宇宙の忍者 ヒロ    2章

 

<第136話 2016.7.24>

 

  

2章 アトランティスからヒマラヤへ

 

 1節 アトランティスの最期

 

 2節 オリンポス惑星の住人

 

 3節 重力波の衝撃

 

 4節 アトランティスと古代エジプト

 

 5節 古代メソポタミアの謎

 

 6節 シュメールの神々

 

 7節 バビロン惑星の文明

 

 8節 母はヒマラヤ山麓に

 

 

 

2章 アトランティスからヒマラヤへ

 

2章1節 アトランティスの最期

 

 

ヒロ、サーヤ、ミウ、ケン、マリは十三歳になった頃、忍者高校の物理の教師タカハシ ヨシトキから、無数の星、銀河、ブラックホール、ビッグバンなどの宇宙の基礎知識を教えてもらった。タカハシ先生は、江戸時代の偉大な天文学者 「高橋至時」と同じ名前だが、何の関係もないらしい。

「君たちが見ている夜空の星のほとんどは、我々の銀河の中にあるものばかりだ。君たちに見えているのは宇宙のほんの一部だ。宇宙には、我々の銀河と同じような銀河が千億個もあるんだ」

十三歳のヒロたちに分かるように、タカハシ先生は話し続ける。

 

「我々の銀河の外にある銀河で、近くにあるアンドロメダ銀河などは星のように見えているが、実は我々の銀河のように多くの星が集まってできているんだよ」

「そのアンドロメダから見たら、地球はどんな色に見えるんですか?」

マリは、青く見えるという答えを期待して、タカハシ先生に質問した。

「太陽は強い光を出す恒星だから、遠くからでも輝いて見える。でも、地球は自分では光らずに太陽の光を反射する惑星だから、遠くからは見えないんだ」

タカハシ先生の答えを聞いて、ケンが質問する。

 

「じゃあ宇宙の中には、見えている星の数よりたくさんの惑星があるってことか。だって、太陽には八つの惑星があるんだから、恒星より惑星の方が多いはずだ。だったら、地球に人間がいるように、たくさんの惑星にいろんな宇宙人がいるはずですよね?」

「そう考えることはできるが、宇宙人がいる惑星は、まだ見つかっていない。UFOや宇宙人を見たという話は聞いたことがあるが、科学的に確認されてはいない。生き物がいるかもしれない惑星はいくつも見つかっているが、地球から遠すぎて生き物の存在を確認できないんだよ」

ケンが納得できるように、タカハシ先生はゆっくりと答えて、話を続ける。

 

「我々の銀河は約二千億個の恒星が渦を巻いていて、その中心は巨大なブラックホールになっているって、君たちは知っているかい?」

ヒロやサーヤが声を出す前に、ミウが答えた。

「そのことは、いつか新聞で読んだことがあります。でも、どんなものなのか想像ができません」

「ブラックホールに引き込まれたら、物質だけでなく光さえも出ることができない。ブラックホールは、ものすごく強い重力を持った物体だ。銀河の中心のブラックホールは、太陽の四千万倍という想像を絶する重さだと推測されている」

タカハシ先生は、ミウたちが理解できたかどうか、ひとり一人の顔を見る。

 

<第137話へ続く>

  

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<第137話 2016.7.30>

 

 

  すると、サーヤが目を輝かせて質問した。

「銀河の二千億個の恒星は、いつから渦を巻き始めたんですか?」

先生が答える前に、ヒロが続いて問いかけた。

「宇宙には、始めから千億個の銀河があったんですか?」

楽しそうに、タカハシ先生が説明する。

「我々の宇宙が生まれる前は、時間も空間もなかった。宇宙は、百三十七億年前に極小サイズの宇宙として生まれた。そこから時間が始まり、宇宙の中にあるエネルギーによって急膨張した。そのとき元素のガスが生まれ、宇宙全体に満ちていた。そして、ガスの密度の高いところの密度がさらに高くなり、ガスが渦を巻いて銀河になった。我々の銀河は、宇宙誕生から二十億年たった頃、無数の恒星が渦を巻く銀河として生まれたんだ」

 

それを聞いて、宇宙の始まりに興味を持っているヒロが質問した。

「ビッグバンって、宇宙が生まれた時に起こったことですか」

「ヒロは、ビッグバンを知っているのか。今も宇宙は膨張しているから、時間をさかのぼれば今の広大な宇宙の始まりは極小サイズだったことになる。その極小宇宙が爆発的に膨張して広大な宇宙になったというのがビッグバン理論だから、ビッグバンという大爆発は宇宙が生まれた後に起こったと言える。だが・・・」

タカハシ先生は、ヒロの質問に気を良くして詳しく説明しようとしたが、マリやケンの表情を見てにっこり笑った。

「今日はこの辺でおしまいにしよう」

十三歳のマリやケンには複雑すぎて、よく理解できないということがわかったのだ。

 

遠い過去の宇宙から来たヤミの魂(たましい)が、地球上に暴力的な独裁者や暴力を振るう集団を作り出していると、忍者学校の校長が教えてくれた。ヒロとサーヤの父親、シュウジは地球の人々を守るため、ヤミの魂に戦いを挑んだ。影宇宙の中に基地を造り、八百万(やおよろず)の神々とともにヤミやアンコクの魂と戦っているらしい。

ヤミの魂から家族を守るため、ヒロの母を仏陀の時代に移動させ、サーヤを母の一族に預けた。さらにヒロを奈良の祖父母に預け、忍者としての修行をさせたのだ。

 

ヒロたちは十五歳になり、忍者高校に通っている。忍者高校は、忍者中学校の隣にある古びた校舎だが、中の設備は時代を先取りしている。ヒロたちは、そこで物理、化学、薬学、生物学等のいろいろな知識や忍術を学んでいた。二年前に物理の教師タカハシに教えてもらった、銀河、ブラックホール、ビッグバンという宇宙の構造も、今度は理解できた。

タカハシ先生は宇宙の起源、構造、究極の粒子を説明する超弦理論を探求することに夢中だ。だから、それ以外の人間的な問題で悩むことはほとんどない。彼は、ヒロたちに重力波、影宇宙、宇宙の創世期、人の手の中の宇宙といった知識も教えたいと思っている。

「誰か、重力波って知っているかい?」

物理の授業でタカハシ先生が、生徒達を見渡した。

 

<第138話へ続く>

  

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<第138話 2016.8.21>

 

 

「重力波って、超新星爆発の衝撃波とは違うんですか?」

手を上げて、ケンが質問した。

「おーっ、ケンは良く勉強しているなあ。だが、重力波と超新星爆発の衝撃波は別のものだよ。超新星爆発の衝撃波のことは別の機会に解説しよう。重力波は、特に巨大な質量をもつ天体が光速に近い速度で運動するときに発生する。巨大な質量をもつ天体とは、例えば、ブラックホールなどだ」

タカハシ先生は、生徒達が興味を持って聞いているか、みんなの表情を観察する。

 

彼は、生徒の半数以上が理解できていないと感じて、別の話題に切り替えた。

「この忍者高校では、影宇宙って言葉を聞いたことのある人は多いと思う。影宇宙の存在は一般には信じられていないが、わが忍者高校では影宇宙の構造を教えることにしている。君たちの中には、影宇宙を通って過去の時代に行ってきた人たちがいる」

タカハシ先生がヒロ、サーヤ、ミウ、ケンの顔を順に見ると、マリがよく通る声で話し始めた。

「大怪我をした私を助けるために、ヒロ達が影宇宙を通ってサーヤを捜しに行ってくれたんです。サーヤの特別な能力が・・・、あっ、うーん詳しいことはよく分かりません・・・」

サーヤの特殊能力のことは秘密だったことに気づいて、マリはあわてて話をやめた。

 

「そうだな、マリ、今は影宇宙の構造について話をしようとしているところだよ・・・。おっと、時間が来たから、影宇宙、宇宙の創世記、手の中の宇宙については、次回の授業で説明しよう」

すこし残念そうな表情を見せて、タカハシ先生は教室を出て行った。

「ミウ、ケン、ちょっと廊下に出て話をしよう。サーヤとマリもついて来て・・・」

ヒロが声をかけて、教室を出た。

 

「何かあったの?」

ミウが、心配そうな顔をヒロに向ける。

「ヤミの魂が地球から離れたのは、三年前の今頃だった。太陽の活動が落ち着いてきたから、もうすぐヤミの魂が戻ってくるよ」

ヒロは、ミウたちだけに聞こえるように小さな声で話した。

 

「じゃあ、またヤミの魂にそそのかされた独裁者や暴力的な集団が現れるってことか」

ケンは、なぜか天井をにらみつけて、つぶやいた。

「うん、だから早く父さんに会って、ヤミの魂との戦いに勝つ方法を教えてもらいたいんだ。三年前に、タカハシ先生に父さんのいる場所をたずねたら、母さんのところに行って教えてもらえって言われただろう」

ヒロがサーヤに視線を向けた。

 

<第139話へ続く>

  

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<第139話 2016.8.27>

 

 

 「そうね、早く母さんに会いに行きたかったけど、高校生になるまで待てって、校長先生に言われたよね」

サーヤが小声で話すと、ミウとケンがうなづいた。

「高校生になったから、ヒロのお母さんに会いに行けるって、ほんと?」

マリの後ろから、科学好きのロンが顔を出した。

「あーっ、なんだよ、ロンか・・・びっくりさせるなよー」

ケンが、おおげさに驚いてみせた。

 

「今日の放課後、夜になる前にサーヤと一緒に母さんの所に行こうと思うんだ」

そうヒロが言うと、ミウが慌ててヒロの両肩をつかんだ。

「そんな急に行かなくても・・・校長先生に許可してもらったの?」

すると、サーヤがミウに笑顔を向けた。

「昨日、ヒロとわたしの他に、ミウとケンの許可ももらったよ」

「あー、わたしも一緒に行きたかったのに・・・」

マリが、ため息をついた。

 

「大丈夫だよ、マリ、僕も行きたいから校長先生にお願いしてくるよ」

ロンが、マリの肩をポンとたたいて校長室に向かうと、マリも後を追って歩き出した。

「ごめんよ、マリ・・・母さんの所に行く途中で、どんな危険なことや怖いことが起きるかわからないから、マリには残ってもらおうと思ったんだよ」

ヒロがマリの後ろから声をかけた。

「大丈夫よ、わたしはヒロが思ってるほど弱くないから」

マリは、ヒロにほほえみ返して、ロンの後を追って行った。

 

放課後になって、ヒロ、サーヤ、ミウ、ケン、マリ、ロンの六人がそろって学校を出た。

「サーヤと僕は、夜になる前に出発するって、ばあちゃんに言ってあるから、かばんを置いたらすぐ神社の洞の前に行くよ」

ヒロがミウ、ケン、マリ、ロンに言うと、ケンとミウが応じる。

「俺たちも親に伝えて、すぐに行くよ」

「わたしも、すぐに行けると思うよ」

 

マリは、とまどいながら言う。

「わたしは初めてだから、お母さんもお父さんも心配するかも・・・」

「じゃあ、わたしがマリと一緒にお願いするよ」

ミウがマリの手を握って、安心させる。

「僕は、父さん母さんを説得する自信があるから、心配しなくていいよ」

ロンが強がりを言うと、ケンがロンを茶化す。

「ロンは理屈っぽいから、親もあきらめているんだろう?」  

 

<第140話へ続く>

  

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<第140話 2016.9.4>

 

 

 夕方になって、ヒロとサーヤが、ばあちゃんの家から出てきた。

「ばあちゃん、おにぎり美味しかった。保存食もたくさん作ってくれて、ありがとう」

ヒロが愛犬のサスケを連れて家の前の道に出ると、ばあちゃんがヒロとサーヤに声をかけた。

「保存食は、少しずつ食べるんだよ。母さんに会ったら、早く一緒に帰って来なさい」

「はい、ばあちゃん、二三日で戻るから、心配しないで待っててね」

サーヤが、ばあちゃんの両肩をやさしく抱いて言った。

 

ヒロとサーヤは、マリの家に向かった。マリの両親が、納得してくれるか気になっていたからだ。

「ミウが説得してくれたから、お母さんとお父さんが許してくれたよ」

ちょうど家から出てきたマリが、サーヤとヒロに思いっきりの笑顔を見せた。

「マリは楽天的過ぎるから、お父さんとお母さんが心配するんだよ」

マリの家から出てきたミウが、愛猫のカゲマルの頭をなでながらマリに笑いかけた。

「おーい、みんなそろってるかー?」

ケンがペット猿のコタロウを連れて、こちらに向かって歩いてきた。

 

「ロンは、両親を説得できたのかな?家に行ってみようか?」

そう言って、ヒロが歩き出すと、みんなそろってロンの家に向かった。

ロンの家に着くと、玄関でロンと両親が話し合っている。

「影宇宙は、縦横高さの三次元空間と一次元時間の合計四次元の時空なんだよ。影宇宙の高さ方向と我々の宇宙の時間方向が一致しているから、影宇宙の中で上方向に上昇すると我々の宇宙の過去に行くことができるんだ」

 

ロンが両親に向かって説明すると、母親がロンの目を見つめて話しかける。

「そんなことを真顔で言うから、ロンが無事に帰って来るか心配なのよ」

「タカハシ先生に教えてもらったのかい?中学生の頃はコンピュータに夢中だったのに、高校生になって宇宙に興味が移ってしまったな」

ロンの父親は、夕暮れの空を見上げた。ロンの父母は共同でIT会社を経営している。父は理論的で、母は芸術的という夫婦だ。父は忍者だが、母はそうではない。

 

「とにかく、ヒロやケンたちと一緒だから、心配しなくて大丈夫だよ」

ロンが明るい笑顔を作って両親を見つめると、父親はため息をついて言った。

「確かにヒロたちは、影宇宙を通って過去に行き、サーヤを連れて現在に帰ってきたから、今度も無事に帰ってくるだろう」

「そうです。大丈夫ですよ、ロンのお母さん」

ヒロがロンの両親に近づいて、声をかけた。 

 

<第141話へ続く>

  

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<第141話 2016.9.10>

 

 

 夕日が西の山に隠れようとする頃、ヒロたちは志能備(しのび)神社の洞の中に入った。

「三年前は、ヒロだけ先に行っちゃったから、俺たちは大変な苦労をして追いかけたんだよな」

ケンが口をとがらせると、ミウが笑ってヒロの顔を見る。

「うん、ヒロはサーヤを探そうと必死だったからね・・・」

「あの時は、ごめんね。今度はみんな一緒に行こう」

ヒロが合図をすると、サスケが洞の奥の壁に向かって駆け出した。

 

「みんな、サスケに続いて走れ!」

ヒロ、サーヤ、ミウ、ケン、マリ、ロン、カゲマル、コタロウ、ヒショウが、同時に駆け出した。

ケンが後ろを振り返ると、壁が閉じている。

「あっという間に、影宇宙の入り口が消えてしまった・・・」

みんなの前には、空が広がっていて、見上げると四匹の竜がいた。

 

「おー、タリュウ、ジリュウ、サブリュウ、シリュウ、久しぶりだなあ」

ヒロが四匹の竜に笑顔を向けると、タリュウの言葉がみんなの心に直接伝わった。

*** あー、ヒロ、元気だったか?みんな四つに分かれて、おいら達の口の中に入って・・・

ヒロ、サーヤ、サスケがタリュウに入ると、ミウとマリがカゲマルとヒショウを連れてジリュウに入った。

 

「じゃあ、俺とコタロウがサブリュウに入るよ」

ケンがそう言うと、ジリュウの中からミウがケンに声をかける。

「そんなことをしたら、未経験のロンが一人になっちゃうじゃないの」

「ありがとう、ミウ。じゃあ、ケン、一緒に入るよ」

ホッとした表情のロンが、ケンとコタロウに続いてサブリュウに入った。

 

*** あれあれ、おいらの所には誰も来ないのか・・・

シリュウが寂しそうにつぶやくと、サーヤがヒロにささやいた。

「母さんの所に行く途中で、インドのばあちゃんとハンゾウに会って・・・」

「そうだ!ハンゾウをシリュウに運んでもらおう」

ヒロは、サーヤの気持ちがよくわかる。

 

「シリュウ、五百年前のインドの山奥に行こう。そこでハンゾウを乗せてやってくれ」

ヒロの声がみんなに聞こえると、ケンが笑い声で言った。

「ハンゾウかあ、大きくなっているから、シリュウに入るかなあ・・・」

*** えーっ、そのハンゾウって、どれだけ大きいの?・・・

シリュウが不安げな声を出した。 

 

<第142話へ続く>

  

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<第142話 2016.9.16>

 

 

  ヒロたちが乗ったタリュウを先頭に、ジリュウ、サブリュウ、シリュウが影宇宙の中を上昇して、五百年前のインドの山奥に来た。

「あっ、急に何も見えなくなった。以前、サーヤを探していた時と同じだ」

ヒロは、この時代の影宇宙と宇宙の間は行き来ができないと、竜の母親が教えてくれたことを思い出した。

「どうすれば、インドのばあちゃんとハンゾウに会えるのかな?」

 

*** それは、おいら達の母さんに聞けばわかるよ・・・

タリュウが答えると、ジリュウとサブリュウが続ける。

*** だって、おいら達の母さんが、インドのばあちゃんを・・・

*** 三年前に奈良からここに連れて来たんだから・・・

シリュウがあちこちに向かって、大声で叫んだ。

*** 母さーん!どうすればいいのー?・・・

 

しーんとして、何も返事がない。

「父さんが、インドのばあちゃんを安全なところにかくまっているから、ばあちゃんに呼びかけたらいいんじゃないか」

ヒロが、ミウとケンに明るい顔を向けると、ミウが答える。

「呼びかける前に、ヒロの千里眼でインドのばあちゃんとハンゾウを探してね」

ヒロが、じいーっと前方を見つめて、合図をするとサーヤが呼びかける。

「おばあちゃーん、ヒロとサーヤが会いに来たよー」

 

「ああ、天からサーヤの声がするよ・・・ヒロも来てくれたんだね」

インドのばあちゃんが答えると、影宇宙の出口が開いて、サーヤ、ヒロ、サスケが現れた。続いて、ミウ、マリ、カゲマル、ヒショウ、ケン、ロン、そしてコタロウが現れた。

「あらまあ、大勢で来たんだねえ。みんなに会えてうれしいよ」

インドのばあちゃんは、大きなゾウのハナから降りてきて、サーヤとヒロを抱きしめた。

「サーヤもヒロも大きくなったねえ」

 

大きなゾウのハナの後ろから、若いゾウがサーヤに近づいてきた。

「あー、ハンゾウ!会いたかったよ・・・わあ、ずいぶん大きくなったね」

サーヤがハンゾウに駆け寄り、顔をすり寄せてハンゾウの頭を何度もなでた。

「久しぶりだな、ハンゾウ、力比べをしようぜ」

強い動物が好きなケンが、ハンゾウの頭を両手で押すと、ハンゾウが長い鼻をケンの腰にまわして持ち上げた。

 

<第143話へ続く>

  

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<第143話 2016.10.23>

 

 

しばらくして、ヒロがインドのばあちゃんに話しかける。

「これから母さんに会いに行くんだけど、母さんはブッダが生きていた時代のブッダのそばにいるんでしょ?」

「そうよ、今の時代からさらに二千年くらい前よ。ヒマラヤ山脈のふもとだけど、ここより南よ」

インドのばあちゃんが、遠くを眺めながら答えた。

「母さんのいるところにハンゾウを連れて行って、いいでしょ?」

サーヤがハンゾウに乗って笑顔で聞くと、ばあちゃんは大きくうなづいた。

 

「じゃあ、ばあちゃん、行って来ます」

ヒロが天に顔を向けると、タリュウたちが現れた。

ヒロとサスケがタリュウに、ミウとマリがカゲマルとヒショウを連れてジリュウに、ケン、ロン、コタロウがサブリュウに入った。続いて、サーヤがハンゾウに乗ってシリュウに入ろうとする。

*** わあー、ハンゾウはすっごく大きいな。おいらの中にはいるかな?・・・

そう言って、シリュウが口を思いっきり開けた。すると、シリュウに近づいたハンゾウが小さくなって、サーヤとともに簡単にシリュウの中に入った。

 

影宇宙の中では不思議なことが起きる。影宇宙はシュウジが発見したものだが、その中で人間が生存するためには特殊な装置が必要だ。タリュウのような竜に乗り、見えないバリアで守られるか、竜の中に入って生存するかだ。もちろん、不思議な竜は、シュウジが造った特別な装置だ。

 

四匹の竜が、二千年前の時代を目指して影宇宙の中を上昇している。サブリュウの中で、ロンが言った。

「我々の宇宙と影宇宙との距離は1センチメートルより短いけど、我々の宇宙から影宇宙へ移ることはできないんだ。それは、2次元宇宙、つまり縦横はあるけど高さのない宇宙、の住人が1センチ上にある別の2次元宇宙に移動することができないのと同じ理由なんだよ」

すると、ケンがコタロウを肩に乗せて、ロンに反論する。

「我々の宇宙から影宇宙へ移ることはできないってのは間違いだろ?現に俺たちは、影宇宙に入ってるじゃないか」

 

「そうだね、ヒロの父さんが影宇宙に出入りする方法を発明するまでは、我々の宇宙から影宇宙へ移ることはできなかった、と言えば良かった」

ロンはケンに向かって苦笑いした。  

 

<第144話へ続く>

  

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<第144話 2016.11.17>

 

 

 ジリュウの中で二人の話を聞いていたミウが、ヒロに問いかける。

「影宇宙は、縦横高さの3次元空間と1次元時間の合計4次元時空だけど、影宇宙の中で上方向に上昇すると我々の宇宙の過去に行くことができる。つまり、影宇宙の高さ方向と我々の宇宙の時間方向が一致しているということだよね?」

「うん、我々の宇宙から影宇宙に移って、その中で上昇した後で我々の宇宙に戻ったら、こちらの過去に遡ることができたね。一万一千年前の過去に行って、ブラフマーさんの時代の人達に会ったり、超古代都市も見たりしたね」

ヒロが懐かしそうに答えた。

 

「でも、影宇宙の高さ方向とこちらの宇宙の時間方向が一致してるのは、なぜなの?」

ミウと同じジリュウの中にいるマリが素朴な疑問を口にすると、得意げにロンが話し始める。

「この宇宙は、十一次元時空の中で四次元時空の宇宙になった。一次元の時間の流れと三次元の広大な空間のほかの七次元はこの宇宙の中では広がりを持たないんだ」

「十一次元って想像できないけど、タカハシ先生から聞いたことだろう?」

ケンがひやかすと、ロンはケンを無視してマリに話しかける。

 

「マリ、少し難しいけど我慢して聞いてね・・・。この宇宙は、時間と空間の区別もないところで、最小単位の小さな宇宙として生まれたらしい。その直後に宇宙は急激に膨張して、真空の相転移を起こした。三次元空間として急激に膨張した宇宙は、真空の相転移を三回起こした。三回目の相転移で、広がりを持たない七次元のうちの一つが割れて宇宙が二つになった。その二つが我々の宇宙と影宇宙だ」

 

「うーん、難しすぎてロンの声が子守唄に聞こえるよ」

マリが眠そうに言うと、ロンがあわてて説明を続ける。

「もう少し我慢してね、マリ・・・。二つに割れた後、この宇宙と影宇宙は別々の三次元宇宙として進化したんだ。その進化の方向が、影宇宙の高さ方向とこの宇宙の時間方向が一致するような方向だったんだ」

 

「ロン、もうマリは眠っちゃったよ。目に見えないものを無理やり想像すると、私も眠くなるよ」

ミウが笑いながら、ロンの話にブレーキをかけた。

「父さんなら、もっとわかりやすく教えてくれると思うけど、サーヤ、父さんと話ができる?」

タリュウの中にいるヒロが、シリュウの中のサーヤに声をかけた。   

 

<第145話へ続く>

  

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<第145話 2017.1.4>

 

 

 「うーん、最近、父さんとは話をしていないなあ。ヤミの魂(たましい)と戦う準備をしているんじゃないかな」

シリュウの中にいるサーヤが、ハンゾウの背中をさすりながら応えた。

「どうやってヤミの魂と戦うんだろう・・・映画に出てくるような宇宙船や武器を作っているのかな?」

 

武術の好きなケンが話に割り込んでくると、ロンが反論する。

「映画でやってるような宇宙戦争は起こせないよ。地球以外の高度な文明を持った惑星は遠すぎて、お互いに生きたまま遭遇することはできないんだ」

それに対してケンが言う。

「そんなことわからないよ。ロンの知らない方法でものすごく速く移動する宇宙人がいるかもしれない」

 

「あー、大変だ・・・二千年どころか一万年くらい前の時代に来てしまった」

ロンの話を聞いているうちにうとうとしてしまったタリュウが声をあげた。

「あっ、ホントだ、ロンの話が難しすぎて、ぼんやりしてしまった。二千年前の時点にもどろう」

そう言って、ジリュウが後ろを振り返ると、サブリュウとシリュウが応える。

「そうだ、ジリュウの言うとおりだ。もどった方がいいよ、タリュウ」

 

影宇宙からこの宇宙を見ると、天空から地上を見ているようだ。

「あれっ、地球の海面が低くなって、島が現れたぞ。タリュウ、あの島は何だろう?」

ヒロは、時間をさかのぼって行くうちに、海面が変化していることに気づいた。

「ひょっとしたら、アトランティスかもしれないね」

タリュウが答える前に、ミウが言った。エジプトのスフィンクスを調べた時に、スガワラ先生が言っていたことを思い出したのだ。

 

「アトランティスなら、母さんに会いに行く前に、ちょっとだけ行ってみたいな。サーヤ、いいだろう?」

好奇心をおさえきれないヒロが、サーヤに同意を求めた。

「アトランティスって、古代ギリシアのプラトンが書いた本の中に出てくる、海に沈んだ大陸のこと?」

サーヤは気が進まないようだが、ケンがサーヤの気持ちを変えようとする。

「アトランティスは、大陸みたいに大きな島で、すごく繁栄した王国だったらしいよ。一緒に行ってみようよ」

 

<第146話へ続く>

  

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<第146話 2017.3.6>

  

 

 「おー、時間をさかのぼっている間に、島が大きくなってきたぞ。やっぱりあの島はアトランティスだよ」

ロンもアトランティス大陸伝説に強い興味を持っている。

「仕方ないね。ちょっとだけ、あの島がアトランティスか見てみようよ、サーヤ」

ミウが言うと、サーヤが笑顔でうなずいた。

 

「じゃあタリュウ、あの島に行こう」

ヒロの合図で、皆を乗せた竜たちがアトランティスと思われる島に近づいた。

「ここは、どこなの?遠くに山が見えるけど・・・」

マリが、島のはるか遠くに見える陸地を指して言った。

「遠くに見えているのは、多分ジブラルタル海峡の南側にあるモロッコの山だよ」

ヒロは最初に島が現れた時から、地図で見たことのあるヨーロッパとアフリカの間だと気付いていた。

 

「あれっ、西の方にもう一つ島が見えるよ」

サーヤが見ている島は、こちらの島と同じくらいの大きさだ。

「アトランティスって、1つの大きな島だったんじゃないのか・・・」

ケンが首をひねって、つぶやいた。

「もっと過去にさかのぼれば、海面が低くなって西の方の島とこの島がつながって大きな島になるかも・・・」

ヒロがそう言うと、ケンは納得したようだ。

 

「さあ、島に着いたよ」

タリュウの合図で、丘の上の林の中にみんなが現れた。林の中から丘の頂上を見ると、広場に神殿が建っている。それはギリシャのパルテノン神殿に似ている。

「あの神殿は、インドのカンベイ湾に水没した超古代都市の神殿にそっくりだね」

ミウが言うと、ヒロが答える。

「ブラフマーさん達が、神様としてまつられている神殿だね」

超古代都市に行っていないマリが首をかしげる。

「ブラフマーって誰?」

 

そのとき、遠くから話し声が近づいてきた。

「あなた達はどこから来たのですか?」

あごひげを生やした中年の男が林の中に入ってきた。後ろに八人の男達が立っている。

「すごく繁栄している王国があるといううわさを聞いて、東の国からやって来ました」

とっさにヒロが答えると、中年の男は苦笑した。

「繁栄していたのは遠い昔のことだ。これまで何度も津波と洪水に襲われて、街も建物も壊れてしまった」

 

<第147話へ続く>

  

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<第147話 2017.4.14>

  

 

 「そうなんですか。でも、王国が繁栄しているから、あの立派な神殿を建設できたんじゃないですか?」

不思議に思ったケンが問いかけると、中年の男は無念の表情を浮かべて答えた。

「私の名前はディプレ、この国の王だが、恐らく最後の王になるだろう。あの神殿の中に、この国の歴史が描かれているから、皆に見せてあげよう」

 

皆が丘の頂上に登ると、目の前に堅固な石造りの神殿が現れた。近づくと、数百年、いや数千年前に建設されたように見える。

「言い伝えによれば、この神殿は五千年以上前のアンペル王の時代に、初代の王であるアトラス神に感謝して建設されたものだ」

ディプレ王が説明すると、すぐにサーヤが質問する。

「そのアンペル王の時代に、どうしてこんな立派な神殿を建設できたんですか?」

 

「言い伝えだけでは詳しいことはわからないが、神殿の中に入れば貴重な物を見ることができる」

そう言って、ディプレ王が神殿の中に入って行った。

「おーっ、立派な建物や街のイメージと建設方法のような絵が描かれている」

ロンが驚いていると、マリも声をはずませる。

「こっちには飛行機、あっ、そっちには自動車みたいな絵があるよ」

 

「ヒコウキ、ジドウシャ、と言ったのか?君達は、ここに描かれているものが何なのかわかるのか?」

ディプレ王が驚いて、皆をじっと見つめている。

「はい、飛行機や自動車はわかります。信じてもらえないかもしれないけど、ぼくたちの国には飛行機や自動車があります」

ディプレ王の様子を見ながら、ヒロがゆっくりと話すと、お供の八人の男たちがざわついた。

 

「そうか。では、これが何かわかるか?」

ディプレ王が指し示した壁面に、家系図のような絵と解説文と思われる古代文字が描かれていた。

「うーん、あの文字はスフィンクスの中の古代エジプト文字に似ているね」

ヒロが小声でささやくと、ケンが大きくうなづいた。

「それはよくわからないので、説明して頂けませんか?」

ミウが機転をきかせて、ディプレ王たちに笑顔を向けた。

 

<第148話へ続く>

  

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<第148話 2017.6.1>

  

 

 「一番上に書かれているのは、アトラス神の父と母、ポセイドン神とクレイト神だ」

ディプレ王の言葉にケンが思わず大きな声をあげた。

「えーっ、ポセイドンって?!」

「なぜ、そんなに驚いているのか?」

ディプレ王が、ケンの顔をじっと見つめると、ヒロが話し始めた。

 

「実は、ある国に行った時に、ポセイドンという神の話を聞いたことがあるんです。その国の指導者は、デウスという神から街造りや建物建設の技術を授かったそうです」

「おーっ、これは驚いた。君たちが最初に見た建物や街の絵の上に文字が書いてあるだろう。それは、デウス神に教えてもらったものだ、と書いてあるのだ」

ディプレ王が、その文字の方に近づいて、文字と絵を指し示した。

その時、地面がゆっくりと揺れて、神殿の外の人々が騒ぎ始めた。皆が神殿の外に出ると、東の空が暗くなった。

 

「十年前の津波の時より、揺れ方が大きい。ひょっとしたら大津波が来るぞー」

「地中海の火山島が大爆発したんじゃないかー。十年前の時より、東の空が暗いぞー」

神殿のまわりに集まっていた人々が、不安な気持ちを口に出してディプレ王の言葉を待っている。

「みんな、子供と年寄りを丘の頂上に集めて神殿の中に避難させよう。他の者たちは全ての船を出して、東の方角に向けてゆっくりと進めよう。最初の津波が船の下を通り過ぎても油断せず、最後の津波が通り過ぎたのを確認してから港に戻るんだ」

 

ディプレ王がそう言うと、すぐにケンが声をあげた。

「俺たちも手伝います。子供たちをハンゾウに乗せて避難させよう、サーヤ」

「ケン、わかった。私について来て、ハンゾウ」

ケンとサーヤがアトランティスの人々の後から走り出すと、コタロウとハンゾウが後を追った。

「僕たちも手伝おうよ、マリ」

そう言って、ロンがマリの手を引いて走り出す。ヒショウはマリの上を飛んで行く。

 

「神殿が津波に飲み込まれたら大変なことになるよ、ヒロ」

暗くなってくる空を見上げてミウが心配すると、ヒロが千里眼の術を使って東の海を見つめる。

「津波が、大きい津波が、東の方からこっちに向かって来てるぞ。ほんとに神殿が飲み込まれるかもしれない」

ヒロの言葉を聞いて、ミウがディプレ王に駆けよって行く。

 

<第149話へ続く>

  

(C)Copyright 2017, 鶴野 正 

 

 

<第149話 2017.6.7>

  

 

 「大きい津波が来たら、神殿が津波に飲み込まれてしまいます。みんな船に乗った方が安全ですよ」

ミウがそう言うと、ディプレ王は驚いて天をあおいだが、すぐに落ち着いた様子を見せた。

「これまで何度も津波に襲われたが、神殿が飲み込まれることはなかった。今回もアトラス神が神殿と我々を守ってくださると信じているよ」

「大きい津波が、こっちに向かって来ているのが見えます。神殿の扉を閉めれば、中にいる人たちは助かりますか?」

 

ヒロの問いかけに答える前に、ディプレ王はヒロの視力を疑った。

「ここから津波が見えるはずがない。本当に津波の大きさが見えるのか?」

ヒロが千里眼の術を説明すると、ディプレ王は半信半疑で言った。

「君たちはデウス神の使いかもしれないな。神殿の扉は頑丈だから、津波が押し寄せても中に水が入ることはない」

 

しばらくすると、アトランティスの年寄りと子供たちが、大勢神殿の丘を登って来た。歩けない幼児たちはハンゾウの背中に乗っている。ケン、サーヤ、マリ、ロンもハンゾウと一緒だ。

「神殿に入れるのは、千人までだ。少しでも元気な人たちは、大きな船に乗って津波を乗り越えよう」

ディプレ王は、お供の三人の男たちに、神殿の中に入った人たちを守るよう命じて、神殿の丘を下って海に向かう。残りの五人のお供たちも、ディプレ王の後に続いた。

 

「サーヤ、みんな、僕たちも急いで船に乗ろう。もうすぐ大きな津波が襲ってくるぞ」

ヒロがサーヤの手を引いて走り出すと、ミウ、ケン、マリ、ロンも後を追った。もちろん、サスケ、カゲマル、コタロウ、ヒショウ、ハンゾウもついて行った。

「おー、大きな船がたくさんいるぞ」

ケンが驚いていると、ロンも同意する。

「ほんとだ、この時代に百メートルもある大型船があるなんて」

 

「ここは地中海と大西洋の交通の要衝だから、大きな貿易船と軍艦を持っているんだろう」

ヒロは超古代文明に興味があるので、アトランティスのことを調べたことがある。

「もう三十隻くらいの大型船が沖に出ているぞ。ぼくたちも急がないと」

ロンが慌てた様子を見せると、ケンが落ち着いた声で言う。

「サーヤ、ミウ、マリ、ロンはハンゾウたちを連れて先に船に乗って!ヒロと俺は、ここの人たちが全員船に乗った後で、つむじ風の術を使って船に乗るから」

 

<第150話へ続く>

  

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<第150話 2017.6.15>

  

 

 「みなさーん、急いで船に乗ってくださーい」

ヒロとケンが大声で人々を急がせていると、先に沖に出た船から叫び声が聞こえてきた。

「大津波が見えるぞー。早く沖合に出て、東の方に向かえー」

サーヤたちは、ディプレ王が乗った大型船に乗り込んだ。

「あの大きな動物は何だろう」

「あれは象っていう動物だよ」

アトランティスの人々が、ハンゾウを見ながらひそひそと話している。

 

すぐに大型船は岸を離れたが、大津波が襲いかかる前に沖合に出ることができるのか。

不安になったヒロとケンは、つむじ風の術を使い高く飛び上がって津波の様子を見る。

「うわー、でっかい津波がすぐそこまで来てるぞ」

ケンが叫ぶと同時に、ヒロが津波に向かって飛んで行く。

「神殿が大きな津波に飲み込まれてしまうぞ、ケン」

「津波に強烈な地龍をぶつけて、神殿の中にいる人たちを守ろうぜ」

ケンが、さらに高く飛び上がった。

 

「ケン、強烈な地龍をぶつけたら、二つに割れた津波がもっと大きくなって、たくさんの船に襲いかかるぞ」

まだ沖合に出ていない船が多いことをヒロが注意すると、ケンは神殿を見つめて言った。

「じゃあ、神殿の中にいる人たちを見捨てろ、って言うのか」

「そうじゃない。神殿の人たちも、沖合に出ていない船も、どちらも助ける方法を考えるんだよ」

そう言うヒロも、どうしたら良いのかわからない。

 

「そうか、神殿の扉は頑丈だから、津波が押し寄せても中に水が入ることはないんだ」

ケンの言葉にヒロが反応する。

「そうだね、弱い地龍を津波にぶつけて、大津波が神殿を破壊しないようにすれば良いんだ」

「よーし、わかった」

高く飛び上がったままのケンが、大津波に向かって弱い地龍を放った。すると、神殿に向かっている大津波の真ん中が低くなった。それでも津波は神殿の丘をゆっくりと登って行き、海面の上に見えるのは神殿の屋根だけになった。

 

一方、地龍によって二つに割れた大津波は、沖合に出ているたくさんの船に襲いかかった。しかし、ディプレ王やミウたちは、大型船の上から大津波の変化を見ていたので、船の向きを変えるよう全ての船に伝えた。

「船の向きを変えたら、全員船にしがみついて津波を乗り越えるぞー」

ほとんどの船は、間一髪、大津波に飲み込まれずに助かった。

 

<第151話へ続く>

  

(C)Copyright 2017, 鶴野 正 

 

 

<第151話 2017.6.21>

  

 

 しかし、岸を離れたのが遅かった数隻の船は、大津波を乗り越えられず転覆してしまった。

「おーい、助けてくれー」

転覆した船から海に落ちた数百人の人たちが、もがきながら必死に叫んでいる。

「みんな、つむじ風の術を使って、助けに行こう」

ヒロとケンがミウたちの船に向かって叫ぶと、ミウ、サーヤ、マリ、ロンも、海に落ちた人たちを救いに行った。

 

「もう百人以上、船に運んだよね」

ロンがマリに話しかけると、マリが疲れた表情を見せる。

「わたしはつむじ風の術が得意じゃないから、もうふらふらよ。でも、まだ助けに行かなくちゃ」

マリは、海面から助けを求めている人の手をつかんだが、自分も海に落ちてしまった。

「あっ、だいじょうぶか、マリ」

とっさにロンが海に飛び込んで、マリを助けようとする。ロンがマリを抱き上げて、海面に頭を出した時に、後ろから漂流物がロンの頭に激突した。

 

「ううっ、」

低い声でうめいたロンの手から力が抜けていく。マリとロンの間に漂流物が割り込み、ロンの体は津波に押し流されて、マリから離れて行った。

「ローン、しっかりしてえー」

マリが懸命に叫んだが、ロンは気を失ったまま、津波に飲まれて見えなくなった。

「マリ、だいじょうぶ?」

海に落ちた人たちを救助していたミウとサーヤが、マリの上に飛んで来た。

 

「ああ、ロンが大ケガしちゃったあ。あっちに流されて見えなくなっちゃったあ」

マリは泣きながら、ロンが押し流されて行った方角を指さした。

「しっかりしろ、マリ。おーい、ヒロ、千里眼でロンを捜してくれよーっ」

マリの近くに飛んできたケンが叫ぶと、ヒロが高く飛び上がった。

「ケン、ずっと向こうの転覆船の裏側にロンが見えるぞ」

そう言うと、ヒロは転覆船に向かって飛び出した。

 

「ロン、しっかりしろっ」

ロンを見つけたヒロとケンが、ロンの体を抱き上げて大型船に運んだ。ロンは後頭部から血を流したまま気を失っている。

「ねえサーヤ、ロンを助けて」

マリは涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしている。

「きっと、サーヤが助けてくれるよ。落ち着いて、マリ」

ミウがマリの顔や体を拭いている。 

 

 

<第152話へ続く>

  

(C)Copyright 2017, 鶴野 正 

 

 

<第152話 2017.7.3>

  

 

 「うーん、ロンの体は漂流物が当たって傷だらけだ。ああ、頭から血が出ているだけじゃなくて、頭の中にも血が溜まっているみたい」

ロンの頭をさわりながら、サーヤがため息をついた。

「ええっ、ロンは助からないの?」

マリがサーヤを見つめて、泣き出しそうになる。

「ううん、何とか助けられると思うけど、マリのケガの時と同じくらい、回復するのに時間がかかるよ」

そう言って、サーヤは両手でロンの頭に治癒の力を送り込んだ。

 

「津波に何度か襲われたけど、神殿の中にいる人たちは大丈夫かな」

ケンが丘の上を見て心配すると、ヒロが飛び上がった。

「もうこれ以上大きな津波は来ないから、神殿の中にいる人たちを助けに行こうよ、ケン」

つむじ風になって、ヒロとケンが神殿の屋根の上に飛んでくると、神殿の中から話し声が聞こえる。

「また大津波が襲ってきたら、今度こそ神殿の扉がこわれてしまうぞ」

「狭いところに大勢いるから、息苦しい。扉を開けたいけど、津波が来たら大変だ」

 

津波が来ていないことを確かめたヒロとケンが、神殿の扉をたたいた。

「神殿の中のみなさーん、もう大津波は来ません。扉を開けてください」

中から扉を開けて、大勢の子供や年寄りが出てきた。

「ああ、すごく怖かった。でも、助かってよかった」

神殿から出てきた人たちの声を聞いて、五人のお供を連れたディプレ王はうなづいた。

「みんな、狭い神殿の中で、よく恐怖に耐えて頑張った。船に乗って津波を乗り越えた家族の人たちと無事を確かめ合ったら、神殿の前に集まってほしい」

 

神殿に残っていた三人のお供が、子供と年寄りたちを並ばせていると、船から戻った大勢の人たちが、それぞれの家族を見つけて喜んだ。

「これから、みんなにとって大事な話をするので、よく聞いてほしい」

ディプレ王の言葉に、みんながざわついた。しかし、王は落ち着いた声で話を続ける。

「大津波で五隻の船が転覆した。まだ必死に捜索中だが、百人以上の人たちが行方不明になっている。大津波はこの島全体を襲ったので、我々の家はほとんど壊れてしまった。数千年前から海面が上昇し続け、広大だった国土は小さな島になった。これから先、さらに海面が上昇し、何度も津波に襲われることになるのではないか」

 

<第153話へ続く>

  

(C)Copyright 2017, 鶴野 正 

 

 

<第153話 2017.7.21>

  

 

 ほとんどの人たちが不安な表情をしているので、ディプレ王は話を続ける。

「そこで、みんなでこれから準備を始めよう。南の大陸に移住する準備だ。南の大陸の山脈は、ここから見えている。その山脈の南側には広大な砂漠があるから、山脈の北側には危険な獣たちが近づけない」

「北の大陸には、千年以上前に移住したガディル王の一族が住んでいます。我々も北の大陸に移住してはいけませんか?」

王のお供の一人が、みんなの疑問を代表して口にした。

 

「なるほど、それもよいだろう。しかし、北の大陸では、氷河が溶けて大洪水が起きたり、狼などの危険な獣たちが襲ってきたりして、豊かな街造りができていないようだ。一方、南の大陸なら、洪水や獣たちの危険が小さいから、安全な街を造れるはずだ」

みんなはディプレ王の言葉に納得したようだ。

 

「やっぱり、アトランティスからアフリカ大陸に移住したんだ。そうだよな、ヒロ」

ケンがヒロに同意を求める。

「うん、モロッコに行ったのか、エジプトに行ったのかはわからないけどね。それより、ロンのことが心配だよ」

ヒロがそっと神殿の前の人々から離れると、ケンも同じように離れ、二人はロンのいる大型船に向かった。

 

大型船の船室の中に、ミウ、マリ、サーヤの姿が見える。近づくと、床に横たわったロンの頭をサーヤの両手が包んでいた。

「サーヤ、ロンの容体はどうなの?」

ヒロがたずねると、サーヤはゆっくり首を横に振った。

「意識が回復して、ケガも治るはずだけど、時間がかかりそうね」

 

*** おーい、ヒロ、影宇宙の中にケガ人用のベッドがあるよ・・・

突然、タリュウが天から顔を出した。

「あっ、タリュウ、ちょうど良かった」

ヒロがほっとした表情で天をあおぐと、タリュウの口の中にロンとサーヤが吸い込まれた。

「俺たちも影宇宙に戻りたいな」

ケンの声に応えて、ジリュウ、サブリュウ、シリュウが天から顔を出した。三匹の竜の口の中に、ヒロ、ケン、ミウ、マリ、サスケ、カゲマル、コタロウ、ヒショウ、ハンゾウが吸い込まれた。

 

<第154話へ続く>

  

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