!」

 

「でも、どうやって大スフィンクスの中にある記録を見つけるんですか?」

身軽なヨウが腰を浮かして質問すると、先生は生徒達を見回しながら話を続けた。

 

「ヘロドトスというギリシャの歴史家のことは、みんな知っているな?

ヘロドトスは二千四百年前にエジプトを訪れて、三大ピラミッドの地下にある隠し通路と隠し部屋について記述している。

 

その隠し通路は、大スフィンクスの地下まで続いていると記述されているんだ。大スフィンクスの前足の後ろに隠し通路の入り口があるから、そこから中に入って古い記録を見つけよう」

 

<第24話へ続く>

 

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<第24話>

 

 「やったあー!今度はエジプトのピラミッドに行けるんですか?」

 

マリが明るい笑顔で歓声を上げると、先生は無理に厳しい表情になって言った。

 

「隠し通路に侵入するのは難しいぞ!みんな、変装してエジプトの中学生になれー。

 

情報収集術の装置や道具を持って行くのを忘れるなよ。さあ、みんな、この指先を見ろ!」

 

スガワラ先生が突き出した左手の人差指を、生徒達が見た瞬間に、教室が消えて本物の大スフィンクスが前方に現れた。

先生は、エジプトの学校の先生の姿に変装している。

 

「向こうの大スフィンクスの近くには、観光客が多いし警備員もいるから、隠し通路に侵入するのは簡単じゃないぞ。侵入している間は、観光客や警備員達の注意をそらしておく必要がある。そのために、メンバーを四つの班に分けるぞ」

 

大スフィンクスから離れた場所で、先生が小さな声で生徒達に言った。

この付近には観光客も警備員もいないが、大スフィンクスや三大ピラミッドの周辺には大勢の人がいる。

 

生徒達は、先生の指示で四つの班に分かれた。先班はマリを含む歌の上手な生徒達七人、中班はジョウやミキのような大柄の騒がしい生徒達九人だ。

 

後班は身軽なヨウや背の高いナオミを含む動きの速い生徒達十人、そして侵入班はヒロ、ケン、ミウの三人とサスケ、コタロウ、カゲマルの三匹だ。この三匹が教室に入ってきたことに、先生は気づいていたのだ。

 

最後にもう一人、科学好きのロンは、全体の作戦を指示する先生のアシスタントになった。

 

「さあ、先班、中班、後班は、クフ王のピラミッドの近くへ移動して、先班から作戦を開始しろ。侵入班とロンは、大スフィンクスの隠し通路の入り口に向かうぞ」

 

スガワラ先生が指示を出して暫くすると、大スフィンクスから離れたクフ王のピラミッドの近くで、マリが魅力的な声で歌い始めた。

 

その歌声に合わせて、先班の生徒達が大声で合唱し始めた。生徒達は、よく目立つ赤いチェック柄の制服を着ている。

 

次第に観光客が周りに集まってきて、大スフィンクスの付近にいた人達も大勢、先班の方へ移動して行った。

 

「先生、隠し通路に侵入するところが映らないように、監視カメラにダミーの映像を映します」

 

超小型PCを操作していたロンが先生に言った。

「よしっ、急いで入れ!」

 

隠し通路の入り口付近に誰もいないことを確かめて、先生が指示を出すと侵入班の三人と三匹が、スーッと入り口に入って行った。

三人は、超小型赤外線ビデオカメラと超小型無線電話を持っている。

 

入り口から降りて行くと、隠し通路は大スフィンクスの内部へ続いている。しばらく進むと、その先は石が積み上げられていて行き止まりのようだ。

 

しかし近づくと、カフラー王のピラミッドの方角に向かって、三十センチ四方の狭い通路が延びている。

 

「こんなに狭い通路には入れないなあ」

ヒロが困った表情で呟くと、ミウがカゲマルを抱き上げて言った。

 

「カゲマルの体は細いから、もっと奥まで行けるよ。わたしの超小型赤外線ビデオカメラをカゲマルの額に付けておけば、カゲマルが見てきたものを後から見れるでしょ」

 

ミウがカゲマルの額にビデオカメラを付けて何か囁くと、カゲマルはサッと狭い通路に入って行った。

 

「先生、カゲマルが帰ってくるまで少し時間がかかりそうです」

超小型無線電話を通じて隠し通路の中の様子をモニターしていたロンが、スガワラ先生に告げた。

 

「分かった。じゃあ、中班に合図しよう」

 

先生が無線電話で合図すると、クフ王のピラミッド付近にいた中班のジョウとミキが、大声で喧嘩を始めた。

 

同時に中班の生徒達が、ジョウとミキを囲んで騒ぎだした。中班の生徒達も、よく目立つ赤いチェック柄の制服を着ている。

 

この騒ぎが始まったので、先班の歌声に飽きてスフィンクスの方に戻りかけていた観光客が、またクフ王のピラミッド付近に集まってきた。

 

騒いでいた中班の生徒達は、ジャンプ、とび蹴り、宙返りなどをして観客が飽きないように派手なパフォーマンスを続けた。

 

<第25話へ続く>

 

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<第25話>

 

 「あっ、光りが・・・二つ見える・・・」

 

隠し通路の中でカゲマルの帰りを待っていたミウが、狭い通路の中に黄色く光る二つの目が近づいてくるのに気がついた。

 

「カゲマルが帰ってきたよ。あー、カゲマル、何を見てきたの?」

ミウがカゲマルを抱き上げて、その額から超小型赤外線ビデオカメラをはずした。

 

ヒロとケンも近づいて、三人でビデオカメラの小さなモニター画面を見つめた。そこに写っていたものは、カフラー王のピラミッドまで続いていると思われる長い隠し通路と、その通路の天井に描かれている星空だった。

 

「あんなに狭い通路に、誰がどうやって星空を描いたんだろう」

ヒロが呟いたが、ケンもミウも答えが分からない。

 

通路も行き止まりなので、三人は諦めて入り口に戻ろうとした。

その時、隠し通路の中の積み上げられた石の上で、あちこち動き回っていたコタロウが通路の天井に頭をぶつけた。

 

その瞬間、ケンが寄りかかっていた大きな石がかすかに動いた。

「あれっ、この大きな石が動くぞ!」

 

ケンが大きな石を強く押すと、塞がれていた隠し通路が現れた。

隠し通路は、ナイル川の方角に向かって続いている。

 

その場にミウとカゲマルを残して、ヒロとケンがサスケとコタロウを連れて通路を進んだ。

しかしすぐに石の壁が現れて、行き止まりになった。

 

「今度もコタロウが天井に頭をぶつければ、石の壁が開くのかな・・・」

ケンがコタロウを持ち上げて天井に近づけると、コタロウが頭を天井にぶつけた。

 

「そんなに簡単じゃないだろう・・・」

ヒロが笑って見ていると、暫くしてほんとに横の石壁がギシギシと音を立てて開いた。

 

「エエーッ?! やったあー!これは隠し部屋だあー」

開いた横壁の向こうに進みながら、ヒロが歓声をあげるとサスケも飛び跳ねて喜んだ。

 

「暗くて良く見えないけど、円形競技場みたいな部屋だな」

続いて部屋に入ったケンが、暗い部屋を見渡して言った。

 

二人と二匹は慎重に進んで、部屋の中央に立った。

丸くて低い天井いっぱいに星座が描かれている。

 

ギイーッという音で振り返ると、今入ってきた入り口が勝手に閉まって出られなくなった。

 

「先に進む出口がどこかにあるはずだ。周りの壁にたくさん星座があるから、その中のどれかをたたけば、壁が開くんじゃないか」

 

薄れて見えにくくなった十二個の星座を見回しながらケンが言うと、ヒロが一つの星座を目指して前に進んだ。

 

「きっと、オリオン座をたたけば壁が開くよ!」

 

ヒロに続いてみんなが前に進み、丁度一つの長方形の石盤の端に乗った時、クルリと石盤が下に回転してみんな揃って落下した。

ドスンドスンと固い石のスロープに落ちた。

 

「ワッワアー!すっげえー急なスロープだなあ!」

ケンが叫びながら、急な石のスロープを滑り落ちて行く。

 

ケンに続いて、暗くて幅の狭いスロープをコタロウ、サスケ、ヒロの順に滑り落ちて行く。

 

幅の狭いスロープの両側がどんどん高い壁になるにつれて、スロープが緩やかになった。その先は行き止まりになっていたが、右手に大きな石があった。

 

「今度は、コタロウが頭をぶつける天井がないぞ」

ケンが上を見上げて呟いた時、ヒロが大きな石に寄りかかると、石がゆっくり滑って扉のように開いた。

 

そこは部屋ではなく、両側が高い壁になった暗い通路だ。

—— 簡単に開くなんて、気味が悪いなあ・・・

 

ヒロが先頭になって、 サスケ、コタロウ、ケンの順に狭くて暗い通路をゆっくりと進んだ。

 

その先は急角度の上り坂になっている。その上り坂の頂上で、大きな丸い石が今にも転がり落ちそうに揺れている。

 

「ケン、あの丸い石を見ろよ!こっちに落ちてくるぞー!」

ヒロが叫ぶと同時に、大きな丸い石がゴロリと狭いスロープを転がり落ちて、こっちにやってくる。

 

両側は高い壁になっていて、逃げ場は後しかない。

ヒロもケンも必死で後に走ったが、ゴロンゴロンと大きな石が凄いスピードで近づいてくる。

 

<第26話へ続く>

 

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 <第26話>

 

 「ウワッ、石に潰されるーっ!」

 

ケンが大声で叫んだ時、ヒロはサスケを抱き上げて、高く高くジャンプしながらケンに言った。

 

「思いっきりジャンプしよう。僕たちは忍者だろう!」

 

ケンもコタロウを左手で抱きかかえて、両側の高い壁を片方ずつ強く蹴って大きな石より高くジャンプした。

 

ジャンプした二人の下を通過した大きな石が、入り口の石の扉にぶつかった。その反動で入り口の石の扉が動き、床に開いた穴が現れた。

 

その穴に大きな丸い石が落ちて、ボッチャーンという音がした。大きな丸い石は、ナイル川に続く地下水路に落ちたようだ。

 

雨期になってナイル川の水位が上がれば、大きな丸い石は水圧を利用して再び上り坂の頂上に戻る仕組みになっているのだ。

 

難を逃れたヒロとケンは、上り坂の頂上まで駆け登った。大きな丸い石が乗っていた石造りの筒の両側は深い溝になっていて、下に地下水路が見える。

 

その溝の向こう側は四角い部屋になっていて、正面の壁一面に壁画が描かれている。壁画のなかには、飛行機、ヘリコプター、潜水艦、電球のようなものがある。

 

「七千年も前に何故、飛行機や潜水艦の絵を描けたんだろう・・・」

ケンが呟いたが、ヒロにも答えは分からない。

 

横の壁には石の棚が十段ほどあり、四角い石板が棚一杯に並べられている。もう一つの横壁にも十段ほどの棚があり、その全ての棚には粘土板が並んでいる。

 

「石板や粘土板に書かれている文字の意味は分からないけど、できるだけたくさん赤外線ビデオカメラで撮って帰ろう」

 

ヒロとケンは正面の壁画を撮った後、右と左に分かれて大急ぎで石板と粘土板の文字を撮影した。

 

「ヒロ達が大量の記録を撮影中です。まだまだ時間がかかると思います」

隠し通路の状況を外でモニターしているロンが、スガワラ先生に言った。

 

「そうか、次は後班の番だな」

スガワラ先生が後班に合図を送ると、身軽なヨウがクフ王のピラミッドをピョーンピョーンと飛びながら登り始めた。

 

クフ王のピラミッドはエジプト最大のピラミッドで、その高さは百四十メートルもある。ヨウはピョーンピョーンと飛びながら、どんどん頂上に近づいて行く。

 

あっけにとられていた観光客が、ヨウを指差して騒ぎだすと、大勢の観光客や警備員がクフ王のピラミッドに集まってきた。

 

すると、ピラミッドのそばで大勢の人達が集まるのを待っていたナオミや後班の生徒達が、一斉にピラミッドを駆け上り始めた。後班の生徒達も、よく目立つ赤いチェック柄の制服を着ている。

 

ほとんど全ての観光客がクフ王のピラミッドに集まって、十人の生徒達がピラミッドの頂上に登って行くのを見ている。

 

「アーアアー!」

ターザンのような大声を出して、ヨウがピラミッドの頂上から斜めに飛び出した。

 

下から見上げていた観光客は、ヨウがピラミッドの斜面にぶつかると思って、皆ハッと息をのんだ。しかし、ヨウが両手を大きく広げると、モモンガのようにスーッと斜めに滑空してピラミッドから離れた。

 

ヨウの家に代々伝わる滑空衣を着ていたのだ。それを見て、大勢の観光客は拍手喝采を送った。

 

すると、ヨウは地上百メートルくらいの高さから急に垂直に落ちた。またまた観光客がハッと息をのんで騒然となった。

 

五十メートルくらい落ちた時に、ヨウは重力操縦羽を広げて、「ヤッ」と掛け声をかけた。すると、垂直に落ちてきたヨウが直角に曲がり、スッと水平に飛んで半円を描いてピラミッドの裏側に消えて行った。

 

続いて、後班の生徒達が頂上からピラミッドの裏側にスッと消えて見えなくなった。

 

ピラミッドの裏側に来た後班の生徒達が、赤いチェック柄の制服を裏返すと、ピラミッドの石のような色の制服になって、ピラミッドの石と区別できなくなった。

 

<第27話へ続く>

 

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<第27話>

 

 「たくさん撮影したから、そろそろ隠し通路の入り口に戻ろうよ」

 

ヒロが四角い石板に刻まれた文字をビデオカメラで撮りながらケンに言った。

 

「そうだな。でも、この部屋からどうやって戻ればいいのかなあ」

ケンは部屋全体を見回しながら、ヒロだけでなくコタロウやサスケの顔を見た。

 

サスケの視線の先を見たコタロウが、横壁の石の棚の一番上に登って部屋の角の天井をたたいた。ヒロが棚の上に登って、その天井の石を押し上げると意外に簡単に動いて、人間が通れるくらいの穴が開いた。

 

「やったな、ヒロ!ここを通れば、もとの入り口に帰れる!」

ケンはサスケを上に持ち上げながら、声を弾ませた。

 

天井の穴から入ると、人間が中腰で歩けるくらいの狭い通路が伸びているが、緩やかな上り坂になっている。ようやく坂の頂上まで登ったら、今度は急な下り坂だ。

 

真っ暗で先が見えない。しかも排気口のように狭くて、足を下にして滑り落ちる以外に方法がない。

 

「この先に何があるか分からないけど、僕のあとから慎重に付いて来いよ」

ヒロが足を下にしてズルズルと滑り落ちて行った。

 

続いて、サスケ、コタロウ、ケンの順に滑り落ちて行った。ヒロが、滑る速度が徐々に速くなったと思ったら、ドスンと平らな石の上に落ちた。

 

最後にケンがドスンと落ちた時に平らな石が二つに割れて、みんなが隠し通路の中の積み上げられた石の上にゴロゴロと転がり落ちた。

 

「アアーッ、ヒロ!良かった、ケン!」

隠し通路でカゲマルと一緒に待っていたミウが、歓声を上げてヒロとケンに抱きついた。

 

「ヒロ達が入り口に戻ってきました。もうすぐ隠し通路から出てきます」

大スフィンクスから離れた場所で、隠し通路の状況をモニターしていたロンがスガワラ先生に告げた。

 

「そうか、みんなに目立たず帰ってくるように合図をしよう」

 

スガワラ先生が先班、中班、後班に合図を送っていると、ヒロ、ケン、ミウがスッと現れてニッコリ笑った。サスケ、コタロウ、カゲマルも得意顔になっている。

 

暫くして、ピラミッドの石のような色の制服になっていた生徒達が、数人ずつ目立たず帰ってきた。

 

「よーし、みんな揃ったようだな。警備員に見つかる前に教室に戻るぞー!さあ、みんな、この指先を見ろ!」

 

スガワラ先生が突き出した左手の人差指を、生徒達が見た瞬間に、大スフィンクスも三大ピラミッドも消えて、生徒達は元の教室の中に戻っていた。

 

「みんな、よく頑張ったな!みんなが各自の役割を果たしたから、侵入班が凄い発見をしたぞ。隠し通路の中を調べて、隠し部屋の様子や古い記録をビデオカメラで撮影してきたんだ」

 

先生が、興奮を抑えきれない声で生徒達に言った。

 

「でも、撮影した文字がいつの時代のどこの国の言葉か分かりません」

ヒロはビデオカメラを先生に渡しながら、みんなの顔を見た。

 

「隠し部屋の壁に、飛行機、ヘリコプター、潜水艦、電球のようなものが描いてあったけど、そんなものが七千年前にあったとは思えません」

ケンが先生に、ビデオカメラのモニターを見せた。

 

続いてミウもビデオカメラのモニターを先生に見せて言った。

「人間が入れないくらい狭い隠し通路の天井に、星空が描いてありました。どうやって描いたんでしょう?」

 

「七人の小人が描いたんじゃないの?白雪姫の物語に出てくる小人・・・」

そう言って、マリはミウの顔を見た。

 

<第28話へ続く>

 

(C)Copyright 2011, 鶴野 正

 

<第28話>

 

「おもしろい考えだが、科学的ではないな。大スフィンクスにはたくさんの謎があって、簡単には解決できないだろう。

 

ビデオカメラで撮ってきたものを、じっくり調べることにする。撮影した文字は、もしかしたら、一万年以上前に海中に消えたといわれるアトランティスの文字かもしれない」

 

先生が遠くを見るようにして言うと、ヒロが質問した。

「プラトンという古代ギリシャの哲学者が書いた本に出てくる、超古代の王国ですね」

 

「うん。一万年以上前に繁栄したアトランティスの中心地は、当時の海に近いところにあった。氷河期には大量の氷が陸上にあったから、二万年前の海面は今より百三十メートル低かったんだ。

 

しかし、氷河期が終わると陸地の氷が融けだし、二万年前から五千年前にかけて今の高さまで海面が上昇した。だから、アトランティス文明は一万一千年前に海中に沈んだんだ」

 

スガワラ先生は自分が発見した事実のように説明したが、実はフランスの学者が十年前に発表した学説だった。

 

「超古代のアトランティス文明が一万一千年前に海中に沈んだというのは、超古代インドの文明と同じですね。原因は海面上昇だったのかあ」

 

ヒロは、超古代の謎が地球の気候変動と関係していることに気づいた自分に満足していた。

 

「さあ次は、超古代メソポタミアの謎を勉強するぞ。一日は二十四時間、一時間は六十分、一分は六十秒というルールを始めたのは古代メソポタミアのシュメール人だ。

 

一ダースが十二個といった単位、占星術の黄道十二宮、ギリシャ神話の十二神も、シュメール文明が起源なんだ。シュメール人は六千年前に、六十進法の高度な数学を使っていたんだ。

 

シュメール人が残した古い記録には、『高度な天文学や医学の知識、合金の技術を神々から授かった』という意味のことが書かれている。しかし、高度な知識や技術を神様に教えてもらったなんて、信じるわけにはいかない。

 

だから、六千年前のシュメール人が高度な知識や技術をどうやって手に入れたかということが、超古代メソポタミアの謎なんだ」

 

スガワラ先生は、中学一年の生徒達が理解できるように簡単な言葉で話した。

 

「メソポタミアって、今のイラクですよね。シュメールの時代はどんな風景だったんですか?」

ミウは、地球の気候変動が関係しているのか、知りたかった。

 

「じゃあ、六千年前のメソポタミアに行ってみよう。全員で行くと多すぎるから、ミウ、ヒロ、マリ、ケンの四人だけが六千年前に行け!他の生徒は、ここに残って、四人が無事に帰ってくるように見守ってくれ」

 

スガワラ先生が幻PCのキーボードを凄い速さでたたくと、教室前方の奥の空間にシュメール人の古代都市らしい三次元映像が現れた。

 

「四人とも六千年前のシュメール人に変装しました。先生も変装してください」

古代ギリシャ人のような服を着たケンが、不安そうに言った。

 

「先生はここに残って、幻PCを操作しなければならない。心配しないで四人だけで行って来い!お前達はシュメール語を知らないが、うまくやれよ!」

 

先生が楽しそうに幻PCのキーボードをたたくと、四人の目の前に古代都市の道路が現れ、その先に高い塔が見えた。

 

ケンを先頭にミウ、マリ、ヒロの順で、まわりに気をつけて前に進んだ。時々古代シュメール人らしい人達とすれ違うが、怪しまれることはなかった。

 

丁度昼食の時間帯らしく、人通りが少なく静かだ。高い塔に近づくにつれ、それは縦横五十メートル、高さ三十メートルくらいの茶色いレンガ造りの建物だと分かった。

 

「あの長い階段を登れば、きっと塔の頂上から周りが見えるよ」

ヒロが、ゆっくりと階段を上り始めると、みんな静かについてきた。

 

頂上は平坦で広いが、中央に祭壇のような建物がある。

まわりを見渡すと、北の方角に大きな川、東の方角にかすかに海が見える。

 

この古代都市は、周囲十キロメートルくらいの城壁に囲まれていて、その外側には緑豊かな森や畑が広がっている。

 

「温暖な気候で、川にも海にも近い便利な場所だね」

ミウが、キラキラ光る川を見ながら言った。

 

「お前達は、ここで何をしている?」

突然、後から声をかけられた。

 

<第29話へ続く>

 

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<第29話>

 

みんなが恐る恐る振返ると、目が大きくあご髭をはやした古代シュメール人の中年男性がゆっくりと近づいてきた。

 

ケンが身構えたが、古代シュメール人は優しい声で話しかけてきた。

「どこから来た研修生だ?研修会場はこちらだよ」

 

「あー・・・ ナラから来ました。道に迷ってしまって・・・」

なぜか言葉が通じたので、ヒロが注意深く答えた。

 

「ナラ?東の方にある小さな町だったかな? とにかく、研修会が始まるからついて来なさい」

古代シュメール人は四人を疑いもせず、先に歩いて階段を下りて行った。

 

研修会場は、すぐ近くにあるレンガ造りの大きな建物だった。古代シュメール人の後について中に入ると、そこには三十人ほどの若い男女が立っていた。

 

この古代都市の進んだ技術や制度を学ぶために、まわりの都市から研修に来たエリート達だった。

 

「では、最も重要な宗教に関することから研修を始めよう。みんな、私の後からついて来なさい」

初老の神官が、壇上から研修生達を見渡して、大きな声で言った。

 

神官の後について研修会場を出ると、さっき登った高い建物と長い階段が見えた。

 

「我々の中心には、神様を祀るためのジッグラトが建てられている。目の前にあるジッグラトは、四階建てになっていて、最上階には神様に祈りを捧げるための神殿がある。

 

神様は天から我々を見ておられる。天候が良ければ農作物も良くできるが、天候や季節は神様が支配しておられる。

 

神様にお願いするには、天の法則を知らなければいけない。天の法則について説明するから、私について来なさい」

 

初老の神官は、ジッグラトの長い階段を登り、三階部分にある入口からジッグラトの中に入って行った。研修生達が中に入ると、そこは大きな四角い部屋だった。

 

二十人ほどの神官達が、粘土板に何かを書き付けたり、互いに話し合ったりしている。

 

「ここにいるのは、天の法則を知るために必要な天文学と数学を修得した最高の神官達だ。研修生は、それぞれ神官の近くに行って、何をしているのか教えてもらいなさい」

 

初老の神官にうながされて、研修生達はそれぞれ詳しく教えてもらった。

ヒロは、シュメール人が何百もの天文用語を使っていることに驚いた。

 

さらに、六十進法の数学を使い、正確な暦を作って日食、月食の時期や、惑星の細かな動きまで詳細に予想できることに感動した。

 

「次は、この都市や君たちの町に住む民衆が平和に暮らせるようにするための制度や技術を説明するから、私について来なさい」

 

初老の神官は、階段を下りて二階の部屋に入って行った。その部屋の先に、さらに四つの部屋があり、その手前に研修生達が集まると、初老の神官が説明を始めた。

 

「一つ目の部屋では、行政を行っている。我々は、労働者のための法律や、失業者を保護する法律を持っている。他にも民衆のための様々な法律があるので、この部屋の行政官達が様々な法律に従って行政を行っているのだ」

 

続けて、初老の神官は二つ目の部屋を指して説明した。

 

「この部屋では、法律を作るための議論をしている。昔は乱暴な決定をして民衆を苦しめたことがあった。それを反省して、一方的な決定をしないように、議会は上院と下院の二院制になった。

 

隣にある三つ目の部屋では、裁判が行われる。専門の裁判官だけで偏った裁判をしないように、民衆の中から陪審員を選んで裁判に参加させている」

 

初老の神官は、三つ目の部屋の説明まで済ますと、ミウの方を向いて質問した。

「では、四つ目の部屋では何が行われているか、分かるかね?」

 

「民衆が平和に暮らせるためには、病気を治す技術と施設が必要でしょう・・・」

ミウが不安げに小さな声で答えると、初老の神官は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

 

「そのとおりだよ。この部屋では、病気や怪我をした民衆のための医術が行われている。白内障に罹っても、この部屋の医師達が手術して治してくれる。頭を打って脳が傷ついても、頭蓋骨を開いて手術してくれる」

 

研修生達がこの部屋を覗くと、五台の手術台の一つに患者が横たわり、そのまわりに四人の医師達が立って手術をしていた。

 

<第30話へ続く>

 

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<第30話>

 

「今度は、民衆が豊かに楽しく暮らせるようにするための技術や設備を見せてあげよう」

 

初老の神官は、階段を下りて一階の部屋に入って行った。その部屋の先にも、三つの部屋があり、その手前に研修生達が集まった。

 

一つ目の部屋を覗くと、十人の神官達と数えきれないくらい多くの粘土板が見えた。粘土板には、楔形文字(くさびがたもじ)が彫られている。

 

「この部屋では、文字を改良したり、文字を組み合わせて印鑑を作ったりしている。さらに、天文学、数学、法律、医術等の詳しい解説書も作っている。民衆は学校で文字を学んで、粘土板に書いて暮らしに役立てている」

 

初老の神官が、研修生達に話し始めた。

 

「二つ目の部屋では、辞書を作ったり、この都市と神様の歴史を記録したりしている。文字が出来る前の歴史は口頭で伝承されてきたが、曖昧なことが多い。何千年も前に氷河が融け始め、神様の国が海に飲み込まれたなどという昔話もある」

 

「その神様の国はどこにあったのですか?」

ヒロがアトランティス伝説を連想して、思わず質問してしまった。

 

「昔話では、神様は人々に言葉や文字、学問などを教え、夜になると東の海に帰ったと言い伝えられているから、東の方にあったのだろうが・・・」

 

初老の神官は、研修生達が曖昧な昔話を信じないように教育したいようだ。

 

—— インドのカンベイ湾の超古代遺跡のように、ペルシア湾にも海底遺跡が眠っているんじゃないか・・・

 

ヒロがそんな想像をして横を見ると、ミウとケンも同じことを想像しているように目で合図した。

 

「三つ目の部屋では、建物の中の装飾や彫像の技術を極めた神官達が、民衆に分かりやすく教えている。部屋の中を見てみよう」

 

初老の神官の後から研修生が部屋の中を見ると、壁一面に洗練された装飾が描かれ、棚には繊細なレリーフが描かれた多数の粘土板が立てかけられていた。

 

「あの彫像の目は、あなたの目よりずっと大きいですね。」

 

部屋の奥の棚に置かれている彫像を見つけたマリが、この都市のシュメール人より彫像の目が異様に大きいことに気づいて声をあげた。

 

「あれは昔話に出てくる神様の彫像だよ。その神様は民衆に人気がある。昔話では、神様はたいへん大きな目をしていたそうだ」

 

初老の神官は、曖昧な昔話の神様の話題を早く切り上げたかった。

 

「最後は、我々が都市や建物を造り、外敵から王様や民衆を守るために必要な技術や設備を勉強しよう」

 

初老の神官は一階の部屋を出て、廊下を歩いて別の部屋に入って行った。その部屋は天井が高く広々としていた。

 

「部屋の一つの角では合金の技術を教えている。スズと銅を混ぜ合わせて青銅をつくる技術だが、その配分比率が重要なのだ。

 

ほかの角にはジッグラトの建築模型、戦車や船の設計図と模型が置かれている。ジッグラトの建設によって、我々の建築技術は進歩した。

 

巨大な建造物を完成するために民衆を指揮して実行する能力、レンガを焼いて輸送する能力、金属を鋳造して武器と装飾品をつくる能力なども進歩したのだ」

 

初老の神官の説明を聞いていたケンが思わず質問してしまった。

「こんな素晴しい技術は、誰に教えてもらったのですか?昔話の神様ですか?」

 

「確かにそれらしいことが昔話として伝えられているが、この部屋にある技術は我々の先祖が自分たちの力で発展させた技術なのだ」

 

初老の神官は、厳しい目でケンを見つめて強い口調で言った。

ほかの研修生達もケンの発言に憤慨して、険悪な雰囲気になった。

 

<第31話へ続く>

 

(C)Copyright 2011, 鶴野 正

 

<第31話>

 

ケンが身構えた途端、初老の神官もほかの研修生達も遠ざかり、大きな部屋も巨大なジッグラトも小さくなって消えてしまった。

 

ハッと気がつくと、ヒロもミウもマリも一緒にもとの教室に戻っていた。

 

「やあー、おもしろかったぞ。幻PCの映像はバーチャル、つまり仮想空間だから、六千年前にも行けるんだ。

 

しかし、その空間は単なる作り物ではない。世界中の情報を幻PCに取込んで、最先端の科学知識で六千年前の古代都市を再現したんだ」

 

幻PCのキーボードをたたきながら、スガワラ先生が嬉しそうに生徒達を見回した。

 

「冗談じゃないですよ、先生!六千年前のシュメール人達をホントに怒らせてしまったと思いましたよ・・・」

ケンが口を尖らせて不満を言ったが、先生は構わず、話を続けた。

 

「シュメールの粘土板に残されたギルガメッシュの叙事詩に大洪水の話が書かれているが、実際にシュメールの時代に大洪水があったんだ。その大洪水の記憶がノアの方舟(はこぶね)の話として、二千年も後に作られた旧約聖書に書かれている」

 

「ノアの方舟って、神様のお告げを聞いた信心深いノアが、箱形の舟を作って家族と動物達を乗せたので、ノアの家族と動物だけが大洪水に流されずに生き残ったという話ですね」

 

マリは誰に教えてもらったか忘れたが、この話はよく憶えている。

 

「そうだよ、マリ。そして、シュメール文明の後はバビロニアの時代になったが、その時代に制定された有名なハンムラビ法典は、シュメールの法律をもとにしている」

 

「ハンムラビ法典って、『目には目を、歯には歯を』っていう法律ですね」

ミウはハンムラビ法典のこの部分が、あまり好きではなかった。

 

「そうだよ、ミウ。でも、その部分はシュメールの法律にはないんだ。バビロニアの時代には、シュメールのジッグラトを巨大化させた塔が造られたが、その塔が旧約聖書にバベルの塔として書かれている。

 

大洪水の後、バビロンに集まった人類が天に届く高い塔を建てようとしたのを神が怒って、人間の言葉を互いに通じないようにしたために人々は工事を中止して各地に散っていったというのが、バベルの塔の話だ」

 

スガワラ先生の話が止らなくなったので、ヒロが話をまとめようとして言った。

「シュメール文明は、その後の時代の文明に大きな影響を与えたすごく古い文明なんですね」

 

「そのとおりだ、ヒロ!しかも、シュメール文明の起源は謎に包まれている」

先生の話はようやく止まった。

 

「残り時間が少なくなったから、大急ぎで超古代南米の謎を勉強しよう。南米のアマゾン川上流に、モホス大平原という地域がある。

 

この地域に古代モホス文明という一万年以上前に始まった古代文明があった。この古代モホス文明は、インドやメソポタミアのような都市文明ではない、独特な文明なんだ」

 

スガワラ先生が、急いで幻PCを操作して教室前方に三次元映像を映し出した。

 

「古代モホス文明の痕跡を空から見てみよう・・・。日本の本州と同じくらい広い大平原に、四角い形をした大きな湖が何千個もある。

 

そして、ものすごい数の楕円型をした緑の丘、湖や丘を結ぶ無数の直線が見える。湖も楕円形の丘も直線も、ここに住んでいた人達が長い年月をかけて造った人工物だ。これは全部、超古代に発展した巨大文明の痕跡なんだ。」

 

「そう言われても、どんな風に独特な文明だったのか分かりません」

背の高いナオミが、後方から立ち上がって言うと、まわりの生徒達も同じ意見を言った。

 

「じゃあ今度は、みんなで一万年前の現地に行ってみよう。この大平原には乾期と雨期があるが、乾期と雨期では風景が全く違うんだ。最初は乾期に行って、その後雨期に行ってみよう」

 

そう言いながら、スガワラ先生が幻PCを操作すると、みんなの目の前に、地平線まで続く大平原が現れた。

 

「近くにも遠くにも丘が見えます。丘から丘へまっすぐな堤防みたいな道路が続いています」

ケンが遠くまで見ようと背伸びをしながら、先生に話しかけた。

 

<第32話へ続く>

 

(C)Copyright 2011, 鶴野 正

 

<第32話>

 

「そうだな。これから古代の人達に見つからないように、一人ずつ別の丘に行って調べよう。みんなは忍者なんだから、二十分過ぎたらここに帰って来いよ。

 

今から十分経ったら乾期から雨期に切り替えるぞ。風景がすごく変わるから注意しろよ!」

 

スガワラ先生は幻PCを操作しながら、楽しそうにみんなの顔を見た。

 

「一番近い丘には、わたしが行くからねー」

ほかの生徒達より先に、近い丘に向かって、マリが走り出した。みんなも忍者走りであちこちの丘に向かった。

 

「一番遠い丘には、ぼくが行くよー」

ヒロはつむじ風になって、はるか遠くに飛んで行った。

 

見渡す限り広がる大平原に、何百個もの楕円形の丘が見える。

地平線の向こうは見えないが、何千という数の丘がありそうだ。

 

ヒロは何十個もの四角い湖を越えて、大きな丘の中央を目指して降りた。

その丘は縦二百メートル、横三百メートルの楕円形で、真ん中に森があり周囲に畑があった。

 

畑にはトウモロコシや豆などが栽培されていて、畑と森の間に古代モホス人達の済む家が数件あった。

丘の中央は大平原より十五メートルくらい高くなっている。

 

一キロメートルほど離れた隣の丘にまっすぐ続いている堤防のような道路は、大平原より十メートルくらいの高さがある。道路の側に掘られた運河には、隣の丘まで重いものを運ぶための船が浮かんでいる。

 

「ヒロ、向こうの四角い湖に行ってみないか?」

隣の丘から道路の陰に隠れて、忍者走りで駆け寄って来たケンがヒロに言った。

 

近づいてみると、湖は縦横とも三キロメートルはありそうな大きさだ。

湖の端に排水溝があり、湖のまわりに土が盛上げられているので、この湖は人間が造ったようだ。

 

—— この湖は、古代人達がアマゾン川の水量を調整して生きるための貯水池なのか・・・

 

野ウサギ、イノシシ、大ネズミ、トカゲ、蛇などの動物達がそれぞれ、大平原、森の中、湖のまわりに住んでいる。

 

「こんな所に円い池がいくつもあるぞ」

ヒロが川の方角に行ってみると、直径二十メートルくらいの円い池が八つ掘られていて、池から細い水路が遠くの川に続いている。

 

池の中には、アマゾン川から水路を通って誘導された魚が泳いでいる。

水底を見ると、大小の巻貝がいる。

 

—— 古代人達は、人工池を造って魚や貝を養殖していたのか・・・

ヒロとケンは、古代人の知恵に感心しながら、様々な種類の鳥達が森と湖の間を飛んでいるのを眺めていた。

 

一方、近くの丘に行ったマリは、目立たないように大平原を静かに走って、別の丘を調べているミウに会いに行った。

 

「ここに来る途中で、野ウサギの親子を見たよ」

マリが話し始めた時、突然灰色の雨雲が広がり、大粒の雨がザーッと降って来た。

 

瞬く間に大平原が水浸しになり、水位が一メートルになった。

スガワラ先生が、乾期から雨期に切り替えたのだ。

 

<第33話へ続く>

 

(C)Copyright 2011, 鶴野 正

 

<第33話>

 

「あー・・・まわりが全部、海みたいになっちゃったね。あっちの丘もこっちの丘も、島みたいに見えるよ。堤防みたいな道路がなければ、隣の丘にも行けないね」

 

マリが濡れた服を気にしながら、ミウに話しかけた。

 

「畑の農作物は、雨期になる前に収穫したみたいだね。大平原にいた動物達が、いっぱい丘の上に上がって来たから、古代人は雨期の間も食糧に困らないんだ・・・」

 

ミウは、大自然を自分たちの生活に役立つように作り変えた古代人の知恵に感心していた。

 

「あっ、あれはミキじゃないの?」

マリが、大柄な太ったミキが水の上を走って近づいてくるのに気がついた。

 

「ネズミやトカゲが、いっぱい丘の上に上がって来て気持ち悪いから逃げて来たんだよー」

 

「でも、どうして水の上を走れるの?」

近づいて来たミキに、マリが手を振って聞いた。

 

「最新科学の薬品を靴に塗って、水に浮いてるのよ。今までの水噸の術よりずっと簡単だよ」

ミキが自慢していると、その横を大きな蛇が泳いで行った。

 

「キャーッ!へっ へびがー・・・」

慌てたミキがひっくり返って、溺れそうになった。

 

「時間が来たから、みんな教室に戻るぞ。ミキ、大丈夫だったか?」

スガワラ先生が笑いながら、教室に戻った生徒達に話しかけた。

 

「古代モホス文明がどんな風に独特だったか、みんな分かっただろう?古代人達は、毎年アマゾン川が氾濫して水没する大平原を造りかえて、独特な農業、狩猟、養殖の文明を発展させたんだ」

 

「こんなに広いから、十万人くらいの古代人が住んでいたんですか?」

たくさんの丘に住む古代人の姿を想像して、ヒロが聞いた。

 

「最盛期には、モホス大平原全体で50万人以上いたと考えられている。一万年以上前に始まった古代モホス文明は、今から千年前に消えてしまったようだ。

恐らく、氷河期が終わって気候が変わったからだろう。

 

中南米には、マヤ、アステカ、インカなどの古代文明が栄えたが、これらの文明に影響を与えたのは、古代モホス文明だったと思う。

しかし、古代モホス文明の起源は、謎のままなんだ。」

 

スガワラ先生は急いで説明したが、何か言い残した気がしていた。

 

「先生、宇宙は百三十七億年前にできたって父さんから聞きました。地球人より進んだ文明の星から飛んできた宇宙人が、一万年前の地球人にその星の文明を教えたんじゃないですか?」

 

ヒロが子供らしい質問をすると、先生は言い残したことを思い出した。

 

「ヒロ、いい質問だ!だけど、宇宙人が地球に飛んできたというのはSF小説か映画の世界の話だ。宇宙は広すぎて、動物が移動するには時間がかかりすぎるよ。

 

宇宙人が飛んで来なくても、進んだ文明が地球に届く方法があるんじゃないのか。超古代の謎を解くには、地球の気候変動と海面の上昇だけでなく、宇宙の長い歴史も調べる必要があるぞ。みんな、もっともっと勉強しろよーっ!」

 

<第34話へ続く>

 

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